2-4 銀座に降る雨

 早々と銀座に戻ってきた。俺たちは仕事を始めた。


「あ? 何だ、てめえっ!?」


 その鼻面に拳を打ち込んだ。ホシビトの少年がロケット花火のように飛び、コンクリート壁にめり込んだ。


「こ、こいつ等……カチコミだ! ほげっ!」


 刀の柄尻で鳩尾を突いた。


「あ……ひゅー、ひゅー……」


 幾らホシビトでも、これをやられると地獄を味わう事になる。呼吸出来ない苦しさはニンゲンと大差無い。瞬く間の出来事だが。


「て、てめえっ!」


 回復した少年が銃を抜こうとしたその鼻先に刀の切っ先を向けた。


「うっ……!」


 少年が歯をがちがちと鳴らしながら顔を引く。


「銀座から手を引け」


 ひぃぃーん、と刀身を鳴らす。僅かな揺れでこの刀は鳴く。


「囲め! 所詮は一人! 数で押せばどうという事は無い!」


 大勢雪崩れ込んできた。数は三十二。これで向こうの手勢は全部? いや、そうじゃないな。


「まだ、いるでしょ? 六十と八。あ、二人逃げた」


 俺が、逃げていく二人を目で追っていると、リーダーらしきごつい少年がうろたえた。


「何だ、こいつ……? 全部だ! 全員出せ!」


 残り六十六人もどっと出てきた。ちょうどいい。まとめて片付けるなら、これでいい。

 すらりすらりと長ドスを抜く前衛。拳銃やショットガン、サブマシンガンを持つ後衛も油断なく構えている。


「やっちまえっ!」


 向こうが口火を切った。俺は刃を峰に返した。長ドスの刃が三方向から来る! 籠の鳥、僅かに緩い。するりと歩いてかわして見せた。するりするりと続く五連撃を止まっては歩き、回転し、また歩いてかわす。


「何だ!? 妙な動きを……! 銃だ! 銃を使え!」


 銃口がこちらを向く。


「聞こえる……」


 生命が歌う声。猛々しく、荒々しい。声が飛んでくる。ゆっくりと先に動いて――。

 発射された弾丸が一寸遅れて、俺の影を抜いていく。残像が尾を引いて、三重に付いてくる。


「囲め! 撃て!」


 周囲に少年たちが配置される。引き金を引く一瞬先に、くるりと身体を捻りながらゆっくりと回り出す。銃弾が頭の横を、脇を、腰のすぐそばを、股の間を、抜けていく。一発も貰わない。全て、反対側の囲いの手勢に当たった。


「ぎゃっ!」

「いてぇ!」


 阿鼻叫喚。インスタントの地獄がデリバリーされた。


「やりやがったな!」


 ごつい少年が喚いている。


「何も……」


 俺が呟くと、ごつい少年が不満げに聞き返した。


「あっ?」


「何も、していない」


 俺が冷めた声で答えると、ごつい少年が真っ青になった。


「何も、していない」


 揺れる刃。ひぃぃぃーん、と刀身が鳴った。


「うっ……!」


 ごつい少年が一歩引いて、一旦退こうとする。


「はい! お兄さん、ちょっといいかな?」


 長い金髪の少年がにこにこ笑顔でごつい少年に話し掛ける。


「な、何? 助っ人?」


 ごつい少年が冷や汗を掻きながら長い金髪の少年に引きつった笑みを返す。


「当ったり~」


 ドンッ! とハンドガンが銃声を上げた。額のど真ん中。脳を破壊した、はずだ。


「お前等のじゃないけどね」


 にっと、笑う長い金髪の少年。ブラム、手はず通りにやってくれた。


「リーダーッ!」


 その手前にいた少年が駆け寄ろうとする。


「か……かかっ……お、まえ……」


 復活しかけたごつい少年の頭に更に一発ハンドガンの銃弾をくれる。がくりとごつい少年が頭を地面に落とす。


「ひでぇ……」


 少年たちがガタガタ震え始めた。


「ゆ、ゆるさ」


 復活しかけたごつい少年の頭に三発目をぶち込んだ。


「何かさ……こういうの、楽しいよね♪」


 ドンッ、ドンッ! と二発ボーナスを付ける。それで五人程向こうの手勢が失禁した。二十二人、身体の揺れが格段に増した。


「歌が……散っていく」


 熱が……冷めていく。呆気なく幕が下りる。


「政府に降るなら、飯付き監獄で快適なセカンドライフってのもあるよ? 嫌なら、そっちの鬼さんに斬ってもらえ。もしかしたら完全に死ねるかもしんない。どう? 試す?」


 ブラムが脅しを掛けると、向こうの手勢が全員武器を捨てて、潔く跪いた。


「だよなぁ……」


 ブラムが電話をかける。


「あ、ブラムです。仕事片が付きました。降伏したんで、全員連れてって下さい」


 これで粗方は……頃合いを見計らったようにぽたぽたと降ってきた。


「空……」


 見上げれば、いいお天気。なのに雨が……でも。


「温かい」


 冷え切った心にこれは堪えた。あまりにも優しい。空が抱いてくれた、みたいだ。




「結局……斬らなかったのか」


 報告を聞いて、カルチャックはやや呆れた様子だが、鼻で笑ってくれた。


「でも、良かった。子供たちと待っている間、ここが、痛んでな」


 カルチャックが胸を指差す。


「もっと大きなものを失ってしまうかも知れない。それが怖かったのかもな」


 やや消沈した様子で、肩を落とす長の姿に、俺は何処かほっとしていた。


「あんたはそれでいいんだ。誰からも奪っちゃいけない。ずっと与え続ける」


 そう俺が言うと、カルチャックが顔を上げた。


「そうだな……そうだ」


 納得した様子で頷く。それを見て、俺は出口を目指し始めた。


「お兄ちゃん、行っちゃうの?」


 腕を無くした子が俺に聞く。答えるべき言葉、真珠みたいに上玉を選別した。


「まだ残ってるんだ。やらないと」

「何を?」


 腕を無くした子が不思議そうに聞き返す。俺はそっと教えて上げた。


「鬼ごっこ」


 後二人、だ。最後まで、やるから。もう少し待っててな。


 ――でも……でも、許してくれ、とは言わない、よ。





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