第3話 ~事件2 麻薬取り引きの謎~

倉見「…会いたかった…わたしもよ豊さん!…待たせてすまなかったな…いいのよそんなこと!」


昼休みの署内、突如隣のデスクで繰り広げられる一人芝居に戸部の目が止まる。


倉見「しょう子~!!いただきます」

パキっと割った箸を手にラーメンを啜りだす倉見。戸部はあっけにとられたままこの上なく幸せそうな倉見の姿に頭を傾げていた。


そんな光景が日常なのか、向かいに座る鹿子は何の反応もなく、黙々と亀のストラップが揺れるスマートフォンに指を滑らせている。戸部はわずかな唾を飲み込むと、鹿子に話し掛けるタイミングを窺っていた。


鹿子「なに?」

そんな戸部の心が通じたのか、画面を見たまま鹿子が声を掛ける。

戸部「いや、あの…しょ、しょう子って誰ですか?」

戸部の視線は右隣の倉見を指している。鹿子はようやく顔を上げると、そんな戸部に何度も頷いた。

鹿子「昨日は味噌子みそこ、一昨日はとん子、その前は…」

倉見「しふぉび(塩美)!」

縮れた麺を口の端で躍らせながら倉見が加わる。


鹿子「あぁそうだった、よくあきねぇよな」

倉見「ラーメンは美うつくしいぃっ!…戸部、1個やろうか?キム子だけど」

倉見は一番下の大きい引出しを開け、〝キムチむちむち麺!〟と書かれた赤いパッケージを見せた。

戸部「いえ、結構です」

冷静に断る戸部に、倉見は不思議そうな顔をする。

倉見「そうか?………ま、まさかお前、しょう子を狙ってたんじゃ…」

食べかけのカップを両手で守る倉見、

戸部「どっちも要りません!」

鹿子が向こう岸から呆れた顔で見ている。

倉見「お前にはキム子がお似合いだぜ?…ゲップ」


とそこに、

権田「倉見班!昼飯終わってんなら集合!」

背後からかかる権田の号令に、慌てて立ち上がる倉見と鹿子、戸部も二人に続く。


権田はデスクの上に置かれた一枚のメモ用紙を倉見に渡した。

倉見「〝雀荘ロン〟…?」

その住所が書かれたメモを二人も脇から覗き込む。

権田「実は昨晩、ある雀荘に現れた男が違法薬物を売りさばいているというタレコミがあってな」

倉見「ヤクね…」

険しい顔になる倉見と鹿子をチラリと見て権田が頷いた。


権田「倉見と神川はよく知っていると思うが、ヤクの密売はEDAのお家芸だ。今回の情報提供者は匿名だったそうだが、売買されるのはヘロインだと言っている…調べる価値はあると思う」

戸部「ヘロインて、なかなか出回る物じゃありませんよね?」

押収された麻薬の中でも、管轄内ではなかなかお目にかかる事のない薬物に戸惑う戸部。


倉見「EDAが売るのはヘロインだけだ。金さえ払えば幾らでも手に入るらしい」

珍しく真剣な表情を浮かべ腕を組む倉見。鹿子も同様に鋭い目つきで権田を見ていた。

権田「売人は中国人だと言っていたそうだ。」

倉見「中国人?」

権田が黙って頷いた。

権田「他の事ははわからん。とりあえずホシが現れるという雀荘を当たってみてくれ…くれぐれも無茶はするなよ」

三人は神妙な面持ちで、了解と声を揃えた。



まだ陽も高い午後の繁華街は所々にゴミを転がし、目の落ちくぼんだ店員たちが店前でマットを叩く姿がちらほらしていた。冷えた無数の看板たちは色を失い、喧噪

のない通りはまるで魂が抜けたような虚しい空気を醸し出している。


戸部「夢のあとって感じですね」

倉見「落差の大きいすっぴんだな」

そんな通りを歩きながら、三人は雀荘ロンへと向かっていた。


アーケードを抜けてすぐ、耳を塞ぐような騒音と共に頭上を揺らす電車が通りすぎていく。その高架下には灯りの落ちた提灯が等間隔で並び、拭き散らかした落書きだらけの壁に花を添えている。


倉見「おでん、焼き鳥、ラーメン…夜になれば食い次第なのに…」

畳まれた屋台に思いを馳せ、倉見の鼻は虚しくへこむ。そんな薄暗い高架下を出ても延々と続く陰、戸部が空を見上げると入り組んだビル街が陽の光を遮っていた。

戸部「薬の売買にはもってこいの場所ですねえ」

倉見も顔を上げて頷く。

倉見「ヤクを売るためにわざわざ密集して建ててるんじゃねえかって思うわな」

老朽化した数々のビルは、まるで縄張りに入った二人を窺うかのように、白くなった窓ガラスを上から光らせていた。


鹿子「おい」

ベタベタとシールを張られた電柱に隠れるように、鹿子が人差し指を口に当てながら手招きをした。二人はそっと後ろに近寄る。

倉見「どうしたんだよ?」

コソコソと話す倉見に、鹿子は前にある看板を指さした。

倉見「雀荘ロン、あそこか…」

古びた外壁には毛細血管のようなヒビがあちらこちらに広がっている。その一階に構える店は怪しい雰囲気をストレートに臭わせていた。


戸部「〝いかにも感〟が強すぎません?」

鹿子「しっ!入り口の横、見てみろ」


ビルの横にある開いたままの裏口から、女性らしき背中が半分見えている。雀荘には不似合いなワンピースを着た女性は、中にいる人物と何やら揉めているようだ。


女性「言いなさいよ!!どこにいるのよ!!」

激しく責め立てる声が聞こえてくる。

女性「知らないわけないじゃない!」

その瞬間、外に引っ張られるように女性の体がよろめき、道端に倒れ込んだ。

倉見「行くぞ!」

すぐに倉見が飛び出し、鹿子と戸部も続く。


近づいてきた三人を座り込んだまま見上げた女性は、真っ赤になった目に怒りを溢れさせている。鹿子はすぐに手を差し出すと、手帳を出しながら女性を起こした。

鹿子「中央署です、どうしました?」

同時に裏口を塞ぐように立つヒゲ面の男にも手帳を見せると、男はすぐに笑顔を見せ、ペラペラと喋り出した。

店主「ご苦労様です刑事さん!いや丁度よかった、この女性に営業妨害されて困ってたんですよ」

鹿子に支えられながら、女性はさらに逆立ちつように男を睨みつけた。

女性「よく、よくそんな事いえるわね!この人殺し!!」

震える手が男を指さす。

店主「勝手に転んだんですよ?ね?ちょっと頭おかしいみたいでさこのオバサン。悪いけど連れてってよ」

店主はなれなれしく倉見に言う。戸部は間に入って両者をキョロキョロと見回すばかり。


鹿子は足を引きずるように立ち上がった女性の肩を担ぐと、不気味に笑う店主を睨みつけ

鹿子「通報があって来た訳じゃないが、出直させてもらう」

と言ってロンを後にした。

店主「ごくろうさまです!」

離れていく四人の背中で、せせら笑いを浮かべる店主が嫌味のように頭を下げる。悔しさをぶつけるように泣く女性の声が、鹿子のコートにポタポタと落ちていた。



近くの公園のベンチで、顔を覆ったままひたすら泣きじゃくる女性の隣に座る鹿子は風の抜けるジャングルジムをただじっと眺めている。倉見と戸部は少し離れた公園の外にいた。


倉見「うーん…」

戸部「どうするんですか?」

腕を組んだままじっと考え込む倉見を、イライラしながら見ている戸部。

倉見「決めた!」

戸部「どっち!?」

倉見「熟熟みかん!」

~ウィーン~

自動販売機が舌を出すように、千円札を吐き出した。


戸部「もう!だから早く決めてって言ったのに~!」

戸部はそう言いながら、再度札を吸い込ませる。

倉見「しょうがないだろ?ウルトラオレンジと熟熟みかん、これは究極の選択だ…」

戸部「あぁもういいです!ボクが先に買うから先輩はごゆっくりどうぞ!」

そう言って戸部はホットコーヒー百二十円のボタンを三回押すと、鹿子の待つベンチへと歩いて行った。

倉見「ったく短気な奴だな。さて、迷いに迷ったが熟熟みかん、キミに決定だ!……」



冷たいベンチの上でそっと渡された缶の温もりが、悴んだ女性の手に染み渡る。だいぶ落ち着いてきたのか、女性はそのまま顔をあげると、戸部に頭を下げ礼を言った。

鹿子「大丈夫ですか?」

横から覗きこむように声を掛けた鹿子に、また頭を下げる女性。

女性「…大丈夫です、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」

戸部も首をふって答える。


女性「…警察の方なんですよね?」

鹿子「えぇ。何かお困りの事でも?」

女性は小さく頷くと、少しうつむき迷っているような素振りを見せる。

戸部「お力になれる事があれば何でも言ってください」

戸部が優しくそう伝えると、またポロポロと涙が落ちる。

千藤「…私、千藤弥生といいます、息子は賢一…聞いたことありませんか?」

鹿子「千藤…?」


戸部も同時に記憶を辿るが聞き憶えのない名前だった。

千藤「…別の刑事さんだったからご存じないのかもしれませんね。…先月息子は亡くなりました…警察は薬物による中毒死だと…」

戸部はハッとしたように鹿子を見た。

戸部「ニュースでやってましたよ、豊霜区のアパートで亡くなった男性が、薬物中毒の疑いがあって入手経路を調べてるって。しかもそのあと…」


戸部はその先を言うのをためらった、鹿子が遮るように激しく首をふったからだ。

鹿子「わたしたちは中央署なので、管轄が違うと入る情報も限られてしまうんです」

千藤「…そうでしたか、ごめんなさい私何も知らなくて…。豊霜署の刑事さんは全く取り合ってくれませんでしたが、賢一は横領の罪を着せられて殺されたんです…そうに決まってます!」


