弐
その後、あの日を除いて、ミナトとは、会うことはなかった。しかし、その時の記憶と、容姿はどうしても忘れられなかった。せめて、コスモスを描いてくれたお礼を言いたい。その気持ちは、十年経っても変わらなかった。
花の日。その日、リアルではないが、もう一度、ミナトに会った。
轟音と共に謎の光が包まれた午前零時。
仲が良かった相木に手を引かれ、施設を抜け出した。花が周囲に発芽から開花したり、枯れたりするという、奇妙な現象。非常事態だというのに、その花たちの美しさに心を奪われそうになった。
すると、日比野は頭を抱えた。震えていた。そうだ、今は普通じゃないんだ、と思い知らされた。肩に手を置くが、共鳴するように、桃子自身も恐怖を感じる。
「大丈夫だよ。こんなにきれいな花が咲いてるんだよ? 怖いことなんて起こるわけないじゃない……」
それは、日比野に呼びかけるだけでなく、自分に言い聞かせていた。これから、どうすればいいのだろうか。そんなことを考えていると、一本の花が急成長し、日比野の体を貫く。
「うわぁぁぁっ!」
花が身体を貫き、侵食していく。それに、身体から花が生え、開花する。
「日比野くんッ!」
名前を叫んだ瞬間、一輪の花が開花し、細長い茎が伸びていく。気配をすぐに察知し、目線を向ける。花の色が変わる。薄いピンク、濃いピンク、オレンジ、白に変わる――母に教わった花ばかりだった――最後に、あの色に変わる。
黒色。
花言葉は、『恋の終わり』。
もう、遅かった。日比野が助けようとした時、黒色の花は、目を貫いた。
「あああああぁぁぁぁぁぁ!」
ミナトの手が覆った目を、黒色の花が、蝕んでいく。先頭に花を付け、茎が次々と体を飲み込んだ。目から喉に行き、手の甲から指先へ。手の甲には、見覚えのある花の絵が皮膚に浮かぶ。次に、胴体に茎を巻き付ける。腰、膝、足まで覆うのには、五秒もかからなかった。花は、一気に足から脳に上る。血液が逆流し、痺れ、痛みが叫びに変わる。
侵食される間、少しだけ目を開けた。痛みに耐え、ぼやける。首は痛みで動かないから、目を動かした。光りを帯びた茎が蛇のようにこちらへ向かってくる。
茎が石から生えていた。
根が生え、尾となった。石は、光沢を失い、暗闇に溶けてしまう。その瞬間、勢いよく茎が侵食し、根も飲み込んでしまった。
目覚めると、何故か昨日居た、コスモス畑に横たわっていた。体を起こし、周りを見渡す。空は、夕日が傾こうとしている。しかし、コスモスの色がはっきり見える。何故か、違う場所に見えてくる。
「ここ、どこ……?」
独り言を呟いた。
『ここは、君の脳内だよ』
聞いたことある声。頭に響くような、籠った声。また周りを見渡す。こっちに向かって歩くミナトの姿が見える。
「ミナト!」
立ち上がり、桃子は、走り出した。お礼、言わなくちゃ。走りながら、そう言い聞かせた。
ミナトの元に着いた。一メートル程の距離があった。先に切りだしたのは、ミナトの方だった。
『ごめんね。君に酷いことをしてしまった』
口は動かすも、脳内に声が響いた。
「ねぇ、どうして謝るの? 昨日の言葉は何? ミナト、私にひどいことしてないよ」
尽きない疑問を吐露した。ミナトは、全てを聞いて、申し訳なさそうな顔をした。
『それは、これから分かるよ』
「これから、何か起こるの……?」
ミナトは、ゆっくりと頷いた。
『だから、ももこを守るために、これをあげる』
一歩前に出し、ミナトは、一冊の本を渡した。
「これ、私の日記帳じゃない。どうして持ってるの?」
『これは、もう日記帳じゃない。聖書だよ』
「せいしょ?」
『これに書かれた技を使って、自分を守ってね』
「技? 技なんて、どうして」その言葉を遮って、ミナトは、口を動かす。
『一度しか言わないから、よく聞いて。毎年、君の誕生日に新しい技が追加される。それは、この本を見れば分かる。黒のマジックで書かれるから、消えないよ。それと、その本は、君の命と同じなんだ。塵になれば、君の命も失ってしまう。だから、ずっと離さないで、持ってて。決して、誰かに渡しては、いけないよ。何故なら、君は、生贄になってしまったから』
「い、生贄?」
すると、ミナトは何かを察知したのか、視線を鋭くさせた。舌打ちをする。
『まずい、アイツが来る』
「アイツって、誰?」また、遮って、早口で喋る。
『アイツは、君の敵。アイツが死なない限り、君は狙われ続ける。昨日も言ったけど、どうしようもない時は、あの紙の裏を見て。でも、その時まで、絶対見ないで。誰にも見せないで』
早口で喋り倒されるため、処理しきれなくなる。疑問も膨らむように増えていく。
「どうして、見せたらいけないの?」
『十年後になれば、分かるよ』
「ミナトは、どうなっちゃうの?」
『僕は、大丈夫。もう時間がない』
「時間? どういうこと?」
『アイツが来る。逃げて』
「どうして? 私は、大丈夫だよ」
『もう時間だ。じゃあね』
ミナトは、背を向いて、歩き出した。残された桃子は、走り出す。どんなに走っても、歩いているミナトに追い付かない。
「待って! ミナト! 私、まだ、お礼、言ってない!」
すると、足が石にぶつかり、躓いた。身体が地面に伏せる。
立ち上がろうとするも、前日と同様、睡魔が訪れる。
また、ミナトが遠くへ行ってしまう。
「まだ、言えてない、のに……」
意識は、もうなかった。
『これからよろしくね、生贄ちゃん』
『君は、世界を滅ぼす運命になるんだよ』
殺気で目が覚めた。あの声は、一体誰だ。
目が覚めると、日比野が泣きながら心配そうに見ていた。
「桃子ちゃん?」
「あれ、私、寝てた……?」
その後、桃子は、暴走を始める。
十年後、日記帳に書き加えられた。
その技を見せた瞬間、日比野は、守る決意に変わった。
『
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