第38話 荒ぶる魂
⋯⋯どうしてこうなった。
「もー。このっ。スケベロリコンっ」
「オッパイ好きだって言ってたらろう? あれかロリきょにう好きか。男はもー。ほんとにもー」
呂律も怪しくなってきた我等がリーダーのルイさんだが、今宵は随分と荒ぶっていらっしゃる。エーテル酔いだろうか?
「いつもこんな感じなんですか?」
「珍しいけど⋯⋯困ったわねぇ」
カウンターに突っ伏して、半開きの目で呪いの言葉を吐くだけになってしまったルイさんに、ガイさんも苦笑いだ。
メイド喫茶を出た俺は、男の娘とニューハーフの差異について考えながら、もう一例であるガイさんを思い出した。
一回くらい顔を出そうかと向かった先はススキノの南6西6。ゲイバーしかないと言っても過言ではないある意味有名なテナントビルだった。流石の俺も知り合いがいないと絶対に寄り付かない。
「あらぁ。いらっしゃい。来てくれたのねぇさいとーさん」
「どうも。一回くらいは顔を出したかったので」
「いいのよぉ。二回でも三回でもぉ出したいだけ出してぇ」
そこはガイさんが1人で切り盛りするカウンター8席だけの小さなお店だった。他にお客さんはいなかった事に安堵する。他の客には早めにノンケアピール、俺予習済み。
「ガイさん、ハイボール下さい」
「はぁぃ。でも、ここではママって呼んでね?」
バチコンと音が出そうなウィンク。ママか⋯⋯。抵抗感が⋯⋯特にないな。違和感だけだ。
ポテトサラダにヒジキの煮物と、思っていたより家庭的で立派なチャームが出てきた。カラオケもあるし、バーというよりスナックだな。
「これ、ママが作ってるんですか?」
「そうよぉ。ちゃんと食べてね?」
「いただきます」
身構えて行った割に、いつも通りイケメンで親切なナイスガイさんとゲームの話などで意外とのんびりと過ごしていると、荒々しく扉を開けて暴君がやってきた。
「ママー! ちょっと聞いてよー。あれ? さいとーさん」
「あら。ルイちゃん。いらっしゃい」
「どうも。お疲れ様です」
「珍しい取り合わせね。まあ良いか。ママ、ビール」
「はいはい」
やや乱暴にドスンと隣の椅子に座ると、ルイさんの仕事用香水がふわりと漂い、山脈の光景がフラッシュバックした。あれは良いものだ。
「もー嫌な客に限ってシャンパンとか入れるのよねー!」
「あれ? あの店って女の子も飲むんですね」
「そーゆーサービスもあるのよ。オプションでね」
「うはぁ。オプション多いですねあの店⋯⋯」
「もー隠れてベタベタ触ってくるし! 触るなら堂々と触れ!」
「⋯⋯お触り禁止じゃ?」
「そうよ! 出禁にすれば良いのに!」
「でも金払いが良いと」
「そーなのよー。一万円貰ったから、ママこれでシャンパン入れて!」
「あらぁいいの?」
「厄落としよ厄落とし! みんなで飲も!」
ルイさんはビールを飲み干し、男らしく言い放った。
⋯⋯そして、俺は言葉のサンドバッグになっていたのだった。
「さいとーさんまだあのホテルに泊まってるんでしょ?」
「はい。来週から新居に移ろうと思ってます」
「じゃ、ルイちゃんをお願いできるかしらぁ? すぐ近くのタワマンだから」
「あれそうなんですね。じゃタクシーで送ります。ルイさん? 帰る時間ですよ?」
「ふぇ? まだ眠いーもうちょっと」
「家で寝てください」
会計を済ませ、ルイさんを何とか再起動させる。
「帰りますよー」
「わかってーまーすよー」
「頼んだわよぉ」
「了解です」
歩いて帰れる距離ではあるが、歩行困難なルイさんをタクシーに積み込み帰路につく。隣のルイさんは顔に髪がかかり、首もガックンガックンしていて軽くホラーだ。
程なくしてタワマン前に到着。
ルイさんを担ぎタクシーを降りるもエントランスのオートロックすら突破できない。
「ルイさーん。家に着きましたよー」
こういうシチュエーションは送り狼パターンを期待しがちだが、残念ながら期待値的には口から主砲発射パターンの方が確率が高い。
慎重さが要求される。取り扱い注意だ。
「んー? ありがと。んー。ちゅ」
首に両腕を回し軽くハグして唇を奪い、思ったよりしっかりとした足取りで去っていくルイさん。
呆然と自動ドアが閉まるのを見送る。
柔らかな唇の感触と甘い香水の残り香を余計に生々しく感じた。
⋯⋯いや、奴はとんでもないものを盗んでいきました。
私の下心です。
あの香りをまとったルイさんは
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