絞り出すように放たれた言葉に、鹿子と戸部は顔を見合わせた。

鹿子「…というのは?」

千藤は目を拭いながら続ける。

千藤「初めから信じられませんでした、あんな真面目な子が横領だの薬物だのって全く別世界の話なのに…だってあの子、東大を出て三東銀行に勤めてたんですよ?亡くなる三か月前には課長に昇進したって喜んでいたのに!警察は不審な点はないと断定して、それよりも横領を知っていたかとか、家に借金があったかとか聞くばかりで、まるで私達家族を犯罪者扱い!ろくに調べようともしませんでした!」


千藤は激しい感情を露わにし体を震わせた。

千藤「一ヶ月経って、アパートから持ち帰った荷物を整理していたらあの店のライターを見つけたんです。店に聞いたら客は数えきれないほど来るから一々覚えてないと…それでさっきの状況に…」

鹿子「…息子さんはもともと麻雀を?」

千藤「とんでもない!うちの息子は子どもの頃からおとなしくて真面目で、五歳から英語や書道のお教室に通って私立の小学部に入りましたし、その後も必死に勉強して東大まで難なく通ってきた子です。ご近所でも有名でいつも〝いい息子さんで羨ましい〟って言われていたくらいです。優しくて真面目で本当に親孝行な子だったんですそれが…」

千藤はまたボロボロと泣きだし顔を覆った。


背中をヒクヒクさせながら嗚咽を漏らし始めた千藤の隣で、鹿子は戸部に車を呼ぶよう指示した。これ以上話をさせるのは厳しい状況だと思えたからだ。


鹿子「千藤さん、タクシー呼びますから今日はお帰りになった方が…」

すると千藤は顔をしっかりとあげて、赤く潰れかけた目を鹿子に向けた。

千藤「あの子を失って、これからを生きる意味がなくなりました…刑事さん!賢一を殺した犯人を捕まえてください!あの子は犯罪なんて出来るような子じゃないんです!ご近所からも白い目で見られて私…家族もおかしくなりそうなんです…!」

千藤はさらに握りつぶすように鹿子の腕を掴み膝を落とすように泣き崩れた。鹿子は背中をさすりながら抱き上げると、ほどなくして到着したタクシーにゆっくりと乗せた。

 


走り去る車を見送りながら、二人は険しい顔をしている。愛する息子を失った可哀想な母親…しかしどこか釈然としない。


鹿子「…どっちかな?」

鹿子がポツリとつぶやき、後ろに立つ戸部が驚いたように鹿子の背中を見た。

鹿子「あの怒りは息子を亡くしたからか、それとも周囲からの称賛を失くしたからか…」

その言葉は、戸部の中に残る違和感とピッタリと繋がり重く響いた。


落ち始めた陽に背を向け鹿子が振り返る。

鹿子「さて、雀荘に戻るか…ん?」

戸部の後ろでぬぼっと立つ倉見。

倉見「戸部くん」

後ろから肩を叩かれた戸部、振り返るとニコニコした倉見が小銭を差し出している。


戸部「あれ?先輩買わなかったんですか?」

きっちりと残る六四〇円、戸部は不思議そうに顔を上げた。

倉見「買わなかったんじゃなくて、買えなかったんだよ戸部くん」

気持ちの悪い倉見の笑みが続く。

戸部「え?売り切れですか?」

倉見はフっと笑うと下を向き、

倉見「…君が去った後まさかの釣銭切れランプが点灯してね…熟熟みかんは一五〇円、手元にあるのは六四〇円…あと一〇円あれば…一〇円があったなら…あの販売機野郎~!!」

拳を振り上げて販売機を睨む倉見に、戸部と鹿子は大きくため息をついた。



雀荘ロンに戻った三人は、先ほどの裏口から店主を呼んだ。あの調子のいいヒゲ面の男がはいはいとすぐに出てくる。


鹿子「ここに来ている男について聞きたい」

店主はヘラヘラしながらドアの枠に手を掛けた。

店主「そう言われてもねえ。客はいっぱい居るからねえ」

すると後ろから不機嫌そうな顔をした倉見が鹿子を押しのけて男の前に立った。

倉見「名簿出せあんだろ?顧客名簿。従業員も全部だ早くしろ」

店主は、頭一個分上にある倉見の顔を見上げると、一瞬にして真顔になりそのまま黙って奥へと引っ込んだ。無駄に高い身長がこういう時は役に立つ。


戸部「あんな厳つい男が簡単に動くなんて驚きです」

戸部はこそこそと鹿子に耳打ちした。

鹿子「この辺りで雀荘やってるような輩はほとんどが下っ端だからな。最初はいきがっても通用しないとわかるとすぐにへいこらしやがる」

納得したようにうなずく戸部。

戸部「でも本当に通用しないのは鹿子さんの方なんですけど…真の恐怖を知らない未熟者なんですねえ…まあ先輩の熟熟みかんが買えなかった怒りも相当だったんでしょうけど」

一人納得したように語る戸部をジロリと睨む鹿子に、戸部は首をすぼめた。


ズラリと並んだ名簿に千藤賢一の記載はなかったが、六人ほどの外国人らしき名前はあった。

倉見「この六人は外国人か?」

店主「えぇそうです」

男はわかり易く手を揉みながら答える、至って低姿勢だ。


鹿子「千藤賢一を知ってるな?」

鹿子が切り込むと、男は一瞬目を細め小さく息を吐く。

店主「さっきのオバサンしつこくてねぇ。いちいち覚えてられませんよ客の事なんて」

とぼけたようにそう話す店主。鹿子はふいに、店主の背中でじゃらじゃらと鳴る店の中を覗き始め、店主は慌てたように鹿子の前に立った。


店主「やだなぁ刑事さん、うちは真面目にやってますって。間違っても賭けマージャンなんてしてません、クリーンなお店です」

そんな言葉にも耳を貸さず今度はでっぷりとした男の腹を避けるように、屈みこんで店の奥へと目を光らせた。二人の従業員が忙しく客のテーブルに飲み物を運ぶ姿が見える。


男「ちょっとちょっと刑事さ…」

鹿子「千藤賢一を知ってるな?」

店の奥をじっと見ながらもう一度聞く。

店主「だからいちいち覚えてないって言ってるじゃないですか。そろそろ店が忙しくなるんで、もういいですか?」

その瞬間、鹿子はすっと背を伸ばすと男のヒゲをガッツリと掴んだ。

店主「いたた!何するんですか!?違法捜査でしょうが!中央署に連絡しますよ!?」

鹿子はニヤリと笑うと、そのまま顔を近づけた。

鹿子「あの従業員、時給いくらだ?」

下に引っ張られる顔を歪めながら店主は眉をひそめる。

鹿子「署に連絡してあの二人の身元確認してみるか?」

店主はギリギリと歯を擦らせ、目を逸らしたまま首を横に振った。

鹿子「…正直に話せ。」

鹿子が手を離すと店主は労わるように顎をそっと触り、立てかけられたパイプ椅子にふてぶてしく座った。


鹿子「千藤はいつからここに?」

店主は胸ポケットから煙草をだして火をつけ、出し切るようにフーっと息を吐いた。モクモクと出口に流れてくる煙を戸部は酸っぱい表情で払い退ける。

店主「…去年の夏ごろ…」

鹿子「誰と?」

店主は煙草を銜えたまま奥へ行き、シガレットケースもって戻って来た。

店主「趙(ちょう)って男だ…」

ケースから出した一枚の名刺には

【サプリの健堅堂代表 趙 要徳(ちょうようとく)】

とあり、住所と電話番号が記載されている。


鹿子「男の特徴、住所と電話番号の信頼度は?」

店主は頭をグチャグチャと掻く。

店主「…六〇代、小太り小柄。電話は秘書代行サービスに繋がるが、事務所は本物だ」

鹿子「なぜわかる?」

店主「その趙って男が奥の個室を使わせろって、毎月ポンと二〇万先払いでよ。その時にウチの若いのに後を尾けさせたらそこのビルに入っていった。…いくら金払いがよくてもヤバそうな奴は御免だからな」


鹿子は流し目で店主を見る。

鹿子「警察関係者とか?」

店主「言っとくが俺は何も関わっちゃいねえ。ただ場所を提供してただけだ」

慌てる店主を鹿子は鼻で笑った。


倉見「千藤と趙の関係は?」

店主「さあな…ただあの坊ちゃんはかなりの…これだったな。」

店主は片手を広げてみせる。

倉見「ヤク中?真面目な銀行員がか?」

店主「一度酔っぱらって店にきて、自分はエリートだなんだと管巻きやがって。まあ典型的なお利口さんタイプだな。周囲の期待通りに生きて来て、ふと振り返ったら自分の人生空っぽだったって絶望する奴…でそんなときにコロっと手を出したヤクに溺れていくパターン」

