1-9 腹の色
「えー、では、参考人への質問を受け付けます。尾神キセ君」
議長に指名され、俺は席を立った。ここは新国会議事堂の第一委員会室……らしい。マイクの前に立つと、相手の女性議員が話を始めた。
「
「いいえ。違います」
「ニンゲンを殺したいと思った事はありますか?」
「それは本気で? それとも冗談で?」
俺が少しユーモアを見せると、周囲の議員たちから嘲笑が漏れ出た。
「ニンゲンをどう捉えていますか?」
「それは、ニンゲンだった頃の記憶を持った尾神キセとして? 私には特別そういった怪物としての感情を認識した記憶はございません」
堂秋議員が柳眉を逆立てた。
「尾神さんには武装する能力がありますね」
「はい」
ちょっと視点を変えてきたぞ。さて。
「それは一人で武装した警察官を蹂躙する程の力らしいですが、それを脅威だと思った事はありますか?」
「それは私たちの権利の問題と関わる話です。私たちにはヒトとしての権利がありません。いわば野生動物と同じです。私が、殺された、としましょう。でも、殺した人は、殺人の罪で裁かれる事はありません。この意味がお分かりですか?」
「イノシシやシカと同じだと?」
「違いがあるとすれば、ニンゲンと交渉出来る頭脳と交渉材料を持っているという事でしょう」
「では、アンドロイドのような人工知能であると?」
「出所が不明で、危なっかしいという点を否定出来ないのが残念ですが、おおむねそれで合っていると思います」
「それではリスクが高過ぎるのでは?」
堂秋議員の口元に余裕の笑みが浮かぶ。勝ちを確信したようだ。
「ここにお集りの議員の方たちも出所が不明の方がいらっしゃると思うのですが、リスクが高過ぎると思った事があるのでは?」
周りの議員たちがどっと笑い出した。堂秋議員の眉が再びつり上がる。
「貴方は妖怪か何かか? 人を化かして」
「失礼ですね。これでもニンゲンのココロはあるつもりですよ」
「そうは見えません。腹に黒いものでも詰まっているとしか思えませんが?」
「ああ……」
俺は上着を脱いで、シャツの前を開いた。
「?」
堂秋議員が目を丸くしてこちらを凝視している。その目の前で俺は自らの手で腹を突き破った。
「きゃあああああーっ!」
堂秋議員が悲鳴を上げている。顔に手を当て、真っ青になっている。
俺は自らの腸を掴み出し、肉色のそれを周囲に見せた。
「良い色でしょう? フレッシュだ」
左右に振って、よく見せ、そっとお腹に戻す。すぐに再生と復元が始まり、あっという間に血も残らず元の場所に戻った。もう何の汚れも残っていない。
「すみません。着替えるので、少し休憩時間を下さい」
悠然とマイクの前から去る俺に与野党から惜しみない拍手が贈られた。
「尾神さんを含むホシビトの方たちの尽力で、難病に苦しむ人々が、数多く、救われたのです。我々は、地獄と化した新宿から、利益を拾う事が、出来ます。互いの利益のために、ホシビトと友好的な関係を築いていく事は、我々政治家の仕事であり、責任なのです。どうか、予算について、ご理解して頂きたい」
総理大臣の
俺は隣にいる大臣から肩を叩かれている。この後食事に誘われているが、ニンゲンではないので、特に何の規則にも反しないらしい。そこは気兼ねがなくていい、とは首相の言葉だったが、実に粋だと、自らの境遇を祝福してやりたい気分だった。
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