1-3 交戦
『……っ!』
ブラムが舌打ちをしている。こちらの無線にも妙なノイズが走った。
「何だ? ボーンの妨害電波?」
『妙だ……ノイズパターンが、こりゃどう見ても』
「敵か……」
合流してすぐにこれだ。しかも、相手は――。
『え? 人間同士でやろうっての?』
『……ニンゲンではあるまい』
相手からの通信、こちらと周波数が合った!
『敵機だ! 西南西の方角から数は五! ミドル級四、それと……未確認のが一、でかいぞ』
「司令部、未確認機と遭遇する。交戦の許可を願う」
『司令部よりアルファ、交戦は許可出来ない。接近する機体は敵味方識別信号では味方を示している』
「何処の機体だ?」
『……』
「おい!」
『独力で回避されたし、以上』
ぷつんと通信が切れた。
『敵じゃねえってのに、何しに来たんだ?』
「さあな……遊びに来たんじゃないのか?」
『ああ……西の連中、だな? 血の気の多いのがケンカを売りに来たのさ』
二人共瞬時に戦闘体勢に入った。こういうのは初めてではないが、こうまであからさまなのは初めてだ。どの道向こうは一戦交えなければ引っ込まないだろう。
新宿が異界化して二十三年、極東の異界はこれ一つ。その権利は新世界調査機構『セプター』が有しているが、日本国内での調整が上手くいっているとは言えない。
新宿異界を含む新関東は相変わらず都会としての立場を誇示しているが、それ以外の地方には魅力の無い田舎という強い印象が残ってしまっている。つまり今回のこれもその周辺で生じた不満の表れだろう。
『コンタクトまで約二〇〇セカンド』
「実弾は使わない」
俺はライフルを腰にマウントし、左前腕から柄を取った。剣の柄だ。
『閃光剣か。なら、援護するぜ』
ブラムは光学迷彩をオンにして、潜伏を開始した。俺は上昇して、目立つように単騎で敵を待つ。
『コンタクトまで一〇セカンド』
もう肉眼で見えている。相手は全員閃光剣を装備している。やはり憂さ晴らしが目的だ。
『東のお手並みを拝見しよう』
隊長機らしきヘビー級ライトギアが手を振る。ミドル級四機が猛然と加速しながら散った。FATAの予測は正常に働いている。
初撃をファントムでかわし、敵機の背に閃光剣を振った。斬撃の一瞬、青白い光の刃が放出され、次の敵二機の斬撃を俺は宙返りでかわしていた。四機目には攻撃を許さない。回転しながら背のブースターに傷を負わせていた。
『二機を一瞬で……! 馬鹿な……』
残存する二機がおののいている。
『俺がやる! 損傷した機体を連れて、先に帰投しろ』
隊長機が出てきた。大振りの閃光剣を持っている。ゆっくりとこちらに接近してきた。
『セプター大阪支部第五十三ホシビト大隊オオマ・シゲン』
名乗られた。立ち合い前にか、古風な人だ。
「俺は立場上名乗れない。そもそもこの戦いに大した意味等無い」
『言うなぁ!』
問答無用で斬り掛かられた。一瞬で五メートルの距離が詰まり、三連撃と続いたのを、全てぎりぎりで見切って見せた。
流石にヘビー級は速い。シゲンと名乗ったあれはフォーミュラを付けていないが、スペックで言えばこちらの三倍を優に超えている。
『いいぞ! その強さだ! それを探していた!』
シゲンが剣を正眼に構える。来る! 強烈なブースト加速から振り下ろされた剣を受けて立つ。相手の切っ先を外に流して、返す手首で剣を打った。刃がシゲンの首の手前で止まる。
『……どうした? やらないのか?』
シゲンが俺を挑発するが、俺は無言で剣を引いた。
『新宿異界を与えられたお前たちには分かるまい。ホシビトとして蘇り、人々から疎まれる我々の行き場の無い気持ちを……そして!』
シゲンが思い切り体当たりをして、俺の体勢を崩す。
『敗者としてお前は知る! 己が存在の小ささを!』
間合いを詰めて、一太刀浴びせようとシゲンが迫る。その刹那、一発の銃弾が二人の間に割って入った。
『関西の大将よ、ちょっとやり過ぎだぜ?』
ブラムだ。援護射撃、上手いじゃないか。
『後な、あんた、首取られる寸前だった』
『な、何を、うっ!』
シゲンが顎を引いて驚いている。俺の閃光剣の刃がシゲンの首の手前で止まっていた。
『何時抜いた? まったく見えなかった』
俺はじっとシゲンを見つめ、そっと剣を引いた。
『新関東恐るべし……お前は俺の……また剣を交えよう』
シゲンが後退していく。
『二度と来んな! キセ、大丈夫か?』
「ああ……」
『お前、手抜いてただろ? ばればれだぜ?』
「……」
答えなかった。真実手を抜いていた。だが、それを口にするような慢心を、俺は抱けない。死から蘇って、人々から疎まれる気持ち、俺も少しは分かるつもりだから。同情の気持ち、ホシビトにもあるんだ。ニンゲンではないが、そこは同じだと信じている。
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