そう言って呆れたように店主は笑った。


倉見「しかし趙と千藤はどうやって知り合ったんだ?」

店主「そこまでしらねえよ。ただいつもバラバラに来てその個室で待ち合わせてた。うちとしてはいい客だったけどな。それ以外は何も知らねえ」

黙って聞いていた鹿子が店主をじっと見る。

男は煙草を指で握り潰し、床に投げた。

店主「…嘘はねぇ。その代りバイトの件はよろしく頼むぜ」

鹿子は頷き倉見を見ると、趙の名刺をポケットに入れて店を出た。




畳まれていた屋台を、慣れた手つきで組み立て始める店主たち。

倉見「これから開店準備か…」

ありったけの寂しさを口元に漂わせる倉見が、一層暗くなった高架下を名残惜しそうに通り過ぎる。


戸部「これから趙の事務所に行くんですか?」

そんなささやかな夢を戸部の一言が吹き飛ばした。

倉見「何時間仕事させんじゃボケ!罰として飯はお前に奢らせてやろう~ヌワッハッハ!」

空腹に苛立つ倉見に戸部が反論する。

戸部「それ立派なパワハラですよ!お腹すいてるからってボクに当たらないでくださいよ!鹿子さーん、また先輩が…」


~モウカリマッカ?モウカリマッカ?~


くだらない騒ぎで盛り上がる二人の前を少し離れて歩く鹿子から、メールの着信音が鳴り響く。亀のストラップを揺らしながら素早くスマートフォンの画面を見る鹿子に戸部のSOSは届かない。

倉見はニヤッと笑うと戸部の頭を軽く叩いた。


倉見「警部補はお忙しいんだよ、FXの動向が気になって仕方ないの。余計な事で気を散らすんじゃないよ戸部巡査!」

最もらしく言い聞かせる倉見。戸部は自分の頭を慰めながら目を丸くする。

戸部「鹿子さんFXやるんですか?」

倉見「おう、儲かるとうえ田で奢ってくれっから、絶対邪魔するなよおぉぉぉぉ」

あっという間に機嫌が直る倉見に呆れながら、少しずつ鮮やかになる繁華街を足早に通り抜けていった。


ごろっとしたじゃがいもが豚肉の脂を全身に浴びこれでもかと照りつける。その隙間にチラリと顔を出す真緑のさやえんどう。

倉見「ホクホクや~じゅわじゅわや~」

ビールを片手に箸の上までしゃぶりつく倉見、この上なく幸せそうにイモに酔いしれる。


戸部「ん~美味しい!…あ、すみません気の利いたコメントできなくて」

口を押えながら気遣う戸部に、上田は今日も地蔵の笑みを浮かべる。

上田「そんな事気にしないでいいから食べな、お腹すいてるんでしょう?」

大きく頷いて箸を進める戸部は、遠足で弁当を食べる子供のように嬉嬉としていた。


その一つ隣の席では、肘をついた鹿子が持ち帰った名刺をじっと眺めている。

上田「いつまで仕事してるの、鹿子ちゃんも食べれば?」

戸部も振り返る。

戸部「あ、そういえば今日ヒゲ男とどんな話してたんですか?」

口を拭きながら戸部が訊ねると、鹿子は名刺をポケットに仕舞い聞き返すような表情を見せる。

戸部「あの男、急にペラペラしゃべり始めたでしょ?バイトのことはどうのって…」

箸を持ちながら鹿子は二度頷いた。

鹿子「バイト二人が未成年だったんだよ。安い賃金で使い放題だから雇ってたんだろ」

戸部は驚いたように箸を置く。

戸部「え?そんな事いつ知ったんですか?」

鹿子「適当に言ったらビンゴだっただけ。あのヒゲ男やけに店の中を見せないように立ってたから何かあるなとは思ってたけど」

豆鉄砲をくらった鳩のような戸部に、倉見が肩を寄せてくる。


倉見「こいつの捜査はハッタリだらけ、そしてオレらは尻拭いでバッタリ…うま!まじウマ!」

そう言いながら甘い人参をほうばる倉見に戸部は寒さを覚えた。


上田「鹿ちゃんは無茶ばっかりするから、権田さんいつもヒヤヒヤさせられるって言ってたよ」

戸部「あの課長をヒヤヒヤさせる鹿子さんの方が怖い…」

戸部の頭の中に、ひざまずいて祈りを捧げる権田のイメージが浮かんでいた。


倉見「そういえばあのおばさん、ちゃんと帰ったかな?」

きっちりと畳まれた洗濯物のように、重なる焼き目が美しいだしまき卵が、青々とした小ネギを散らして倉見の口へと運ばれてゆく。


戸部「あぁ、千藤弥生さんですか?」

はふはふと、湯気の立つ橙色の卵を少しずつ味わう倉見が頷いた。

戸部「結局息子さんは中毒死って事なんですかね?でも何で横領なんて…?」

鹿子はなみなみと注がれたグラスの酒を升にこぼしながら口をつけた。上田が背中の棚から新しい中瓶を取り出し、鹿子の前にそっと置く。


鹿子「あのヒゲが言った通りだろ。」

そういって一気にもっきりを飲み干す鹿子に戸部は目を丸くする。

鹿子「親の理想を必死で生きて、そこから抜け出す事も叶わないまま疲れ果てる。そんな現実を唯一忘れさせてくれたのが薬だった…一時の忘却に溺れて、善悪の境界線も判らなくなったんだろう」


唇についた泡を軽く擦りながら、倉見も頷く。

倉見「…EDAが売るのはヘロイン、給料だけじゃ到底間に合わない。横領は薬を買うためだったって事だ……上田さーん」

空になったビールジョッキをカウンターに上げると、入れ替わるように水割りを出す上田。

戸部「それで最後は薬物中毒で死んだ…なんだか悲しいですね。どっちにしても息子さんは殺された訳じゃないって千藤弥生さんに教えてあげた方がいいんじゃないですか?」

鹿子は黙って首を横に振った。


倉見「豊霜署はそう結論付けて説明した訳だし、オレらがこれ以上首突っ込むのはNG」

戸部の背中を引き戻すように倉見が言う。

戸部「それじゃいつまで経っても犯人を…」

倉見と戸部の間をじゅくじゅくと破裂音を立てながら長細い皿が降りてきた。

上田「太刀魚の塩焼きだよ」

倉見「うひょー!オーライオーライ!」

すばやく箸を持ち自分の前に誘導する倉見に戸部は呆れかえっている。


鹿子「千藤弥生はこれからも〝息子を殺した犯人〟を探し続けるだろうな」

後ろからポロリと代弁をした鹿子に、体ごと向きを変えて戸部は大きく頷いた。


戸部「そうですよ、あまりにも残酷じゃありません?」

鹿子「…でも、いつかは見つけられるはずだ、息子を奪った〝犯人〟を――千藤弥生にとってはその時が一番辛いかもしれないけどな」

戸部「見つからないでしょ?犯人なんていないんだから」

まったく腑に落ちない戸部が口を尖らせる。

上田「見つからないのは見ようとしないから。答えが全て外側にあるとは限らないんだよ」

上田は優しく戸部を諭す。


楊枝をつつきながら満足そうに腹をさする倉見。目の前には電車のレールのような太刀魚の骨が寝かされている。

倉見「とりあえずよ、課長に場所を確保してもらったから明日から趙の事務所を張る…あそうだ戸部、スーツで来るなよ」

そう言いながら皿にポツンと残ったかぼすをしゃぶる倉見、その飛沫

しぶきがしわを寄せた戸部の眉間を直撃する。


倉見「あの辺りはEDAのアンテナも多いから警察手帳は出すなって事…なんだよ?意味わかんねえのか?」

険しい顔のまま固まる戸部を覗き込む倉見。

倉見「?アンテナは情報屋のことだぞ?」

戸部「わかりますそれくらい、ただ…」

倉見「ただなんだ?」

戸部は恨めしそうに倉見を見るとガクッと下を向いた。

戸部「太刀魚…」



翌日、ランナーが行き交う堤防の道を、背中を覆うリュックを担いだ戸部がノロノロと走っていた。その先には黄色のパーカーに黒のウィンドブレーカーを重ね着した鹿子と、黒のジャージにペットボトルを持った倉見が待ち構えている。


倉見「遅い!もっと早く走れねーのか?」

ゼイゼイと言葉にもならない戸部は言い返す事もままならない。すれ違う犬たちに避けられながら、ダラダラと流れる汗を飛び散らせひたすら進む。いつもと全く違った雰囲気の鹿子は、髪を一つに束ね白いスニーカーを履き、いかにもランナーといった出で立ちだが、爽快な青空の下でも相変わらずの腕組みに亀のストラップが揺れるスマートフォン、そのスタイルは崩さない。


戸部「ハ、ハ、ハ…ちょっと、休憩していいですか…?」

ようやく追いついた戸部は膝に手を付き今にも吐きそうな表情。

倉見「休むも何もここだよ、行くぞ」

戸部の背中をポンポンと叩くと、堤防のすぐ下の道へ降りた二人。古い電話ボックスを横目に懐かしみながら通り過ぎ、真ん前の建物に向かう。

戸部「ハ、ハ、ちょっと待って、ハ…」

戸部はヨロヨロしながら体を起こし、肩で息をしながら後を追った。


三階相当の高さのある古い倉庫は、幅の狭い川の向こう岸まで十分に見渡せる。昔自動車整備工場として使われていた一階には黒ずんだフックがぶら下がったまま。吹き抜けになった天井の約半分が内窓のついた部屋になっており、工場全体が見えるようになっているが、そこへ続く階段も錆びついていて心許ない。


