2-6 南十字星の涙

 今日も夜が長かった。

 六月の南極に来て二週間、ずっと俺は自問自答を繰り返している。


「……」


 吹き荒れる風は死の抱擁。マイナス六十度を下回っているだろう。その白い雪の大地で、俺は剣を振っていた。


「ふぅー……」


 息を抜く。


 身体から力を抜き、心を空にし、目を閉じる。


 ふわりとキリョクのオーラが湧き出て、周囲の風が一瞬和らぐ。無明の闇の中で、一点の小さな光を見つめ、剣を抜き放つ。


 空を裂く一閃が、雪化粧を纏い、風の彼方に消える。


 これを数えて、十万。既に終えた今ではようやく気と身体がほぐれたといったところ。


 八火殻の刀を巡る騒動で、拷問を受けた。七度目を終え、外交に舵を切った諸外国の動きで、橋本首相が命を下した。


 つまり、熱が冷めるまでの謹慎である。問題の動物を、問題の刀と共に雲隠れさせる。では、何故剣の稽古を?


 医師と話した。


 ホシビトを長く診てきたと話す老齢の紳士が語るところによれば、身体を動かし、己と対話する事に回復の糸口がある、との事だった。それ故に、剣の修練に励んだ。


 この極寒の地では、剣を抜くどころか、瞼を開ける事すら危ういと思い知らされたが、それもキリョクの使い方を知る事で克服しつつある。


 俺は、無知だ。当たり前のように不死で、不老で、超人だ。その使い方さえろくに知らずに、今まで乱暴に振り回していただけの子供だった。


 キリョクはただの超能力ではない。ホシビトの無限の命から発する、魂の呼吸、その活動である。


「……」


 気を集中させる。全身にみなぎるキリョクが、手に集束され、八火殻の刀に移る。剣を鞘に納め、腰を落とす。抜く。


 放たれた剣から発する波動が刃の形を成して、高速で発進していく。減衰するのに二十メートル程掛かるが、そこからがくりと威力が下がり、すぐに霧散する。


 この技の名は『烈風れっぷう』という。


 もう一度最初から。鞘に納め、気を集中させる。キリョクを手に集束させ、刀身に移す。抜く。


 乱れのある剣筋。未だ完成を見ず。また最初から動きをやり直す。脳裏では、自身の抱えている問題と手合わせしている。


 ニンゲンとホシビトは共存出来ないのだろうか? ホシビトがここにいる理由は……? 


 剣を放った後で、夜空を見上げる。


 南十字星の方から、銀の涙が一筋流れた。君も同じ悩みを抱えるだろうか? 歓迎しよう、兄弟。

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