第4話

「よくぞ参られた勇者殿。急な話で申し訳ないが、今この世界の人間は、魔王の侵略に怯える日々を送っている。そこで是非、勇者殿に救っていただきたいのだ」


「断る」


「おい、支度金と案内人を勇者殿に」


「断る。要らん」


「こちらが支度金です。そして此奴が勇者様をご案内致します」


「要らん。帰れ」


「よろしくお願いします、勇者様。わたくしめが勇者様と一緒になんて失礼かと思いますが、どうか可愛がってくださいまし」


「帰れ」


言葉が通じるのに会話が出来ないということには慣れていた。彼ら、そして彼らの王との会話は贔屓目に見て実りのあるものではなかった。贔屓目に見なければ最悪である。が、それは凡そ予想通りというものであった。

しかし相手が自分の要望のみを通そうとするのはとことん始末が悪い。そもそも彼らは俺の話など一切聞かずに自分の言いたいことのみを喋っているので、怒りよりもいっそ不気味さの方を強く感じる。

どうあっても無理と悟った俺は適当に相槌を打ちその場から逃れることのみに専念することにした。


「勇者様。女神様より使命をいただいている貴方様には必要ないかと思いましたが、なにぶんこの世界は勇者様にとって異世界。ですので、サポートをさせていただきます。カタリナと申します、よろしくお願い致します」


「ああ、よろしく頼む」


城下町にいる。城下町以外にこの場所を表現する言葉を俺は知らない。文明レベルは近代のそれで間違いないらしい。しかしこの時の俺の目は、魚市場の鮪のそれより濁っていたに違いない。

反論しても会話が成り立たないのであれば、いっそ相手に合わせてなんとか会話の形にした方が、精神はすり減るが安定する。

それでも彼らに悪意は一切無いようなのが不気味であり、だからこそ一定の信頼をもって彼女の指示に従い宿をとったが、えもいわれぬ感情が渦巻き続けている。

俺の胸中がどうあれ、しかし日は暮れる。俺は宿で一人、ベッドに腰掛けシンキングタイムである。


整理しよう。

まずこの世界における俺の立ち位置はなんだ。勇者様。これで間違いない。

勇者というのは何をするんだ。魔王を倒す。これも間違いない。

魔王を倒すにあたって必要な能力はあるか。ない。間違いであって欲しい。

この世界の人間は俺の目にどう映る。狂っている。としか言えない。

俺はこの世界でどうしたい。植物のように平穏な生活を送りたい。そう願った。

対してこの世界はどうだ。平穏からは程遠い。認めたくないが。

最後だ。女神は何をした。俺の能力のみを植物のような平穏な生活を送るに十分なものにした、送る世界は変えないまま。


その結果、である。俺はこの世界に相応しくない存在として来てしまった。そしてその辻褄を合わせ、整合性、正当性を取るためにこの世界は俺の話を聞かず、一方的に勇者様をやらせることにした。まるで学級会の劇のように。能力の関係ない、ただの役。欲しいのは本物の勇者ではなく、勇者様だった。


全て予想だ。合っていない。荒唐無稽にも程がある。俺だけが狂っているという説の方が余程信憑性が高い。

何より異世界転生とかいう今の状況からして、夢か何かだ。そうでなければ足りない設定が多すぎる。中学生が真夜中に綴った物語にも劣る。不親切の極みだ。面白くない。

だいたいこういう転生なんてイベントは、俺のような卑屈な奴ではなくもっと、そう、若気の至りが服を着て歩いてるようなそんな奴にお似合いじゃないか。そうしたら、きっとこの世界の連中ともうまく会話出来るし、何も悩むことはない。あのカタリナとかいう女と初めての宿でちょっと性的な展開になって、そうして読者を喜ばせていれば良いのだ。こんな胸糞悪い上に主人公の下らない思考ばかりを聞かされる物語にはならないし、きっともっと良い物語になったはずだ。主人公が強ければなお良い。うまくいけば出版社から声がかかって、本になるかもしれない。ちょっと性的な表紙と挿絵で。人気作家になるためには、そういうお約束的展開が必要なのだ。こんな風に読者を裏切ることの意味を履き違えたような展開、誰も望んでいないんだから。

そう、誰も望んでいないのだ。俺も、望んでいない。望んでいない、世界。


俺は嘔吐した。そして布団を被り、目が覚めないことを祈って、眠りについた。

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