入り口付近でリュックを降ろし、休憩をとる戸部に倉見が手招きをした。

倉見「疲れたろ?そのリュックオレが持ってやるからお前先に行っていいぞ?」

戸部は口を開けたまま座り込み倉見を見る。

倉見はにこやかに頷くと、ダランと力の抜けた戸部に近寄り強引にリュックを取り上げた。


倉見「結構重いな?お疲れお疲れ!早く上行って休めよ」

そういって倉見は手を差しだし、戸部を立ち上がらせた。

戸部「…あ、すみません…」

そんな倉見の態度にまんざらでもなくなった戸部は、少し照れ臭そうに鼻を掻くと軽やかな足取りで歩き出した…が、階段の前で突然立ち止まる。全く手入れのされていないであろう階段は、赤茶色く染まりきり、所々が剥がれ欠けて今にも崩れ落ちそうだ。


戸部「……錆びてる」


ポロリと呟いた戸部の声に、後ろから覗き込んでいた倉見が何度も小刻みに頭を揺らした。

倉見「そうなんだよ、大丈夫かな?」

戸部「そういう魂胆か……」

戸部は大きく頷きながら振り返ると、目を細めて倉見を睨む。

倉見「魂胆てお前、人聞きの悪い……」

あさっての方角を見ながら倉見が言う。

戸部「錆びた階段昇れっていう方が悪いじゃないですか!」

倉見「錆びてるんじゃない!朽ち果ててるんだ!」

戸部「余計悪いじゃないですか!」


~カンカンカンカンカン~


どうでもいい小競り合いに割って入るように外から聞こえる鉄板を踏むような音。二人はキョロキョロと周りを見回す。


~ガラガラ~


二人の頭上に内窓を開けた鹿子が現れた。

倉見「おぉ?お前どうやって上がった?」

鹿子は真下に居る二人を見下ろしながら外を指さす。

鹿子「裏に外階段がある」


倉見はリュックを背負ったまま外に出て裏へ回ると、トタン屋根のついた階段を見つけ駆け上った。昇り切った先にあるアルミのドアを開けると正面には鹿子が、そして右側には大きくとられた窓から先ほどの川を一望できる景色が広がっている。

倉見「おー絶景じゃん。戸部―!お前も早く来いよー!」

上から聞こえる倉見の声に、戸部も慌てて裏へと回った。


倉見「しかし案外近いな、遮るもんもないし川幅が狭いから向こう岸がよく見えるわ」

鹿子も川向こうに建つ町並みを眺めて頷く。川を隔てて全く雰囲気の違う町と町。空き家や潰れた町工場が多く残る閑散としたこちら側に対して、向こう側には新しいマンションや一軒家が所狭しと立ち並ぶ。大きな公園やショッピングモールの看板もよく見え、賑やかな声が今にも聞こえてきそうだ。


倉見「川一本挟んで随分変わるもんだな、違う時代に来てるみてぇだ」

そうつぶやく倉見の隣で、鹿子はじっとその風景に見入っていた。


そんな景色をいまだ見れないまま、ひとり階下に残る戸部。外階段の前にはまるで行く手を阻むかのように、リュックがポロンと置かれている。

戸部「…だと思った」

戸部はため息を吐きながらそれを背負うと、鉄パイプで出来た手すりに摑まりながら這い上がって行った。



三脚付きの望遠カメラに双眼鏡が三つ。折り畳みの小さな椅子に防寒着が三着。次々と出てくる張り込みグッズに戸部は笑顔を見せて興奮気味だ。

倉見「何だよ、いいことでもあったのか?」

楽しそうにカメラを覗く戸部を不思議に思う倉見だったが、その瞬間真顔になる戸部。

戸部「ありませんよいいことなんて」

じとっと冷ややかな視線を向けられ、倉見はやぶの蛇を突ついた事を強く後悔した。


窓際においた椅子に座り後ろに手を出す鹿子。

鹿子「双眼鏡」

戸部「はい」

鹿子「地図」

戸部「はい」

戸部がすばやく渡す光景はまるで手術中の医師と看護師の様に息がピタリと合っている。


戸部「ボク生活安全課だったから、張り込みとか初めてなんですよね」

戸部の隣で見ていた倉見は納得したように頷いた。

倉見「言っとくけど張り込みなんざ全然楽しくねぇぞ?寒いし眠いし腹減るし」

戸部「…それいつもじゃん」

戸部がボソっとつぶやいた。


対岸に見える三階建のビル、一階には歯科医院が入り、二階三階は看板もなくただブラインドが下ろされ人のいる気配は感じられない。倉見は双眼鏡を後ろにいる戸部に返し、掌をだして手首を上下に動かす。

戸部「なんですか?」

意味の通じない戸部に苛立つように、さらに激しく手を動かす。

倉見「望遠鏡!」

戸部「言わなきゃ解りませんよ」

三脚の付いた望遠鏡を受けとると直ぐに対岸に向けて覗きこむ。


倉見「住所はあの二階で間違いないよな?」

鹿子「管理会社に問い合わせたら〝健堅堂事務所〟で契約してるって、契約者は趙

要徳」

倉見「ふーん。会社なのに看板も出さないっておかしいよな?」

鹿子もうなずいた。そんな二人の会話を聞いていた戸部が真ん中に顔を出す。

戸部「おかしいから張り込んでるんでしょ?犯罪者に普通を求める事自体無理があると思いますけど」

その言葉に一瞬の間をおくと、二人は大きく頷きながらまた黙ってレンズを覗きこんだ。



暖かい日差しを浴びて、気持ち良さそうに川面をなぞる鴨が三匹、飛行機雲のような道筋を作りながらこちらの岸へと向かっている。


昼をとうに過ぎた午後二時、どこからともなくグルグルと腹の音が鳴り出しているが、対象のビルは歯科医院の往来以外確認できていない。


ふいに望遠鏡をスタンドマイクのように掴んだ倉見が大きく息を吸い

倉見「…鴨南蛮食いたい。」

とレンズに囁いた。

隣で双眼鏡を覗いていた戸部は敢えて反応しない。


鹿子「…昼過ぎてんな。動きもないし何か買ってくるか」

後ろにいた鹿子が防寒着を脱いで立ち上がり倉見は嬉嬉と振り返る。

倉見「あ、オレね、ええと…」

鹿子「買ってくる」

倉見の顔を見ようともせず、さっさとドアの方へ歩き出す鹿子を戸部は慌てて呼び止めた。

戸部「ボクいきますよ」

鹿子は抑えるように手を翳すと、ガチャガチャと回り過ぎるドアノブを回し階段を下りて行った。


倉見「お前が来る前はオレが行かされてたんだからいいんだよ、たまには行かせとけ」

申し訳なさそうにドア前に立つ戸部に、背後から倉見が声をかけた。

戸部「いつも先輩が?」

倉見は渋い表情で頷く。

倉見「しかもな、いっつもケチつけんだアイツ!」

戸部「…ちなみにどんな物をお買いに?」

なんとなく予想がつくが敢えて聞く戸部。


倉見「ラーメン様よ、当たり前だろ?」

戸部「ハハ…やっぱり…でもお湯はどうしたんですか?」

倉見「コンビニにあるだろお湯。せっかくこぼさないように苦労して持ってきてやったのによ〝焼うどんなんて食えるかバカ!〟って!少しは感謝しろってんだ全く!」

戸部「…〝焼うどん〟になりますよね、そりゃ」

戸部はその場にいなかった事を心の底から感謝した。


倉見「それにしても動かねえな…」

双眼鏡を覗き込んでビルを見る倉見、この一時間は昼休みなのか歯科医院に出入りする者すらいなくなった。歯科の自動ドアのすぐ横には、二階へ繋がる階段が見えているが建物の裏側までは見えない。


戸部「裏に秘密の非常口があるとか?もっと近い所で張り込んだ方がいい気がするんだけどな」

倉見は双眼鏡を放り出し焦ったように両手をバタバタと動かす。

倉見「お前そんな事言ったら権田課長にぶっ飛ばされるぞ!〝対岸で張るとは予想もつくまい、フフ〟って自信満々でこの場所借りたんだからよ」

慌てて口を押える戸部。


倉見「まぁ確かにあの辺りはEDAの情報網が張り巡らされてる所だから、万全を期すにはここがベストかもな、変装もしてるし」

改めて倉見のジャージ姿をまじまじと見る戸部。警察官とはほど遠い、張り切りすぎる体操のお兄さんにしか見えない。


戸部「EDAも見抜けませんよ先輩だけは」

倉見「お前も気をつけろよ、バレたら水の泡だからな。」

戸部はしっかりと頷いた。


~カンカンカンカン~


軽やかに昇ってくる足音が響き、鹿子が戻って来た。

鹿子「飯、買ってきた。」

待ってましたとばかりに倉見が袋を取る。

倉見「おーサンキュサンキュ!やっと昼飯かよ、あー腹減っ……って!なんだこれ!牛乳じゃねーかよ!」

戸部も袋を覗き込んでみる。中には〝つぶあんパン〟と〝濃い濃い牛乳〟が三セット。

戸部「渋すぎるチョイスだ…」


倉見「このクソ寒い中冷えっ冷えの牛乳なんか飲めるか!」

両手で袋を持ったまま吠える倉見に、鹿子は防寒着を投げつける。

鹿子「買ってきてもらってなんだその態度は!張り込みは体力勝負なんだよ!牛乳はカルシウム豊富で骨を強くするし冷たいものを飲めば逆に外が温かく感じるから一石二鳥なんだよこのバカ!」

