第2話
よくよく考えてみれば、神性が俗っぽいというのも所謂「テンプレ」ではある。大概の場合無責任であるか、性的であるかに分かれるのだが。
しかしこの女神は様子を見るに何やら事情が違っているらしい。先程から頭を抱えては全く違う声で何事かを唸る姿は、いっそ邪神か何かと言われても納得のいくものである。
やがて思考がまとまったのか、それでも視線はまとまりなく四方へ向けて、俺のことを意に介していないような態度で音を吐き出し始めた。
「先輩の言うこともアテにならねえでやんす。転生した者に力を与えれば大喜びというのも些か安直と言わざるを得ないのではあるがな。しかし困りましたねえ、これでは私の役目が果たせませんわ。この下賤なる輩をどうして異界へ葬ってやろうか。幸せになるよう力は尽くすつもりなのでございますですよ。是非望みを叶えさせてもらおうじゃないか」
人格がめちゃくちゃ、というよりは「神性」に対するイメージの具現化、人々の憧憬の全て、唯一神の現実、とでも言うべき矛盾と整合性の塊であった。
俺の頭は混乱するというよりむしろ落ち着き、異常である空間に異常である存在があることに違和感を覚えないままにいれた。
思考が停止していたと言う方が語弊がないかもしれない。喫驚と恐怖とが感情を支配していたのは事実だし、それはそれとして目の前で起こっていることを正確に認識出来たに過ぎない。
やっとの思いで感情を整理し落ち着くまでにはまたいくらか時間がかかったし、その間に頭に浮かんだこともいくらかあった。
そう、俺には望みがないでもない。異世界転生、夢に見ないでもない。俺は神性ではなく、欲のある人間なのだ。
俺が望まれない世界。しかし疎まれるでもない世界。中立、公平、公正、平等、ニュートラル。俺は普通に生きることを望む。
となれば、言うことは一つだ。
「望みはある」
俺がそう言うと女神は糞に群がる蝿のように黒目を動かし応えた。嫌悪感が芽生えるが、そんなものに構っていられるほど余裕がない。
俺が宣言した直後。頭を覗かれる感覚、全てが詳らかになる違和感、俺という存在が個ではなく全に溶け込む不快感、そして、それら全ての逆再生。俺は胃液を吐き出した。否、何も吐き出せずに口を開け女神を睨むことしか出来なかった。
女神は満足そうに苛立ちと母性と敵意とを感じさせる表情で、今までの俗っぽさは何処へ行ったか正に神々しさと言うべき後光を備えていた。
自然、俺は跪く姿勢だった。傍から見ればそれは神託を受け異世界へ赴く一般人、というテンプレそのものだっただろう。尤も、最近では神に対して敬意を表することなど少ないそうだが。
そんな思考すら霧散する。旅立ちが近いのだと悟った。女神が口を開き、その口の中に異世界への扉を備えて、俺に向かって告げる。
「では、望みの儘に」
光って、まず視界がなくなり、次いで聴覚、その後ほぼ同時に全ての感覚が失せた。
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