1-4 ニンゲン

『外来の十四番様、第一診察室にお入り下さい』


 頭上のスピーカーからアナウンスが聞こえる。


尾神おがみさん、どうぞ」


 受付の若い女性が面会許可証を渡してくれた。


「どうも」


 そっと首にそれを掛けて、花を肘の内側に掛ける。こつこつと革靴を鳴らしながら通路を歩いていく。


「もう一年も……」

「八〇四の尾神ナナちゃんね」

「親戚のお兄さん?」

「違うのよ。お祖母ちゃんのお兄さんに当たるのかしら?」

「ウッソッ! もしかして、ホシビトってホントなの?」

「あんた、ここに来てひと月くらいだっけ? 割とあるよ、そういうの」


 それ以上は聞かないようにした。ろくな話じゃない。


 エレベーターで四階まで上がる。八号棟は右にまがって、突き当たりを左に。ここの構造も大体身体で覚えてしまった。八〇四号室のドアをノックする。


「どうぞ」


 中から返事があって、俺はそっとドアを開いた。スライドした戸の奥から女の子の笑い声が聞こえる。


「あ! お兄ちゃん!」


 髪を左右で縛った女の子がこちらに笑い掛ける。尾神ナナ、多分俺の親戚の子。


「わざわざありがとうございます!」


 ナナの母親のユウヒさんだ。立ち上がって出迎えてくれた。


「これ、何時もと同じで悪いですけど」

「いいのに! でも、ありがとうございます。あの、少しお話出来ますか?」

「ええ。向こうで」


 ユウヒさんと連れ立って休憩室へ。中には幸い誰もおらず、会話に気を遣う必要も無さそうだ。

 ガタン。ユウヒさんが自販機で飲料を二つ買った。一本、コーヒーを渡された。


「どうも」


 ステイオンタブを開けて、ちびりと一口やる。冷たく苦い味がほんのりと俺を冷静にさせる。


「ナナ、来月に退院出来そうです」

「そうですか。良かった」


 朗報だった。とても嬉しい。


「新宿異界から持ち帰られた花から作られたお薬のお陰とか。本当なら二十歳まで生きられなかったはずだって」

「俺たちがやった事ではないですよ。全て医者や科学者のお陰」

「それでも、私たちには英雄に違いありません。一言その事でお礼を言っておきたかったんです」

「……」


 何だかこの後バッドエンドの予感。


「でも、もうナナには会わないであげて下さい。あの子にはニンゲンとして生きて貰いたいんです。ホシビトと関りがあるというのは、本人の幸せに影響があると思うんです」

「……分かりました」


 世知辛いが、当たり前の事だと思う。


「ナナちゃんにはもう会いません。俺はホシビトの尾神キセ。ニンゲンの尾神キセは五十一年前に死んだ」

「すみません」


 ユウヒさんが深々と頭を下げる。俺は潮時を感じて、黙って休憩室から出て行った。エレベーター前まで一直線に進む。下行のボタンを押して、頭上のランプを見上げながら呟いた。


「ニンゲン……か」


 よく分からない。ホシビトってニンゲンじゃないからこうなるらしい。俺には上等なテーマ過ぎて、議論する気も起きないわ。もう、いい。

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