「何だよ、ビックリしたじゃねぇか。幼馴染なら早くそう言ってくれよ」日向太陽は、ケラケラと太腿を叩きながら笑った。

「言う隙間が無かっただけじゃん」相木は、顔が赤く染まるが、太陽が頭を撫で、更に赤く染まる。

「ちょ、いいって」

 そんな、仲睦まじいシチュエーションに、桃子は、微笑んでいた。

「コイツ、何でも自分で解決しようとするから、たまにはこうやって撫でてんだよ」

「ふふっ、なんだか本当の兄弟みたい」いいお兄さんですね、と桃子が言うと、そうだろ、と太陽は、自慢気に白い歯を見せた。

 太陽の手を退かして、相木は、「べ、別に頼んでないって!」 と、少し拗ねるが、そんな照れた顔も実の弟の如く、愛おしく感じる。

「ははっ、素直じゃねぇな」もう一度、太陽は、相木の髪をくしゃくしゃにするのであった。

「あ、そういえば」と、相木は、呟いた。「あの双子、大丈夫なの?」

「あ、あぁ、それが……」

 徐々に表情が曇っていく。太陽は、手を頭から離した。時刻は十二時を回り、夕日が見えようとしている頃。病室の窓からは、藍色混じりのオレンジ色の空と眩しい円の光が地平線に沈み、日は影を落とす。

「目が覚めないんだ」と、太陽は、影と化する。もう一日経とうとするのに、と呟いた。明らかに違う雰囲気が、二人に固唾を飲ませる。相木は、「怪我、そんなに酷いの?」と、恐る恐る聞いてみる。

「いや、軽傷だ。医者に診てもらったが、お手上げだとよ」

 太陽は、長い息を吐きながら、肘を太腿で支え、指を交えた手を目に押し付けた。どうすればいいのか、と、言わんばかりの戸惑いだった。

 すると、桃子が口を開ける。

「あの、ニャルラトホテプに会ったって、言ってましたよね?」弱々しく、かつ、気に掛けた声に、太陽は、顔を上げた。

「その時の状況を、もう一度教えてくれませんか?」

 相木と太陽が目を合わせ、「どうかした?」と、相木が疑問を呈する。桃子は、顎を指で挟み、

「何か、引っかかるんですよね」

 と、唸った。太陽が目を上に逸らし、昨日の出来事を思い出して、

「相木が、あの言隠詩を殴った後、アイツは、意味不明な事を言ってたな」

 と、言うと、続いて相木が、

「あぁ、そうだった。俺を止めようとして、双子が手を繋いでた。で、その後、突然光が二人を覆って」

 と、目を逸らし、

「俺が助けようとした時に、竜巻が二人を巻き込んで、静まる頃には、二人は、倒れてたって訳だ」

 最後に太陽が後の説明を加えた。

 桃子は、幼き記憶を遡る。蘇る、絶望の記憶。

「もしかして」

 桃子の表情が強張る。それを瞬時に察知した相木は、「田中、何か分かったか?」と聞いた。

「う、うん。私と、同じ……」

 同じ、という言葉に、引っかかる。

「おい、まさか」

「でも、待って。現時点では、何とも言えない。確実にとは、言い切れない」桃子は、遮り、焦る。

「でも、どう見たって、そうでしかないだろう」

「なら、トリガーは、私のはずなのに、どうして」

「分からない。でも、何か狙いがあるのは、間違いないはずだ」

「狙いって?」

「分からない。けど、少なくとも、次の花の日までの伏線だと俺は、みてる」

 嫌な予感しかしない、と太陽は、そう思った。しかし、テンポ良く続く会話に追いつけるはずがなかった。

「おい、待ってくれ。話に着いていけないんだが」

 相木と桃子が目を合わせ、

「太陽兄ィに、言った方がいい?」

「そうね、この子達の為だと考えたら……」

 最終的に、十年前の花の日、桃子の記憶が残っている一部始終を、太陽に話した。


「おい、それは、本当なのかよ」十年前のあの日の記憶の話に太陽は色を失い、口元を手で覆う。

「気持ちは、分かります。しかし、話を聞けば分かると思いますが、私があの日の事を話せば話す程、仮説が事実に近づいているんです」

 極めて、酷似していると思いませんか? と、桃子は、加えて言った。

「認めざる終えない、ということか」はい、と桃子は、言った。眉を下にして太陽は、目を上に逸らし、「なぁ、もし、その暴走とやらの状況に陥ったら、どうなるんだ?」と疑問を呈した。

