1-5 ホシビト
「
書類に目を通している若い男性がソファーの上からちらりとこちらを見る。対面する基地司令の
「
「分かっています。異界の無い地方から不満の声が上がった。そういった現状へのインフラ整備が我々の仕事だと思っています。尾神君には気の毒な一件だったが、意見はあるかな?」
三枝監察官に水を向けられ、俺はつまらなげに無言を通す。
「ふむ、無口な人は好きです。彼は非常に優秀で、実直な性格をしている。少なくともそう見えてはいる」
その、妙に引っ掛かるような言い方は、俺たちが抱えている問題と関係している。
「ホシビトの定義とは、何だったかな?」
と、俺に再度水を向ける三枝監察官。
「人間を知り、人語を解し、人間のように振る舞う」
「君は自分をニンゲンとは思っていない?」
「老いない、病まない、死なない。ニンゲンそっくりですけど、ニンゲンには出来ない事がホシビトには出来る」
「そうだね。だから、君たちには人権と呼べるものが存在しない」
「組織の所有物の域を出ません」
「では、君たちには心はあるかな?」
「ニンゲンには心はありますか?」
こう返すと、三枝監察官は惜しみない拍手を贈ってくれた。
「今我々はかつてない程の高度な人工知能を手に入れたという事です。それも人間が作ったものではない。より完ぺきな肉体と精神、まさに神の御業と言ってもいい」
「俺たちには神に造られたという実感はありません」
「らしいね。あくまで死ぬ直前までの記憶しかない。だけど、脳の機能が十代前半のままで維持されているから、死亡時の年齢よりもやや意識が鋭くなる傾向がある」
「自覚はあります」
「その周辺の感情で反発もする」
「ええ。よくある事です」
「これだよ、まさに十代の少年って感じだ。でも、素敵な話ではある」
「死後の世界とか、蘇って青春とか、そういう甘い幻想ではないのは事実ですけど」
「あははっ! 実際転生したに等しいのに、人権はないし、世間の風当たりが強過ぎる」
「俺たちは実際化け物ですから」
「その意識を国民から取り除くのは至難という事だ。どうか理解して貰いたいな」
「はい」
「インフラ整備と言っても出来る事は限られている。地方の新宿異界への立ち入り権利を限定的に認めるとか、恐らくやったところで大した変化は期待出来ない」
「かつて自衛隊に向けられていた敵意がホシビトにスライドしただけですが、それなりに成果も上がっているはずです」
「そうだね。新宿異界から持ち帰った植物やボーンの骨格は医学、科学技術に新しい可能性をもたらした。その恩恵を無視して、文句だけを垂れるのは、我々も頭の痛いところではある」
「生活に関係の無いものには関心を抱かないのがニンゲンです。俺たちホシビトもそこは変わらないと思います」
「趣味があったり、遊ぶのが好きだったり」
「たまに休日にプラモデルを作るのが楽しいのは認めます」
「ロボットものかね?」
「最近じゃ、ライトギアのプラモデルまであるくらいです。フォーミュラと変形合体とか、自分のフライトイメージを掴む良い教材にもなります」
「私も作ってる。この間棚を増設したよ」
「羨ましい話です。俺の部屋では棚一つが限界だ」
「ふむ。官舎について要望あり、と。これだけ人間様が恩恵を受けているのに、その功労者をないがしろでは立つ瀬がない」
「ありがとうございます」
「なに、これも現場とのコミュニケーションという奴だ。ところで、尾神君、その髪は染めているのかね?」
「いえ、地毛です」
「あ、そう……。銀髪のツンツンヘアーなものだからてっきり……たまにホシビトにそういった身体的な変化が表れる者がいるという話は聞いた事があるんだ。能力の高い者には特にあるんだそうだ。経過観察は継続させて貰う」
「断れる立場ではありません」
「うん。今後ともよろしく」
三枝監察官がソファーから立ち上がった。烏丸司令が深いため息をついて、ようやく重苦しい時間から解放されるといった様子だ。
「またな。これ、何かあれば連絡をくれ」
三枝監察官がすれ違い様にそっと名刺を握らせた。やれやれ、そんな事を言って、きっと極秘情報が手に入るかも、なんて思われているんだろうな。でも、残念、俺たちホシビトには自治権を主張しようなんて動きは無い。今のところは、だけどな。
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