戸部「理屈がめちゃくちゃだ~。」

またもや二人の間に挟まれてしまった戸部。


倉見「バカ?バカ?オレは誰かさんと違ってお腹がデリケートなんだよ!腹痛起こして捜査に支障が出たらどうすんだ!」

バカはバカにしたように鹿子に抗議する。

鹿子「は!じゃ辞めちまえ」

腕を組んで吐き捨てる鹿子。ヒートアップしていく二人を見ながら一人ヒヤヒヤしていく戸部、思わず恨めしそうに濃い濃い牛乳を見た。


倉見「何で腹痛ごときで辞めなきゃなんないんだよ!」

戸部「ちょっと先輩!声がデカイですよ!」

双眼鏡を見せるように、戸部が止めに入る。はたと、同時に向こう岸に目をやる二人はようやく収まった様子。

鹿子「じゃあ食うな!」

乱暴に袋を取り上げる鹿子。

倉見「食うわ!」

すかさず取り返す倉見。

鹿子「チっ!」

倉見に舌打ちをぶつけると、鹿子は不機嫌そうに戸部の双眼鏡を取り上げ覗きこんだ。やれやれと大きくため息をつく戸部。


戸部「本当に二人とも子どもなんだから。いつも苦労するのはボク…。」

すると鹿子はゆっくりと振り返り目を合わせると、上品に頷きながらニッコリと笑った。その不気味な笑みに戸部は背筋を凍らせながら、もう一つの双眼鏡を黙って取り出し仕事に戻る。

そんな二人の後ろにドカッと座りこんだ倉見は、パンと牛乳を噛みつくように食べ始めた。



午後四時、歯科医院の患者も増え始めた夕方、スーツに手を突っ込んで歩く男の姿が見えた。しばらくビルの前を行ったり来たりする男。


戸部「怪しいですね。」

双眼鏡で男を追う戸部、鹿子はすぐに望遠鏡に移り覗き込む。

鹿子「…サラリーマン風…でも鞄持ってないな」

そのうち男はキョロキョロしながら、吸い込まれるようにビルの階段を上がって行った。


戸部「入った!どうします?」

鹿子「こんな時間にサラリーマンが手ぶらはおかしいだろ、行ってみよう。」

戸部「はい!…先輩、拗ねてる場合じゃないですよ!」

戸部は後ろのリュックを探りながら倉見に声を掛けた…が何の反応もない。

戸部「先輩?」

振り返ると、額にびっしょりと汗をかき目と歯を食い縛る倉見が必死で腹を押さえている。


戸部「大丈夫ですか!?いや大丈夫じゃないですよね、青首大根みたいな顔色ですもん!」

唇は青と言うより紫色に変わっている。さすがの鹿子も驚いた様子で声をかけた。

鹿子「倉見…?お前いったい…」

戸部「一体も何も牛乳でしょ」

鹿子「マジかっ!?」

戸部「いやそれ以外ありませんよね逆に…それにしても飲んですぐ効くって頭痛薬のCMみたいですね」

心配を通り越して感心してしまう戸部。


鹿子「仕方ない、お前は残れ」

険しい表情でそう言い聞かせる鹿子が、膝をついてうつぶせになった倉見に防寒着を掛けた。


倉見「も、も、も…」

痛みの波に耐えながら、何かを言いかける倉見。

戸部「も?も?申し訳ない?」

戸部がその声を拾おうと近寄る。


倉見「悶絶…!」


その一言に、何かがスーっと引いて行くのを感じた鹿子と戸部。

鹿子「…元気そうだ、行くぞ戸部」

呆れ顔の鹿子がさっさと立ち上がった。

戸部「え?行っちゃいますか?やっぱり」

置き去りの決定に慌てる倉見が四つん這いのまま片手を漕いで、二人を呼び寄せている。

倉見「ちょっと待とうか!そもそも誰のせいだよ!病人置いてくのが警察官か!救護義務違反だろ…アテテ痛テテ痛っ!」


ありったけの命乞いを並べる倉見に、容赦なく痛みの波が襲う。

鹿子「大事な時に!このクソったれが!」

鹿子は目一杯の気持ちを込めた捨てゼリフを返し、ドアに向かっていく。


倉見「ちょっ、ちょっと待て!な!…オレら倉見班、同士じゃないか!な?」

悲痛な声が去りゆく二人の背中を掴み、鹿子は戸部の顔を見た。

鹿子「だったかな?戸部?」

従順に首を横に振る戸部。

戸部「倉見班採用情報には〝健康な人に限る〟と明記されていました」

鹿子「そうか。よし行こう!」

戸部「ちなみにボクは応募してないのに採用されました」

倉見「おかしいだろおい~!!!」


鹿子は振り返る事もなくそのままドアを開けると戸部と共に出て行った。伸ばした片手がゆっくりと床に降ろされ、倉見はがっくりと頭を落とした……が、またガチャガチャとドアノブが回りだす。顔を上げると神妙な表情を浮かべた鹿子が見つめている。

倉見「し、鹿…」

鹿子「さっき、クソったれって言っちゃったよな?スマンスマン…洒落にならんな」

ただそれだけ言うと勢いよくドアを閉め、階段を駆け下りて行った。


倉見「…鬼、お前は鬼だー!」

防寒着を投げ飛ばし倉見がそう叫んだ直後、今度は下から鹿子が叫ぶ。


鹿子「斜め前に公園あるからなー!」

二人の足音が遠ざかるのを聞きながら、倉見は放り出した防寒着をじとっと見つめると、また痛みに止まりながらそれを引き寄せ、自分の体に巻きつけた。



土手にかかる小さな橋の横には〝なか橋〟と刻まれている。その両脇を固めるように並ぶブルーシートの家々を見ながら渡り終えると、七分余りでビルの手前に到着した。人通りも多く、うまく紛れて偵察ができそうだ。


鹿子は片方のスニーカーのひもをほどきながら戸部を見上げる。

鹿子「わたしが階段の前で屈んだらお前はわたしを見る振りをして階段をチェックしろ」

戸部は少し緊張した面持ちで頷く。


鹿子「周囲の人間にも気づかれんなよ、目立ったら即中止だ。」

戸部「細心の注意を払います」

鹿子は立ち上がりポケットから出した帽子を目深に被ると、二〇〇mほど先のビルに向かって走り出した。少し遅れて戸部も走る。


広く整備された道路には他のランナーの姿もちらほらと見える。買い物帰りの主婦や塾へ向かう学生とすれ違いながら難なくビルの前に着いた鹿子、すぐに階段の前でしゃがみこむ。後ろを走る戸部が鹿子の背中を確認すると、喉仏をゴクリと上下させながらペースを落として近づいた。鹿子は予定通り時間をかけて靴ひもを結び、戸部の到着を待っていた。


とそこに、歯科医院の入り口で母親に引っ張られながら泣きだす子どもが。

子ども「いやー!!!!」

母親「はいはい、すぐ終わるから大丈夫。」

懸命になだめるも一向に収まらない子どもの泣き声は、ますますヒートアップして周囲を注目させた。鹿子は後ろの戸部に目で合図をすると、早々にその場を立ち去った。



しとしとと降りはじめた雨の中、道を挟んだビルの横にあるコンビニの軒下でタオルを被る二人。鹿子は間もなく合流する倉見を待ちながら目を光らせている。


まつ毛にかかる雫を指で弾いた戸部。ふとビルの横を見ると、足を引きずるよう歩く男が交差点に向かっているのが見えた。黄ばんだスーパーの袋を下げ、口はだらしなく開いたまま、時々白目を向いて何かをつぶやく気味の悪い男。


戸部「あの人大丈夫なんですかね。」

戸部がこっそりと指を差し、鹿子は視線だけを移して見る。すると男は袋から色褪せた花柄の折り畳み傘をだし、何故か広げる事なく空に翳し始めた。

戸部「差さないで何してるんだろ?」

首を傾げる戸部の横で慌てたように下を向く鹿子。


鹿子「ジャン哲(てつ)だ、何度かしょっ引いた事がある」

タオルで顔を隠した鹿子がボソっと言った。

戸部「雀荘?の哲?」

鹿子「あの土手をねぐらにしてるホームレスだ。昔はガッチガチのジャンキー(麻薬中毒者)でヤクはやめたが廃人みたいになってな。デカイ悪さはしないがゴミ箱荒らしたり万引きしたりで昔はしょっちゅうブタ箱に入ってた」

戸部は大きく頷いて、またジャン哲の方を見る。


鹿子「四年くらい前にパッタリ見かけなくなって、てっきり死んだかと思ってたが…。わたしも倉見も面が割れてる、お前もあんまりジロジロ見るなよ」

タオルを顔にかけながら戸部が頷いた。ジャン哲はゆっくりと歩きながら相変わらず傘を眺めている。


~ウィーン ウィーン~


鹿子のポケットが震えだし、すぐさま通話ボタンを押す。

鹿子「今どの辺…は?何やってんだお前」

道に迷った倉見が助けを求めている様子。

鹿子「〝ローマート〟って看板見えるだろ?っとに方向音痴だなこのクソったれ…あ、また言っちゃった」


そう言いながら口を押えた鹿子が、戸部に向かって橋の方を指をさした。同情したように頷く戸部に鹿子は軽く手を挙げると、またタオルで顔を包み話しながら歩き出した。雨はだんだん激しくなり、その後ろ姿も無数の線に隠れてすぐに見えなくなる。戸部は飲みかけの缶コーヒーに口をつけると、またビルの方を見つめた。



