穴を掘る山崎の話

くまみつ

山崎が穴を掘る

山崎が穴を掘りだしたのは、28歳の暑い夏が終わろうかという頃だった。


去り行く夏を懐かしむように空き地を散歩していたサラリーマン山崎である。右のポケットにはパチンコの玉が2つ。指先で転がすとカチリと硬く鳴る。感触がなんとなく懐かしい。

本当に平凡な人間なんておそらくどこを探してもいないという。誰でも誰かにとっては特別な、世界にひとりだけの存在である。もちろんそれはそうだけど、山崎はそれでもやっぱり平凡で凡庸でありきたりな28歳のサラリーマンだった。


ほとんど人の通らないような藪に囲まれた空き地を見つけたのもほんの偶然からだ。そこに園芸用の小さなスコップが落ちていたのも偶然だと思う。そしてそのスコップを拾うためにしゃがみこんだのが山崎のささやかな平凡さを損なった。座り込んでみるとその空き地が思いのほか居心地が良いということに気付いたのが山崎の能力であった。


日が傾き草の間からピンク色に染まる雲が見えた。山崎は見上げた。ほっと息をついた。

ねぼけた馬がするように足で不器用に土を掻き、地面の硬さを確かめた。

そしてまた空を見上げた。


やがて薄闇があたりをつつむころ。いつもなら部屋に帰って一人で野球中継を見ながらビールを飲んでいるような時間に山崎は園芸用スコップで穴を掘りだしていた。

最初に雑草を抜いた。それから枯葉を除け、石をひっくり返し虫を追った。

いくつか石を放り投げた後で乾いた土にまみれたスコップを手にとった。スコップは頼りないくらいに軽く、山崎の手の中で簡単に割れてしまいそうに思えた。


いつもなら野球中継を見ている時間なのだ。

薄闇はやがて密度の濃い本物の闇へと変わっていった。山崎には地面が見えていれば十分だった。やがて月が昇り、秋の虫が鳴きだした。バスケットボールがすっぽりと収まる程度の穴を掘った山崎は、形を整えると空き地にスコップを置いたまま藪をわけ立ち去った。藪の中の虫の声を背に、いつも歩き過ぎていた道に戻り街灯の下で汚れた手を払った。


山崎自身のことについては特に語るほどのことはなにもない。部屋に帰るとさっそくエアコンのスイッチを入れて手を洗った。それから山崎が眠りにつくまでに、世界中で何万人かの赤ちゃんが誕生した。山崎は夢を見なかった。

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