2-2 捨てられた楽園 ―東京―

「住めば都って言葉知ってる?」

「それは辺鄙へんぴな場所に住んでるって意味で。ここ東京、銀座の一等地」


「で、これか」


 ブラムが現状を一望する。かつて栄華を誇った日本一の地価も今では無価値に落ちた。廃墟も同然の街並み。退廃的な都市で捨てられたような人々が生活している。


「東京がその都市機能を放棄して、事実上消滅したんだ。もう不法滞在者と犯罪者、後はスパイの根城でしかないよ」

「で、案内人は何処よ? ここらで待ってるはずだよな?」


 ブラムがきょろきょろと周りを見る。


「あんまり観光客っぽくするなよ? 怪しまれる」


 俺が咎めるとブラムが、おっ、と声を上げた。ブラムの見ている方を見る。子供が一人こちらに近付いてくる。少年だろう。身なりはいいが、何処となくガラが悪そうに見える。


「あんた等か? コードは?」

「アルファ」


 俺が答えると、少年が手招きして、歩き出した。二人で後についていく。


「俺は、アオバ」


 こちらを向かずに自己紹介してくれた。


「キセ」

「ブラム」


 こちらも簡単に済ませた。


「あんた等をまず俺たちのおさの所に連れて行く。いいか、間違っても変な気を起こすなよ?」

「何? 随分剣呑じゃない?」


 ブラムがちょっとからかっている。


「ここでは何があっても誰も咎めないし、誰も助けない。決まりは全てその地の長が決めて、それに従うのが習わしだ。あんた等の身の安全も場合によっては保障出来ない」


 アオバの口調は冷めている。


「資料は用意してあるか?」


 俺が聞くと、アオバはため息を一つついて、面倒そうに答えた。


「必要なものは。でも、ボーンの分布図については最新版じゃない」


「ボーン? ここ、壁の外だぜ?」

「ボーンは東京全域に出没する。政府が情報を伏せているのさ」


「そうか! それでネオ・アジア107便が撃墜されたんだな?」


 俺が指摘すると、アオバが、正解の意のつもりか、指を振って見せた。


「そのうち神奈川や千葉、埼玉でも目撃情報が出始めるさ」


「お前らはどうやってボーンから身を守ってるんだ?」

「落ち武者同然のホシビトを使ったり、後は政府から武器を流して貰ったり」


「なるほどな~。で、今回は厄介者の片づけって事で」

「それは長から聞いてくれ。俺が話す立場じゃない」


「分かった」


 俺たちは東京駅に近付きつつあった。




「ひゅー」


 ブラムが意気揚々と景色を楽しんでいる。新丸ビル、だった建物だ。もう老朽化が進んでいるが、かつての栄光を窺わせる内装の豪華さは未だに健在だった。

 アオバがエレベーターのボタンを押す。


「ここ、電力あるんだ」

「クリーンエネルギー全盛期だった西暦二千三十年代にはすでにここは自立した電力を手に入れていた、みたい」


「ああ、知っている。死ぬ寸前はそうだったかな」


 ブラムが顎に指を添えて、感慨深そうに唸る。


「……本当に死んでから蘇ったんだ」


 アオバは不思議そうにブラムを見ているが、一般人では、まあ、あんなものだろう。


「タイムスリップしたような、って感じかな。俺たち二人ともアラサーのオジサンだからさ」


 ブラムが俺の首を抱いて、にっと笑う。俺もつられて、にっと笑った。


「羨ましい。ここでは普通ってだけで、何にも上手くいかない……」


 籠がついて、ドアが開いた。中に入って、アオバが上層階のボタンを押した。

 ドアが閉まる。エレベーター内で音楽が流れているのに合わせて、ブラムが自然と首を振る。


「ミュージシャンなの?」


 アオバがブラムのギターケースを見ている。


「ここには仕事で来たの。これ、仕事用なのよ」

「下手に抜き身でちらつかせるよりはいいか……血の気の多いの、割といるし」


「ああ、仕事以外で暴力とか勘弁ですわ」

「お仕事なら、馳せ参じちゃうんだけどね~」


 調子よく俺が吹くと、アオバはますます不機嫌そうに表情を曇らせる。


「意味分からない。変な人たち」 


 それよりも、やっと目的の階についた。ドアが開く。籠から降りると、立っていた男たちがこちらに睨みをくれた。


「予約のあるお客だ。長と話す」


 アオバが説明すると、男たちがそっと横に退いた。


「やあ……ようこそお出で下さった」


 奥から誰かが来る。蹄の音? 足音が妙だ。


「……?」


 それが帳を潜って、顔を見せる。


「……嘘だろ?」


 ブラムが魂消ている。俺も度肝を抜かれた。


 剥き出しの骨格の羊のような頭。あれは紛れもなくボーンだった。

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