1-6 キセとブラム

 何気ない休日、何気ない時間、ニンゲンだったら楽しむ方法を知っているんだろうけど、生憎と俺はホシビトなので、今日も何となくブラムと街に繰り出していた。


「あー、ホント、ダッリィなぁ~」


 革のパンツに革のシャツに革のベスト、金髪ロングの超美少年の白人だ。こんな気怠い事を言っていても、通り過ぎる女子たちから熱視線を送られている。


「……」


 隣にいる俺もちょっと引いちゃうくらいモテてそうだ。やれやれ、今日も引き立て役かなぁ。別にニンゲンにキョーミないからいいですけどぉ?


「あの……」


 不意に声を掛けられた。お洒落な帽子のお兄さんだ。


「君たち、何処かの芸能事務所に入ってる? 興味あるかな、こういうの?」


 と、名刺を出された。芸能プロダクションの人らしい。


「あ、すみません。俺たちホシビトなんですよ」


 面倒臭そうなブラムの代わりに教えてあげた。


「ウッソッ! ホントに? あの、ホシビトって芸能活動は許されているんですか?」


 逆に食い付かれた。意外ではないが、少し不躾ぶしつけだ。


「俺たちはセプターの所有物で、日本政府がその管理を委託されています。交渉するなら、お役人とやって貰えますか?」

「うわ……そういうのリアルにあるんですね。芸能人よりも過激だなぁ」


 やや引いた様子ですごすごと行ってしまった。


「やる気無いの見て分かんないかね?」


 ブラムが悪態をついた。


「そう言うなよ。あっちだって仕事なんだから」


 生活が懸かっている。無碍むげにするのは酷だ。


「キセ、お前、ちょっと優し過ぎ。何時も思うけど、損してると思うぞ?」

「……ああ、分かってる」


 気を遣ってくれたブラムに少しだけ感謝の念が湧いた。


「あの、」


 また、だ。今度は何だ?


「ホシビトの方、ですよね?」


 若い女性だ。二十歳くらい?


「そうですけど、何か?」


 ちょっとわけありっぽい感じだ。慎重に話を聞く。


「私、ずっと難病を抱えていて、新宿異界からもたらされた薬で克服出来たんです。ホシビトの方たちにずっと感謝の気持ちを伝えたいと思っていて。公にそういうイベントを政府が開いてくれないから……今ここで言わせて下さい。ありがとうございます」


 深々と頭を下げて、しばらく上げない。


「……」


 まずった。ユウヒさんの事を思い出してしまった。


「俺たちには人権がありません。ですから、感謝の気持ちは政府に伝えて下さい」

「え?」


 ぎょっとした顔で面を上げて、若い女性が俺の袖を掴む。


「人権が無いって……どうしてですか?」

「それも含めて政府に聞いて下さい。俺たちはただの実行部隊の兵器で、ニンゲンではありませんので」


 自分たちは物だと申し上げた。


「……嘘よ。そんな事許されていいわけがない」


 余程育ちが良いのだろう、ショックの出方を見て分かる。そういうの慣れてないんだ。


「でも、政府に対する抗議活動はしない方がいいです。自分の人生を楽しんで下さい」


 優しく諭してあげて、そっと若い女性の肩を押す。釈然としない面持ちだったが、何も言わずに行ってくれた。


「白けたな。メシでも食うか?」

「そうだな。何処だっけ? イタリアンの美味い店があるって言ってたっけ?」

「そうそう! 連れてってやるよ!」


 ブラムが鼻歌を歌いながら先を行く。俺は何気なくそちらに視線を送って、軽く会釈した。相手は気まずそうに俯いて、こちらと目を合わせない。

 監視されている。三枝さえぐさ監察官の指示だろう。こんな良い天気なのに、ご苦労な事だ。

 ふと、空を仰ぐ。まさか五十一年後にこうして未来の日本で生活するだなんて思いもしなかった。俺は……俺たちはこのままずっと生きていくのだろうか?

 不老不死というものを楽観視出来なくなった時って、ヒトは詩人になれるのかも。今ちょうどそんな気持ちだ。とても刹那的で、とても悲しい。

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