少しずつビルの角に近づいてきたジャン哲。前にある信号を目指しているようだが、掲げた傘にうっとりとしたまま足元を見ようとすらしない。そのすぐ前には街路樹の枝が歩道側に飛び出している。


戸部「避けろよ、ぶつかるぞ…。」

息をひそめて見守る戸部だったが、その小さな祈りもジャン哲には届かない。

戸部「ヤバイヤバイって…!」

そんなジャン哲の横を、何人もの人が足早に通り過ぎていく。傘を差していても見えるはずのその光景を、誰一人として見ようとはしない。後ろを歩く二人の女子高生はスマートフォンを取り出しニヤつきながらその背中を撮影している。信号を渡って来た子連れの母親は、ジャン哲の目前に迫る枝を見て、子供の肩を引っ張るように大きく端へ避けて行った。


そのうち、同じ信号を渡ってきた少年三人組が、話に夢中になりながらゲラゲラと笑い、ジャン哲のそばを通り過ぎようとしていた。

戸部「あ、だめだ…!」

戸部が首をすぼめた瞬間、木の枝は上げたままのジャン哲の顔を直撃し、バランスを失ったジャン哲はよろめいて少年の腕にぶつかりながら尻もちをついた。


少年A「痛って!ふざけんなよ汚ねーな!!」

激高した少年は、かすった程度に触れた袖を嫌味なほど払い睨みつける。その後ろに落ちた赤と花柄の二本の傘が歩道に転がった。


少年の後ろでガムをくちゃくちゃと噛みながら見下ろす仲間たち。その前で地べたを這いずり、ジャン哲は雨に刺されながら傘を探した。


少年A「詫びも入れらんねーのかよジジイ!」

苛立った様子で背中から怒鳴りつける少年。その声がまるで耳に入らぬかのように、ジャン哲は雨にかくれた傘を夢中で探す。その様子をハラハラしながら見守るしかない戸部が、ぎゅっと拳を握りしめた。


少年B「何コイツ、しゃべれねーとかありえないんですけど」

少年C「イカれてんじゃね?くっせーし!」

そう言いながら一人の少年が這いまわる足を軽く蹴った。一瞬よろめきながらそれでも傘を探し続けるジャン哲と、それでも食い縛って堪える戸部。


少年A「マジむかつく!」

ビルの横壁に向かって這うジャン哲の前に、少年たちが立ちはだかった。真正面に見えるその光景に思わず顔を上げる戸部、覆っていたタオルがバシャっと音を立てて下に落ちる。いつの間にか軒下から外れていた体はスニーカーが重たくなるほどびっしょりだったが、風に押されて斜線を描く雨を縫うように、戸部は踵を浮かせて必死に動向を窺った。


そのとき、爆発したマンホールの蓋のようにジャン哲の背中が一瞬浮き上がるのが見えた。

少年B「消えろよゴミ!」

そんな罵声が飛ぶ中で、また一回二回とジャン哲の背中が浮いては転がり、また這っていく。その場所から徐々に飛ばされてきたあの黄ばんだ袋が、逃げるように戸部の足に張り付いた。その袋をゆっくりと手に取ると、なぜか気持ちが悪くなる戸部。口を覆いながら思わず下を向いたが、今度はドクドクとやかましく打ち始める鼓動が胸を握り潰すように苦しい。戸部は大きく息を吸い込み、泥だらけになった袋をポケットにしまうと、真正面をしっかりと見つめた。


右足だけが完全に伸びた状態で、それでも路面を掴み這っていくジャン哲。脇腹に挟み込む尖ったブーツが、その進路を何度も阻む。


少年A「邪魔だぞカスが!」

降り続く雨に煽られる興奮、見ていながら邪魔をしないギャラリー、そして優越感を満たすボロボロになった大人。少年たちはその全てに酔いしれ、代わる代わるジャン哲を転がし続けた。


そのうち、傘まであと一歩という所で、スっと上がっていく花柄模様。ジャン哲は体を反りながらそれを追いかける。

少年A「これ欲しいの?」

赤ん坊に話すように少年がにやりと笑う。ジャン哲は、傘の柄のストラップを摘まむようにぶら下げる少年の指を見た途端、初めて目を光らせた。


ジャン哲「うぅ…!!うぅ!!」

声を漏らしながら、泥だらけになった片手を必死に伸ばすが届かない。

ジャン哲「うぅ!!うーう!!」

立ち上がろうと膝を立てるが、すぐによろけてバタンと倒れ込む。

少年A「こいつ怒ってるっぽい!マジ笑うんだけど!」

ゲラゲラと笑う少年たちの前で、不安定に揺れる傘。

少年B「ちょっと迷惑!道路に寝るなよ!」

高らかな笑い声は割れるような雨音に隠され、ジャン哲の側に留まる。


少年A「ほらほら、汚…」

突然、指からすり抜けるように傘は取り上げられ、笑い声も止まった。

戸部「いい加減にしろ!」


その背後には顎から水を滴らせた戸部が、目にかかる前髪もそのままに立っていた。顔を見合わす少年たちに割って入ると、路面で顔だけ上げたジャン哲に、両手を添えて傘を差しだした。

戸部「大丈夫ですか?」

その声に反応する間もなく、傘を取ってギュッと抱きしめるジャン哲。そんな戸部の後ろでは、ハイな気分をへし折られた少年たちの闇が渦巻いていた。


少年C「なにこいつ、超うざいな」

そういうと、もう一人の少年が戸部の背中を蹴り飛ばし、戸部は咄嗟に手をついて踏ん張った。


少年A「こっち被害者なんだよね、このゴミのせいでよ!」

ふてぶてしく腕をさする少年。振り返った戸部が立ち上がり、片手で顔を洗った。

戸部「違うでしょ?ボクずっと見てたから」

敢然と言い切る戸部、濡れた髪がまた目にかかりギラリと光っているように見える。


少年A「う・る・せ・え・ってよ!!」

そう言いながら今度は仲間に見せつけるように一人の少年が腹に蹴りを入れた。

戸部「っ痛て!…」

そのまましゃがみこみ、顔を歪めながら腹を押さえる戸部。他の少年たちも周りを見渡しまるで誰かの許可を得たかのように、堂々と囲みこんで蹴り始めた。目の前で始まった暴行を、ただただ傘を抱えて見ているジャン哲。


少年C「財布発見!」

ズボンのポケットからこぼれた二つ折りの財布に群がる三人がすぐに中を開ける。

少年B「…なにこれ…警察じゃん!!」

警察手帳に驚いた三人だったが、ピークに達した興奮は冷める事を知らず、一人の少年が手帳を後ろに放り投げると再び戸部に向かっていった。


少年A「関係ねーよ!未成年未成年!」

胸を大きくたたいて見せた少年は、片膝をついて息を切らせる戸部の襟を容赦なく掴んだ…その瞬間、少年の髪が上から引っ張られる。


倉見「調子に乗るな。」


囁くように頭上でつぶやく倉見の声は、何故か雨音に消される事なくしっかりと届いていた。びっしょりと濡れた倉見の頭から、ピタンピタンと落ちてくる雫が少年の鼻に垂れ、足元からゾクゾクと冷えていくのを感じている様子。倉見がパッと髪を離すと、少年は腰が抜けたようにその場に座り込んだ。


震えだす三人を前に一睨みすると、倉見は黙って戸部の肩を担ぎあげた。腰の抜けた少年を残し、クモの子を散らすように逃げ出した二人の少年は、ほどなくして後ろに控える鹿子に捕獲され、いとも簡単にビルの横壁に叩きつけられた。


戸部「す、すみません…!」

腹を押さえながらうつむく戸部に、倉見はニヤっと笑う。

倉見「お前も渋谷アレルギーか?」

いつもの倉見がすぐそこにいる事に、息がとまりそうなほど胸を熱くする戸部。


倉見「まぁ、あそこにいる人は重症のようだけど」

ヘタっと倉見の足元で座り込んだ少年の後ろで、壁に立たされ怯える二人の仲間。その前に黙って立つ鹿子の背中は、冷えたアスファルトを一瞬で焼き尽くす様な熱を帯び、白く煙る雨さえ割れていきそうだ。


倉見「可哀想に、あのガキども当分一人でトイレいけねーよ」

鹿子に睨まれた少年たちを笑いながら見る倉見。戸部は険しい顔で頷き唇を噛んだ。

戸部「…張り込み捜査なのにボク…」

倉見は相変わらず鹿子を見ながら笑っている。

倉見「あいつカツアゲしてるみたいだよな、睨まれたお子ちゃまに心底同情するわ」

戸部が瞬きをしながらうつ向く。

倉見「…まあ、ビルの正面で騒ぎになった訳じゃねぇし大丈夫じゃん?また明日出直すべ。ただし、鹿子の雷は覚悟しとけよ」

そういって軽く戸部の背中を叩くと、倉見はそのまま放心状態になった少年を掴み上げ、引きずるように鹿子の方へと向かっていった。


戸部の後ろで横たわっていたはずのジャン哲はいつのまにかその姿を消し、代わりに残された花柄の傘が落ちてくる雨を弾き飛ばしていた。戸部はその傘を不思議そうに見つめながら手に取ると、腰を曲げたまま倉見の背中を追いかけた。


