第65話 苦行合宿セカンドデイ

 

「……さん。さいとーさん?」


 揺り動かされ、意識が浮上する。


 ……そうだ。アルコール度数の高いクラフトビールを飲んだので、酒を抜くためにも夕方まで寝ていたのだった。ルイさんがホテルにやってきたのだろう。


「……なぜにストゼロ」


「飲んできたんでしょ。匂いで分かるんだから! さいとーさんだけズルイ!」


 目を開けると、1本で酔えると悪名高い缶チューハイを片手に不機嫌そうなルイさんがプンスカグビグビしておられた。


 ベット脇の時計に目をやると、時間は18時を回ったところ。1時間ほど眠っていたようだ。


「ご飯食べてないでしょ? ついでに買ってきたから」


 指がさされた先にあったのは半透明のコンビニ袋。うっすらと透けて見えるのはチータラやらスナックやらとどう見てもつまみ類だ。晩飯の類ではない。



 ……コヤツ、宅飲み気分でござる。


「お酒……好きなんですね」


「まーね。さいとーさんも好きでしょ?」


「自分の場合は、酒というより酒に合う飯が好きというか飯に合う酒が好きというか……」


「理屈っぽい! 好きでいいじゃん!」


「……そうですね」


 超理論感情の前では、ことわりなど無意味だ。


「それでね。カオルとモモちゃんも見学に来るって。多めに買ってきちゃった」


 想定外の言葉に思わず目を剥く。完全に女子会的な何かではないか。何だその俺の詠唱を肴に酒を飲む羞恥会は……。


「詠唱中にノイズが入ると失敗してしまうのですが……」


「そこは大丈夫でしょ。みんな分かってるし。お喋りはMP回復の合間オンリーで」


 全然大丈夫な気がしない。むしろ注目されている中でポエム詠唱とか俺が大丈夫じゃない。


「それに……やっぱり男と女で同室とか、何気に心配されているのよね」


 流石に不満が顔に出てしまっていたのだろう。反対しにくい言葉で反論を封じ込められてしまう。


「昼寝もしましたし、今晩は終わり次第帰宅するとしますよ」


 やはり、せめて別室にすべきだったのだ。


 そんなやりとりをしていると、ルイさんのスマホがテーブルの上を細かく跳ね、見学者達の到着を報せる。


「あ、来たみたい。迎えに行ってくるね」


 過ぎ去ってしまった時間は残酷で、既に決定済みの決定事項は覆らない。部屋を出て行くルイさんの華奢な後姿が雄弁に物語っていた。



 これはもう多情多感を排し、悟りを開くしかないと悟った。

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