1-8 ご指名

「見たかよ? 英雄降臨、だとさ」


 喫茶店でお茶してたら、いきなりブラムが雑誌を見せてきた。表紙には血塗れで少女を抱える俺がでかでかと載っている。


「今朝寮母のおばちゃんに褒められたよ」

「良かったじゃん?」


「ああ……うん」

「何? 不満なの?」


 アンニュイな顔でブラムに聞かれて、俺はどう答えたものかしばし迷った。


「ニンゲンじゃないから、とか、そういう感情?」


 先にブラムに言われてしまった。


「それ言うのちょっと待ってくんない? テンション下がるでしょ?」

「あ、ごめん。空気読むの怠りましたわ」


「何時もの事でしょう?」

「あ、酷いぞ? ケッコー気にしてるんだけどなぁ?」


「まあ、俺の惚け方の方がヒドいと思いますけど」

「自覚あった? そういうの、分かるなら、まだ、ねぇ」


「お互い、面倒臭いオジサンだよねぇ」

「まあなぁ」


 けらけらとブラムは笑って、心底愉快そうだ。


「おいっ! テレビ付けろよ!」


 店内にいた会社員がいきなり騒ぎ始めた。店主の爺様がリモコンを操作して、棚に置かれた安物のテレビが点灯する。


『昨夜ヨーロッパ各地で、ホシビトの権利拡大運動のデモ隊と警察官との間で激しい銃撃戦となり、少なくとも三十人の負傷者が出た模様です』


 と、ビデオテープ・レコーダーの映像が流れた。


「こ、こいつぁ……」


 ブラムがごきゅりと唾を呑んでいる。


 発砲だ。小銃を容赦なく撃っている。相手は非武装のニンゲン……いや。


 撃たれた少年が立ち上がって、前に進み始めている。


 次にRPG‐7を発射。見事に命中して、少女の上半身が吹き飛んでしまった。その直後に下半身だけが起き上がり、歩行を開始している。


 失われた上半身は復元を開始していて、電流のようなものが弾けながら、骨、神経、筋肉、と人体模型のような不気味な姿を晒し、次第に皮膚も再生されていく。


 流石に乳房が映る寸前で映像が切り替わったが、見る者に与える衝撃の度合いは、単純に人を射殺するものより遥かに大きいだろう。


「映画みたい……」


 俺が惚けて呟くと、こつん、と頭を叩かれた。


「お前なぁ」


 流石にお惚けが過ぎるといった咎め方だ。ブラムの気持ちももっともだと思う。


「不死の軍団だ……」


 店主の爺様が魂消たまげている。


「やばいよな……ホシビトが、あれ、武器を持っていない意味ってさ」

「ああ。殺されても死なないからだよ。圧倒的な強者の力。非暴力でもあんなの……」

「武器を持ったら、って脅しだろ?」


 それで話し込んでいた二人の会社員たちがきまりが悪そうな顔で黙った。


「日本じゃ、あんなのまず起こんないだろうけど」


 俺が呟くと、ブラムにまた、こつん、と頭を叩かれた。


「政治家がそう考えるわけないだろ? あらゆるリスクを想定して、それを徹底的に排除する。または国民にリスクが無いと見せかける」

「粉飾決算じゃあるまいし」


「似ているが、そこは大きな間違いだ。国民の視線誘導といったところだな」

「何処に?」


 俺が聞くと、ブラムは雑誌の表紙を指差した。


「俺!? いやいやいや、無いから! 無い無い!」


 カラン、とベルを鳴らしながらドアが開いた。ぞろぞろと黒いスーツのマッチョな男たちが入ってくる。


「尾神キセ、だな? 一緒に来て貰う」


 俺は目をすがめて、男の顔を見上げた。


「公安か」


「わけは分かっているようだな。貴様に用があるお方がいるのさ」


「……」


 黙って席を立った。店内の全員が唖然とした顔で俺を見ている。その口々から、あの雑誌の、という呟きが出たが、それには目もくれない。


 男たちに連れられ店を出る。多分、この後、この国で一番ホットなリングに連れて行かれるはず。


 困ったな、俺、喧嘩弱いんだ。議員さんと打ち合えって無理言われちまった。

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