すっかり怯えきった少年たちは壁際に並んで座りこんでいる。その前で黙ったまま見えない炎を吹き付ける鹿子に倉見が囁く。

倉見「もういいだろ?対象(趙)にもバレてなさそうだし制服(交番)に引き渡して戻ろうぜ」


そういってジャージのポケットに手を突っ込んだまま顔を後ろに向けると、鹿子は視線だけを倉見の方に動かす。

戸部「あの…」

神妙な面持ちで、少し下がった場所から声を絞り出す戸部。

戸部「すみませんでした…」

その声にゆっくりと振り返った鹿子は、氷の様に冷たい表情で固まっている。

倉見「まあまあ、コイツも反省してるだろうし…」

そう言いかけた瞬間、倉見の腕にぶつかりながら突然鹿子が走り出した。

倉見「おいおい!落ち着けって…!」


鹿子は戸部の横を通り過ぎ、信号の手前を歩く二人組の女子高生の腕を掴んだ。驚いたように振り返る女子高生はそれを振り切るように歩こうとしている。突拍子もない行動に驚きながらもすぐに倉見と戸部も近付いた。


倉見「何やってんだよ?」

鹿子はバタバタと暴れる少女の腕を離そうとしない。

少女「何なに!?」

鹿子「スマホ、出しなさい」

獲物をしっかりと捕らえたその目に戦意を持ち続けられる訳もなく、少女は観念したようにぐしゃりと掴んだ左のポケットからピンクのスマートフォンを差し出した。


倉見「一体何だって言うんだ?」

鹿子はすぐに画面をなぞり、目を大きく見開いてじっと見つめる。倉見と戸部も後ろから覗き込んだ。

 

再生されたのは動画ファイル。画面には数分前までのこの場所がくっきりと映し出されており、時々入る少女たちの声は驚嘆と興奮に満ち溢れている。


倉見「…ほぼ最初からじゃねぇかよ」

激しい言葉がジャン哲に浴びせられ、無抵抗なままサッカーボールのように扱われる姿は幾度となくズームされ、それは途中から入る戸部にも同様に、歪む表情が事細かに抜き撮られていた。


鹿子「これは消去してください」

言葉を失う倉見と戸部の前で、恐ろしいほど冷静に話す鹿子。少女たちは黙って顔を見合せるとバラバラに頷いた。戸部はそのまま動画を見続け倉見が到着した所でジャン哲がヨロヨロと立ち上がる姿を見つけた。


戸部「ジャン哲が…」

そういって倉見にも画面を見せる戸部。どうにか立ち上がったジャン哲は、いったん歩きだしたもののふと振り返り、手に持った傘を名残惜しそうにそっと置いている。戸部は手にした傘を改めて見つめる。

戸部「わざと置いてった…?」

ケガを負ってまでも守った傘をなぜ置いて行ったのか、戸部は理解できないまま足をひきずり画面から消えていくジャン哲を見つめた。

 

鹿子の視線を前に、少しふてくされた様子の少女たち。動画を削除したのを確認すると、鹿子は黙って二人を帰らせた。その直後に警官も到着、倉見が事情を説明したあと憔悴しきった少年たちを引き取って行った。


いつのまにか止んだ雨。厚い雲の切れ目から、ひとかけらの赤い夕焼けが見える空の下で、残された三人の中にふと戻る気まずい空気。それを察したのか、倉見が突然戸部の頭をポカッと叩く。

倉見「腹減った!今日はお前の奢りだな」

そんな倉見の気遣いも、落ちた戸部の頭を浮かべる事は出来ない。うつむいたまま、ただ黙っているしかできない戸部。


鹿子「…フォローはする、ただ二度と同じ事を繰り返すな。」

鹿子はそう声をかけると、びしょびしょになった戸部の頭に警察手帳をバシンと乗せた。

戸部「あ…そっかさっき…」

少年に放り投げられた自分の手帳をじっと見つめた戸部は、捜査を台無しにした自分を改めて恨み、それと同時に手帳は何の効力も持たない事を思い知らされていた。戸部はぐっと力を入れた手に握られた傘を見る。


倉見「ほれ、行こうぜ。」

振り返った倉見と鹿子が、そんな戸部を見つめている。戸部はようやく顔を上げ持っていた傘を倉見に差しだした。

倉見「ん?ジャン哲の傘か?」

戸部は頷き、鹿子と倉見の顔をじっと見つめる。


戸部「今日はこれで失礼します、本当に申し訳ありませんでした。」

呼び止める間もなく、しっかりとした足取りで戸部は走っていった。

倉見「お…」

言いかけた倉見の頭を咄嗟に叩く鹿子。

倉見「痛って!何すんだよ!」

鹿子「今日はわたしが奢る、行くぞ」

そういって何事もなかったように歩きだす鹿子に、文句も消えて笑顔になる倉見。


倉見「角煮三つとポテトサラダとサバ味噌と茶碗蒸し?」

一人喋り続ける倉見と黙って歩く鹿子は、遠くなる背中を見送ると、川面に映る夕陽を見ながらゆっくりと帰って行った。



小さな木枯らしが、掛けられた暖簾をくるくると巻いては飯処うえ田の名前を隠す。その横で無邪気に回る赤提灯は、しわのよったパトランプのようだ。


上田「それで、戸部君大丈夫だったの?」

熱燗が三本並べられた鍋の湯気が漂う店内、パチパチと網の上で炙られるぶりが何度もタレで撫でられ炭火の煙を一身に纏わり付ける。

いつものカウンター席にはぽっかりと空いた真ん中を挟んで、倉見と鹿子が猪口に口を付けていた。


倉見「怪我は大したことなかったんだけど…まあ気持ちがね」

上田は袖を押さえながら、出来立ての燗を倉見の前に置いた。

上田「戸部君真面目そうだから、責任感じちゃったんだろうねぇ」

倉見「オレの弟子だからね、悪い所が似るもんだよまったく」

倉見がしみじみそう言うと、上田はすぐに背を向けてじりじりと皮を焦がすブリを皿に盛りつけ始めた。

倉見「あれあれあれ?そこ無視?」

カウンターを覗き込みながら倉見が呟く。


橙色に艶を出すブリの横に、素揚げした大き目の獅子唐が寝かせられゆっくりと降りてくる。

倉見「いらっしゃーい、ブリ照りちゃん」

すっかりご機嫌の倉見は箸を両手で握り皿を迎える。そんな姿を熱燗を呑みながら見つめていた鹿子がぽつりと呟いた。

鹿子「どうしてジャン哲は逃げたんだ?…わたしと倉見の事は覚えてる筈なんだけどな」

口にくわえた獅子唐のヘタを出しながら倉見は頷く。

倉見「オレらが非番の時にしょっ引かれると〝取調は倉見さんか神川さんで頼みます~〟なんて言ってたのにな。ヤクで記憶もなくなっちまったのか?」

二人は首を傾げた。


上田「それにしても、その少年少女たち随分残酷な事するね」

熱燗を出した鍋を火から下ろしながら、ムっと上がる蒸気を浴びて顔を渋くした上田。

鹿子「その残酷なガキどもを、ただ黙って見ていた大人たちがそもそもの元凶」

上田は深く頷き、倉見はひたすらブリを食らう。


上田「作物がちゃんと育たないのは土が出来ていないから」

倉見「うまい!…あ、ごめんブリの方です」

呆れた視線が横から飛んでくる。


上田「土ってすごく大事なんだよね、昨日今日で出来るもんじゃないし。熱い太陽や冷たい雪にさらされて、なおかつ人の手でこねまわされて肥料をとりこみながら長い年月をかけてできるのよ…だから良い土で育った作物は美味しいんだよね」

倉見「さすが兼業農家!」

箸をさらっとふり、倉見は舌鼓を打った。




戸部「動くなら今夜しかない」


その頃、戸部は一人でそのビルを張っていた。

昼間の騒ぎに気付いた男がもしかしたら動きを見せるのではと考えたからだ。


斜め前に立つパチンコ店の屋上で張り込んでから四時間、タクシーが横付けされ一人の男が降りてきた。六〇はとうに過ぎた様に見えるその男は、小柄な体に仕立ての良いグレーのコートをひらりとなびかせ、軽々と階段をかけ上がる。男は三階まで上がり、慣れた様子で鍵を開け中へ入った。すぐに追いかけた戸部は後ろで静かに首を傾げる。


趙の事務所は二階、三階は空きのテナントのはず。そのまま上に上がり半開きになったドアに手をかけると、唾を飲み込みながらそのドアを開けた。


戸部「新宿中央署の戸部です、ちょっとよろしいですか?」

振り返った男は戸部が見せた手帳に驚いた様子もなく、不思議そうな表情で自分はビルのオーナーだと答える。男の背中越しに中を見回すと、デスクやパソコン、電話などすぐに仕事が出きる環境が整えられていた。


戸部「ここって…どう見ても空き部屋ではないですよね?」

オーナー「いえ、前の方が荷物は全て処分してくれと言うものですからそのままになっていたんです」

戸部「その連絡はいつごろ?最近ですか?」

オーナー「半年前です。一応契約は先月までだったので、今日まで入りませんでしたけどね」

戸部「半年前…少し見させてもらっても?」

オーナー「構いませんよ、どうぞ」


部屋の奥には独立した机が一組、中央には向かい合う机が四組、それぞれにパソコンも電話もある。

奥の机の上にだけ開いたままのノートパソコンが無造作に置かれているが、画面は真っ暗だ。戸部はじっとそれを見ている。


戸部「あのノートパソコンも処分してくれって言ったんですか?」

オーナー「ええ。もう古いから買い替えるとか言ってましたよ」

戸部「そうですか…。」


なんだか腑に落ちない表情の戸部が、さらにあたりを見回す。ワックスのかかった床、四組の机、それぞれにある電話、壁に掛けられた今年のカレンダー、そして天井には四連の蛍光灯が前後に六箇所…と、そのうちの一本がチカチカと不安定な点滅を始めた。


