第3話

苦労しそうだ。

細かく裁断された意識がまた一つに戻ったその直後、俺はそんなことを思った。

そこはレンガ造りの建物の中だった。その割に天井が高めで床も綺麗な辺り、かなり良い物件のようだ。尤も、ここが宗教的に意味があるとか、レンガ造りを敢えて残しているような施設であれば全くの無意味な考察である。

見回すと人間がいる。姿は概ね俺と同じ、服装は近代レベル。これも同上。

しかしこのレベルの文明が生まれているのならば、現代に生きた俺でも例外的な事柄さえなければなんとか生きていくことが出来そうだ。


「おお、勇者様」


前言を撤回したい。俺は今すぐに死ぬべきだ。

何処からかは知れぬその言葉に弾かれて俺は周りを、今度は注視する。

まず服装。貫頭衣のようなものかと思えば、それはマント、否ローブだ。

そして建物。レンガだけではない。振り向けばそこには荘厳なステンドグラス。先の補足的な考察が大正解であったようだ。

しかし今、俺を「勇者」と呼んだということは、つまるところ俺は俺の望むように転生できた訳ではないらしい。

しかしここは予想通りと言わざるを得ない。元より俺は何の期待もしていない。汝の望み通り、と言われてまともに望みを叶えてもらった神話など数えるほどだろう。まして対価もなしにとなれば言わずもがなである。

言語が通用することにも感謝したくない。もし俺の予想が完全に合っていたとしたら。否、今は考えるのをよそう。

シンキングタイムは終了だ。


「俺は何をすれば良い」


女神と同じだ。目的より行動指針を伝えてもらった方が良い。

しかし彼らは興奮した様子で扉から出て行ってしまった。言葉の端々から察するに、上司にでも報告しに行ったらしい。

シンキングタイムは終わっている。今は体を動かす時間だ。

腕を振ってみたりジャンプしてみたりしたが、得られたものは何もなかった。転生前と全く同じ、貧弱な肉体である。転生であるからには肉体も変わっているものだと思ったのだが。

遊びで魔法を唱えてみた、と言ってもちょっと集中して有名なゲームの真似をしたまでだが、それも何の反応もなかった。

他にも、壁に指を擦り付けると普通に痛いし、擦り傷になったし、息を止めれば苦しい。何も特殊な体質はないようだ。

傍目には儀式めいた動きをしていると、足音と共に扉が開く。俺はふと思いつき、姿勢を改める。胸を張り、顎を引き、その上で少し見下すような角度へ調整。俺は肩幅が広いから、これで少しはなよなよした雰囲気も失せようものだ。


「おお、勇者様。ご来臨頂き誠恐悦」


勇者に対し信仰があるという予想に狂いはなかった。ここまで遜られると少し気分が良い。が、それはそれである。


「恐悦のところ悪いが、俺は勇者様などではない。神にここまで運ばれたのは事実だが、俺には何の力もない。そして何より、俺は勇者など御免だ。他をあたってくれ」


まくし立ててみる。常世の女神相手には動いてくれなかった俺の舌も現世の人間相手にようやくお目覚めのようだ。

こいつらの前である以上、下手に動けない。シンキングタイムに突入せねばなるまい。

ここまでまくし立てられると通常、言われた側の思考は停止する。情報を処理し切れないのである。また、それが予想外の情報であれば尚のことだ。

情報で押し潰し、反論させない。主張を通す時にはある程度有効である。当然、情報を処理し切るような奴には一切効果がないことには注意せねばならないが。

ああ、忘れていた。もう一つ、この類の技術が一切通用しない連中がいる。


「ああ勇者様、我々を試しておられるのですね。我々が待ち望んだ勇者様がもしそれを拒んだらどう答えるかという試練なのですね。いいえ、我々はお待ちしておりました。清廉にして勇猛果敢、魔を退け光を与え、そうして我らをお救いくださる勇者様を。我々がどうして見紛うものでしょうか。先刻女神様より神託を賜りました。勇者様にご来臨頂けると。そしてその美しく猛々しい御姿、佇まいから漂う強く気高き精神。正に勇者様に他ならない。ああどうか勇者様、我らをお救いくださいませ。ついては我らの王のもとまで、ご足労願えますでしょうか」


狂信者だ。

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