「それは」と、発すると、桃子は項垂れ、拳を握り締めた。目を逸らし、「私には、何とも」と、呟いた。

「お、おい、濁すなよ」太陽が食い気味に問いただすが、桃子は、逸らしたまま。「な、なぁ? お嬢ちゃん」

「実は、私、殆ど覚えてないんです。あの日、何が起こったのか」と、掠れ声で答える。力になりたいのは山々なのですが、と申し訳無さそうに言った。

「そうか、すまんな」頭を下げると、桃子は、会釈をし、手の甲を指の腹でなぞる。

 これ以上、お嬢さんから聞き出せないと、刑事の勘が働く。他に聞き出せる手段があるはずだと、頭上で思考を巡らせる。結果、

「相木は、知ってるのか?」

 と、聞いてみた。病み上がりの病人に聞き出すのは、少々酷かもしれないと思うが、双子の為だと考えると、聞かないという選択肢は、なかった。

 相木は、桃子に目を向ける。目には、今まで浮かばなかったハイライトの白い光。何故か、悲しい、切ないような顔をする。只事ではない、と太陽は悟る。桃子が、

「教えて、日比野。私、知らないの、あの日のこと。知らないままは、嫌だ」

 と、静かなお願いだった。その裏には、計り知れない十年の重みがあるのは、間違いない。

「おい、記憶、残ってなかったのかよ」静かな声色の中に、憤りが含まれていた。それを、淡々と桃子が答えていく。

「君を傷付ける直前からしかないわ」

「じゃあ、何で今まで言わなかったんだよ」

「自分が傷付けた感触を思い出したくなかったから」

「それ逃げてるだけじゃん」

「そうかもしれない」

「逃げんなよ」

「だから、今逃げないで聞いてるのよ」

 ふん、相木は、顔を背けた。このタイミングで聞きたく無かった、と小さく吐いたが、桃子はそれを聞き逃さなかった。眉間に皺を寄せて、

「なら、早く教えて欲しかったわ」

 と、ぶっきらぼうに言い放つ。すると、相木が、

「じゃあ、俺が今まで何の為に隠してきたんだよ!」

 憤りの感情を吐露した。

「知らないわよ! 全て勝手にやってた事じゃない! 私に何も言わないで、勝手にコソコソやってさ!」

 絶えずコンスタントに怒号が飛び交う男女の声。

「おい」

 その仲裁に、太陽が勝って入る。「いい加減にしろよ、お前ェら」慄然のあまり、ピシャリと喧嘩は終わった。

「すまねぇが、痴話喧嘩は他所でやってくれ。今は、時間がねぇんだろ」

 分かった、や、すみません、と肩を萎み、二人は縮こまった。

「相木、俺からのお願いだ。あの日、この嬢ちゃんに何があったのか、教えてくれねぇか?」

 太陽の鋭い眼差し。その目の奥には、双子がベッドの上です眠る姿を連想させた。相木は、息を吸い、長く吐く。あの日の記憶を遡り、あの感触や恐怖を脳裏に蘇らせる。思い出すだけで、腕が震える。包帯で巻かれた左腕を、もう片方の手で掴み、僅かな力を入れ、痙攣を鎮める。両手の上から、桃子の一回り小さな手が覆う。大丈夫、と呟き、桃子の眼差しに相木は、少し安堵する。

「分かった。話すよ。あの日、何が起こったのかを」

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