戸部「奥の電気が切れそうですね」

オーナー「本当だ。うーん、右から二本目のやつかな?」

オーナーは目を細める。

戸部「いやあれあれ、三本目ですよ」

それを指さした瞬間、戸部はあるものに目を奪われる。


それは天井からぶら下がるように飾られた真新しい神棚だった。戸部は近くの机からガラガラと椅子を引出し、摑まりながらそうっと乗って見る。

オーナー「三本目?」

戸部「…そう…三本…目…」


壁の高い位置にひっそりと祀られた神棚には左右に竹を模した花瓶が供えられ、ちょうどその真ん中に、漆喰の額が一片の埃も被らず鎮座していた…その額を食い入るように見た戸部は、ゆっくりと椅子を降りはじめる。


オーナー「本当に三本目だったかい?」

戸部「…ええ、そうです…」

オーナー「そうか、じゃ今のうちに換えておこうかね。予備が確かここに…」


オーナーは出口近くにある少し大き目のロッカーを開け、ゴソゴソとあさり始めた。

戸部はゆっくりと、その背中に近づく。


戸部「あの、ここに空き巣が入ったとか、そういった被害はありましたか?」

オーナー「空き巣?ないない。セキュリティは万全だしね、お巡りさんにご心配頂くような事は何もないですよ…あれ、ここにあったと思ったんだがな」

オーナーはロッカーの中の段ボールを開け始めた。


戸部「この部屋、もう半年もこのままなんですよね?」

オーナー「ええ。明日あたり業者を呼んで処分しようと思って」

戸部「業者が入るんですか?」

オーナー「ええ、リサイクルショップに買い取ってもらうんですよ。机とか椅子とか…パソコンもね」


戸部はじわじわと沸く汗を握り潰し、生唾を飲んだ。

戸部「…そのノートパソコン、まだきれいだし、本当に売っちゃっても大丈夫なんです?」

オーナー「借主が処分しろっていってるし、半年も置きっぱなしなんだから問題ないでしょ」


戸部は静かに息を吸うと、相変わらずガシャガシャと箱をあさるオーナーの後ろに立った。

オーナー「使っちゃったのかなあ?何本かまとめて常備してたはずなんだけど…」

戸部「…あのパソコン、ボクも持ってるんですよ」

オーナー「そうですか。私らにはさっぱりですがねえ」


振り向きもせず、オーナーは蛍光灯探しに夢中だ。戸部が大きく息を吸い込む。

戸部「…あれは先月出たばかりの限定モデルです、半年前にあるわけない」

オーナー「…そう言われてもね、私は存じませんよ」

オーナーはそのまま箱をあさり続ける。


戸部「…何かご存じなんじゃありませんか?」

戸部の言葉に見向きもせず、今度は隣の箱を開け始めた。戸部はもう一度息を吸うと、オーナーの背中をじっと睨んだまま続ける。


戸部「…神棚にある額…あれは枝カードだ。半年も出入りがなかったはずなのに、埃ひとつ被ってない」

オーナーの動きがピタリと止まった。

オーナー「あはは!あったあった、こんなところに隠れてたか」


蛍光管の束が入った袋をヨロヨロと肩に背負い、満足そうに振り返るオーナー。拍子抜けした戸部が、シーソーのようにぐらぐらした袋の先端を支える。

オーナー「ほっ。…ありがとう」


~カチャ…ズドンッ!!……………ドサッ!~


吸いかけの煙草のように、袋の先からは細い煙が立ちのぼり、焦げた臭いが部屋中に漂い始める。衝撃で散らばった書類はひらひらと舞い、床に被さった背中の横にペタリペタリと張り付いていった。



上田「はい倉ちゃん」

差し出された中鉢を両手を広げて迎える倉見。目が曲線になるほどの笑顔を浮かべている。

鹿子「…また角煮?よく飽きないな」

片手で頬杖をついた鹿子が呆れたように見つめる。倉見は鼻歌を口ずさみながら待ってましたといわんばかりに箸を割った。


倉見「見ろ、このお肉様の輝きをっ!三食食っても飽きまへんなあ!生きててよかった、うぅっ…いただきま」


~モウカリマッカ?モウカリマッカ?~


鹿子の鞄から鳴り出す音。

倉見「ったく!感動の瞬間が台無しじゃねえかよー!」

鹿子は電話を取り出しすぐに画面を開いた。

倉見「ピコピコピコピコ、お前こそよく飽きないね!」

興ざめしたように割り箸を持ったまま、頬杖をついて倉見が言った。

上田「あはは、トータル的には損してないんだからFXも悪くないんじゃない?」

鹿子は眉間にシワをよせ、じっと画面を見ながら指を動かしている。

倉見「冗談じゃないっすよ~ちょっとでも下がるとスゲー機嫌悪くなるんすよ?コイツ」

上田「まぁまぁそれも鹿ちゃんの愛嬌だよ」

倉見「愛嬌?ずいぶんひねくれた愛嬌っすね!オレならやだねーあーやだねーそんな女!」


鹿子をチラッと横目で見ると、いつもより真剣そうな顔だ。

倉見「…もしかして初めての大損こいちまったのか??」

上田「鹿子ちゃん?」

鹿子は画面に指をおいたまま、ゆっくり顔を上げる。


倉見「…おい、どしたよ?」

心配そうに覗き込む倉見の目をじっと見つめると、瞳を血走らせ息を呑んだ。

倉見「…なんだよ」

鹿子「……十七万勝った」

倉見「…」

上田「…」


倉見「溜めすぎなんだよ!何事かと思ったわ…っつーかこの間も二十万勝ったんだろ?…明日もお前の奢りな」

止まっていた倉見の箸が、甘辛いタレの中でウズウズしていた角煮をようやく挟んだ。


上田「ドキドキしちゃったよぉ~でも一七万?すごいよね!」

倉見「どんどん稼いでオレ様に貢ぐのだ!ではいただきます……んっは~!ホフッホフッ!ほどけるほどける!消える消える角煮がぁ~うまぁい!上田さん天才!」

上田「そう?これはねえ、隠し味にあるものが入ってるのね!倉ちゃんはいつも美味しそうに食べてくれるから僕も嬉しい!」

倉見「どうせ隠し味は企業秘密って言うんでしょ?はふ!」

上田「あれれ!バレてた?研究者は簡単に種を明かせないのですよ。」

倉見「オレは食う研究者だから問題ない!ふぉ~うまい!泣くほどうまい!」

盛り上がる二人をよそに、鹿子は相変わらず画面に食いついたままだ。

上田「鹿ちゃんも温かいうちに食べて」

倉見「いらねーならオレが…」


~ガシャン!~


横から手をだした倉見を睨み付け、鹿子が皿を取り上げる。

鹿子「食うわ!」

倉見「あ、そうでっか」

上田「トレーダーさんは忙しいみたいだね」

倉見「放置でよし!会計はよろしく!」

鹿子は黙って電話をしまうと、箸をパキンと割った。

倉見「お?なんだお前、ギザギザじゃねーかよ」


鹿子の割りばしは途中から裂けてがたがたになっていた。その不格好な形にゲラゲラと笑う倉見。

上田「はは、珍しい割れ方だよね。芸術品だよ」

上田のフォローにさらに笑いが止まらない倉見。鹿子は裂けた箸をじっと見つめている。

上田「鹿子ちゃん、ほら」

倉見「いらんいらん!新しいのなんて必要ないから、な鹿子?」

鹿子は黙って頷き、しばらくその箸を眺めると、

鹿子「さ、食べよ。」

と小鉢に手をつけた。


~ピンポンパンポン ピンポンパンポン~


今度は倉見の胸ポケットから音が鳴った。ガクッと顎を落とし電話を手にとる。

倉見「もう仕事は終わりましたけど~…もしもし!はいお疲れ様です!」

鹿子の箸が止まった。

倉見「…え?なんすか、もう一回……」

急に目付きが厳しくなる倉見に、ただ事ではないと感じ始める。


鹿子はすばやく鞄から五千円札をだしてカウンターに乗せ、小さな声でごちそうさまとつぶやくと、椅子に掛けた倉見のコートと鞄を持ち、受話器を手にしたまま呆然と固まる倉見の背中を覚ますように強く叩いた。


倉見「あ、はい、聞いてます。すぐに向かいます!」

電話を切り、我に返った倉見は慌てた様子で鞄を探す素振り、鹿子が黙って差し出すと、その手をじっと見つめている。

上田「倉ちゃん…大丈夫?」

倉見「…戸部…戸部が…撃たれたって…」

ピリピリとした冷たい空気が、時間すら止めてしまいそうな勢いで覆いつくす。


鹿子「……行こう」

さっと歩きだす鹿子の腕を倉見は咄嗟に掴んだ。

倉見「…あいつ、一人であのビルに張り込んでたらしい…」

一瞬止まった鹿子が、ゆっくりと振り向き、倉見の腕に手を添える。

鹿子「…大丈夫だから、とにかく行こう」

倉見は頷き、二人はうえ田を後にした。

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