1-7 英雄

『アルファ、クラウドのポイントを送ります』


「アルファワン、受信した」

『アルファツー、受信』


「これよりクラウドに合流し、クラウドリーダーの指揮下に入る」


 進路を南西へ。新宿異界の手前東北のポイントへ向かう。


『何でまたあんな航路で』

「格安の航空会社にはよくある話だ。危険な航路を飛んで、ミサイルで撃墜されたり」


『マジ? 民間機で?』

「確か、当時紛争地帯と化していたんだ。まして、今回はボーンにやられたわけだし」


『わざわざ新宿異界を観覧出来るコースでな……参ったね』

「世界中が注目している。今回の救助作戦は何としても成果を出せって」


『一人でも多くを救え、か』

「でなければ、俺たちを食わせている意味が無い、だろ?」


『世知辛いね』

「……そろそろクラウドに合流する。私語は慎めよ」


『アルファツー、了解』

「……見えた」


 大規模な編隊が空中で待機している。


『こちらクラウドリーダー、コードを確認。アルファ、歓迎する』


「アルファワン、合流します」

『アルファツー、合流』


『面子が揃った。これより墜落した旅客機ネオ・アジア107便の捜索と救助作戦を開始する。大規模なボーンの活動は見られないが、相互の連絡を欠かさず、臨機応変に対応せよ』


 クラウドリーダーが先頭になって、編隊が進行を開始する。


 視界に移る映像にアルファの役割が送信されてきた。墜落したポイントはすでに判明しているため、その周辺で要救助者の捜索と、その保護。最悪の場合は遺体の梱包とその移送を自衛隊に引き継げとの事だ。


『クラウドはこれより墜落ポイントに陣を敷く。三重だ』


 実に三百からなる編隊だ。円陣で三重に。この作戦の重要度を内外に示すつもりだろう。


『墜落機発見。持ち場につけ』


 クラウドリーダーが号令を出した。


『おいおい……まずいじゃないか』


 ブラムがぼやいている。分かっている。もうすれすれのところなんだ。やや入り込んでいるかも知れない。


 墜落した旅客機は異界領域と立入禁止区の境で折れた翼の残骸と化していた。アオツノゴケの毒の影響が怖い。人体の腐食と言うが、瘴気が濃厚な場所だと五分と持たずに肺が腐って、死に至る。


「アルファワン、降下します」

『アルファツー、降下』


 フォーミュラから送られてくるデータが映像として投影される。アオツノゴケの瘴気の大気中への浸食度六パーセント。微妙な数字だ。急がないと。


「捜索開始」


 機体をホバリングさせながら旅客機の残骸に接近する。屋根がぽっかりと取れて、中の座席が剥き出しになっている。


『人だ! 座席に多数!』


 ブラムが歓喜と驚きが混じったような声を上げている。


『各機、フォーミュラより降りて、旅客機内部へ侵入せよ。要救助者へのマスク装着を怠るな』


 捜索部隊の指揮官機から指示が来た。地上に着陸するなり、フォーミュラのトランクから救護キットを取り出す。酸素吸入用のマスクにガーゼに消毒液。


『ゴー、ゴー、ゴー』


 士気を鼓舞され、捜索班が我先にと旅客機に侵入する。俺も遅れを取らず、先頭グループに交じって侵入した。


「……」


 酷い。焦げた機体の中に煤けたニンゲンがたくさんいる。


「う……」


 声だ!


「生きてる!」


 俺は駆け寄って、その子の顔を覗いた。女の子だ。急いでマスクを装着させ、シートベルトをナイフで切った。


「うう……」


 生きている、が、アオツノゴケの影響か、膝や肘の傷口から出血が止まらない。消毒液をぶっかけ、ガーゼを巻き、そして、俺は自分のライトギアを少女に装着させた。


「ライトギアだ! 要救助者に譲れ! アオツノゴケの影響を遮断出来る!」


 捜索班の指揮官が怒鳴るように周囲に命じている。皆、生身に戻り、ライトギアを纏った要救助者を抱えて、外に降りていく。


「急げ! 時間との勝負だ!」


 檄を飛ばされ、皆が、フォーミュラへ駆けていく。各々の担当を後部座席に乗せ、順次上昇していく。俺も少女を後部座席に乗せ、ハンドルに手を伸ばした。


『マッドボアが……! 陣が突破された』


 不吉な通信が入った。


「!」


 イノシシのようなボーンの群れがこちらに突進してくる。剥き出しの骨格に毛が生えた四足の化け物だ。俺は閃光剣の柄を手に取り、正眼に構えた。


 まず一匹、すれ違いざまに一太刀。飛び散る赤い血が降って、身体が朱に染まった。マッドボアがぐるぐると周囲を駆け回りながら、攻撃の機会を狙う。


「くっ……」


 血が目に入った。視界が悪い。聴覚と気の感知に集中しないと……。


 コトン、コトン、コトン、コトン。


 足音が……聞こえる。息遣いが……聞こえる。心臓が脈打つ音。生命が歌う力。

 来る。


 上半身を反らして、閃光剣を振った。さくりと斬れて、生命の歌が一つ……消えていく。


「馬鹿な……どうやってあんな剣技を?」


 誰かが何かを言っている。その生命の歌も感じる。一匹そっちに行く。

 閃光剣を投擲し、その一匹を仕留めた。


「うおっ! やった! 受け取れ!」


 閃光剣の柄を投げ返された。それを受け取り、ぐるりと逆手に持ち替え、脇から後ろに突いた。


「グヒィッ!」


 断末魔の悲鳴が聞こえる。その直後、銃声が鳴った。連続で、盛大に。


『美味しいとこ、持ってくな。俺にも残しておけ』


 ブラムだ。トリは譲っただろうに。


 ふっと笑い、俺は腕で顔を拭った。やや難があるが、何とか前は見える。フォーミュラにまたがり、機体を上昇させる。


『各機、自衛隊が待機しているポイントに急行! しんがりはクラウドが引き受けた!』


 眼下で進行するボーンの群れがはっきりと見える。クラウドとの衝突は必至だ。


『なあ、あっちに届けたらすぐに戻ってこようぜ』


 ブラムがそっとプライベートチャンネルで伝えてくる。


「もとよりそのつもりだ」


 俺たちは仲間を見捨てたりしない。決して。


 フォーミュラのハンドルを握り、加速を掛ける。この少女の容体が気掛かりだが、そればかりは神に祈るしかなさそうだ。


 早く自衛隊に引き継がないと。まだ仕事が……ある。




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