2-3 鬼

「どうした? 私の姿に驚いたのか?」


 ややくぐもった声で話す羊頭のボーンに俺もブラムも声が出ない。


「まず自己紹介からか! これは、私とした事が」


 くくっ、と笑う羊頭のボーンの人間臭さに、俺は更に動揺を誘われた。


「私は、カルチャック。苗字は無い。ただのカルチャックだ」


 そう名乗った羊頭のボーンは俺たちに名乗れと言いたげだ。


「キセ」

「ブラム」


 正直わけが分からないが、とりあえず名乗っておいた。


「早速で申し訳ないが、仕事の話をしよう。来たまえ」


 カルチャックが奥に入る。

 俺はブラムと顔を合わせて、先に行けと顎をしゃくる。ブラムも先に行けと顎をしゃくってきた。らちが明かないので、俺が先に行く。帳を潜って、中へ。


「っ……」


 照明が……少々きつい。目が慣れるのに数秒を要した。


「うわ……何もう! 明るいっての!」


 ブラムがうるさい。落ち着け、それどころじゃないぞ、と。


「子供だ……」


 小さな子がたくさんいる。しかも、皆特徴がある。


 ――ニンゲンじゃないって外見。


「私や他のボーンとニンゲンとの間に生まれた子たちだ」

「え?」


 今カルチャックは何と言った?


「この子たちはニンゲンでもボーンでもない。だが、人の心があるんだ。君たちの方が寧ろ理解出来るんじゃないか?」

「それは……」


 返事を用意出来ない。ホシビトとしての立場で理解しろ、というにはあまりに埒外。軽く思考がオーバーフローしそうだ。


「随分子だくさんですねぇ」


 ブラムも俺と同じらしく、冗談を抜かす方に逃げた、ようだ。


「ありがとう。私には二十三人の子がいるが、いずれも健康で、力強い」

「二十三……あははっ」


 頑張ったんだぁ、とブラムが小さく呟いている。


「実は、最近ホシビトの権利拡大運動に感化されたグループが、この銀座を牛耳ろうと活動している。彼等は皆、不死身のうえに凶暴だ」

「で、俺たちに仕事の依頼が?」


「不本意だが、政府と交渉した。ホシビトにはホシビトを。それも腕利きを、となると、残念ながら人材に事欠いていてな」

「ああ」


「そのために新宿異界で採取した八火殻やびからを全て差し出したのだ。キセ君が肩に掛けたケースの中身だ」

「この刀の」


「その刀は唯一ホシビトを完全に殺せるものなのだ。私たちよりもニホンジンの方が刃物の鍛造には精通していると、三人目の妻から聞いた事があった。でなければ、本来希少な八火殻を渡せるはずもない」

「……」


 ホシビトを完全に殺せる、だと?


「それで仕事を完遂して欲しい。政府は彼等反政府派のホシビトを駆逐する事に同意している。これは天意なのだ」

「……」


 だから、殺せ、というのか? 同じホシビトを……。


「お父さん……」


 小さな異形の子がカルチャックに近付く。その子の左腕……無い。すっぱりと肩から先が無くなっている。


「彼等にやられたのだ。私たちには生きる資格が無い、と。ホシビトが唯一この星を継ぐ者だと公言して憚らない。私は、子供たちを守りたい。ただ、それだけだ」


 カルチャックが異形の子の頭を撫でている。


「あ……そうか」


 分かってしまった。ニンゲンだとかホシビトだとかボーンだとか、皆、それぞれ生きたいだけなんだ。それで衝突を……でも。


「分かったよ。分かった」


 破っちゃいけない事がある。俺たちでけじめをつけろって、そういう事だ。


「仕事だ、ブラム」


 俺は心を鬼に……気を引き締めた。


「行こうか」


 ブラムも同じだ。


 二人の鬼が……行く。

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