ダミアン、婚約してはくれないの?

芹澤©️

ダミアン、婚約してはくれないの?

✴︎✴︎『グラン、婚約破棄して下さいますでしょう? 』のおまけです。そちらを先に読む事をお勧め致します。✴︎✴︎




金色に輝く長い髪を自慢げに揺らし、少女は目の前を先導する背の高い騎士の背中をその宝石の様な緑色の瞳で見つめていた。


騎士と少女の体格差と言ったら、大人と子供。


まあ、少女はまだデビューを控えている正真正銘の子供ではあるのだが、騎士の背中にすっぽりと隠れてしまう小柄な身長は、前から来た人物には少女が認識出来ないだろう事は明白だ。


黙って前を歩く騎士を少女は穴が空くのでは無いかと思える程見続けていると言うのに、言葉は一言も発していなかった。只、見続けている。

はたから見れば普通に前を向いているかの様に見えるのだろうが、その揺るぎなさと言ったら、余りにも度が行き過ぎている。


その異常さを知っているのは、後ろを振り向きもしていない筈の、前を歩く騎士であった。しかし、彼はそうだと知ってはいてもこの場で何か言うことはしなかった。


そのまま大きな扉の前に辿り着くと、彼は何の躊躇も無く力強く扉を開け、少女に入る様に促した。


少女が黙ったまま、中に設置してあるソファへ座るのを見届けると、騎士はやや扉を開けて少女へと向き合った。侍女は下げられており、室内には2人きりなのだ。


少女はちらりと開いた扉を確認するが、特に何を言うでもなく黙ってまた騎士の顔を見つめ直した。


そんな少女に、騎士は堪り兼ねたのか、大きく溜め息を吐いた。それは少女に対して有り得ない事であり、大変無礼な行いであったが、少女は咎める事は無かった。


「レツィ、見過ぎだ。どんなに見ようが、どんな事を言おうが、俺は絶対に反対だ」


レツィと呼ばれたルクレツィアは、それでも騎士の顔を見続けている。


「どうやっても無理な話だ。俺は只の侯爵家の次男に過ぎない。だと言うのにお前はっ」


誰が見ても憤っているだろう騎士に、ルクレツィアは首を傾げる。


「知らないわ、私はお父様に何も言っていないもの。ダミアンは何をそんなに怒っているのか私分からないわ、少し落ち着いて? 」


ルクレツィアの近衛騎士ことダミアンは、そんな彼女の様子に乱暴に頭を掻いた。


「俺とお前がどれだけ年が離れていると思う?! 12歳だぞ! しかもお前は来年やっとデビューすると言うのに、何故そんな自分を蔑ろにする?? こんな、年増に嫁がなくとも、嫁ぎ先は引く手数多だろう! 」


「引く手数多? 馬鹿な事は言わないで。私の事を本当に思って迎えてくれる者など居やしないわ。皆王女である私しか見ていない。……私に対等に接してくれるのは貴方だけだわ、ダミアン」


「これは対等ってもんじゃない、子供扱いだ! 」


ダミアンがそう言えば、ルクレツィアはむっと口元を引き締めた。が、それすらも少女らしく可愛らしさが際立ち、ダミアンは頭を抱えた。



そもそもダミアンがここまで怒っているには理由があった。

先程2人はルクレツィアの父親、つまりこの国の現国王に呼び出され告げられたのだ。


長年ルクレツィアの婚約者が決まっていなかったのだが、彼女の降嫁先はニーオドール家の次男にすると。つまりダミアンが許婚となり、それと同時にダミアンを降嫁先に相応しくなる様、近衛騎士団団長に任命するとも説明されたのだ。


ルクレツィアは二つ返事で了承したのだが、それに異を唱えたのは他ならぬダミアンで、それはその場で捕らえられても仕方ない程の不敬であった。今ダミアンがこうして無事なのも、公の場では無く、あくまで私的な打診の段階だったからだとダミアン自身分かっている。


「どうしても嫌なの? ダミアンは昔から私の側に居てくれたじゃない。私が他へ降嫁しても何とも思わない、そう言いたいのね? 」


弱々しく告げられて、ダミアンがルクレツィアを見れば、彼女の大きな目には涙が滲んでいる。それを受けて、ダミアンは国王の前で反対意見を述べた堂々さが嘘の様に慌てだした。


「な、何とも思わない訳じゃない! だが、レツィ、お前は若くて美しい。何も俺の様な女性の扱いも知らない粗忽者の元へ嫁ぐより、もっとお前に相応しい、甘やかしてくれる男がいる筈だ。お前にはまだ王女として相応しい未来がある筈なんだ! それを棒に振るうんだぞ?! 幼馴染だからと、安易に決めるものじゃない」


そう言いながら、ダミアンはポケットにしまっていたくしゃくしゃのハンカチをルクレツィアにそっぽを向きながら渡した。その姿と言ったら、まるで謝るのを恥ずかしがっている子供の様だ。


それを受けてルクレツィアはくすりと笑みをこぼしたが、そっぽを向いていたダミアンには見えていなかった。


「……ありがとう、ダミアン。でも、私だって勢いで決めた訳ではないわ。次代はグランがリアちゃんとしっかり担って行くでしょうし、後ろ盾は大丈夫。今のところ内政は安定しているし、私の使い道なんてたかが知れている。後は隣国の8歳も下の皇子に嫁ぐ……ぐらいかしら? そうしたら、向こうでの扱いぐらい分かるでしょう? 」


ルクレツィアが諭す様に語ったにも関わらず、ダミアンは頑なに彼女を見ようとしなかった。ハンカチを渡してからも、ずっとそっぽを向いているのだ。


「……そんなに嫌なのね……じゃあ私はミトスと婚約するわ」


ルクレツィアの言葉に、ダミアンは首が取れるのではと思わせる程勢い良く振り返った。


「あいつは駄目だ、あの女たらしがお前を幸せになんて出来るものか! それだけは無い、絶対無い! 」


「なら、チェザーレに」


「はああ?! あの貧弱を絵に描いた様な男に、レツィを任せられる訳が無いだろう?! 」


「……ラルフ卿」


「あんな頭の固いくそ爺になんて、息苦しい生活をさせられるに決まっているだろう?! それなら俺がっ」


「…………」


「…………」


暫く2人は見つめ合っていたが、ダミアンは口元を押さえ固まっていて、続きを告げない。

ルクレツィアは溜め息を吐いて、テーブルの端に置いてあったベルを鳴らす。すると、直ぐ様侍女が入室して来た。


「悪いけれど、お父様に手紙を書くから、用意をお願いするわ」


ルクレツィアがそう指示すれば、侍女は頭を下げて部屋を出て行った。


「……何の手紙だ? 」


金縛りから解けたのか、ダミアンは怪しげにルクレツィアを見る。が、ルクレツィアが目を合わす事は無かった。


「……仕方ないから、チェザーレと婚約しようかと思って。今のダミアンの反応だと1番私を大事にしてくれそうだもの。それと、婚約が決まったらダミアンはグラン付きにして貰うわ」


「なんっ、そんな勝手に」


ダミアンが声を荒げそうになった所で、侍女が手紙一式をトレーに乗せて入室して、ルクレツィアの前に広げてみせた。


「ご苦労様。書き上げたらまた呼ぶから、外で待機していてくれるかしら? 」


侍女が部屋を後にする間、ダミアンは青ざめた様子で侍女を見送った。それは、助けを求める様にも見えた。が、侍女が立ち止まる事は無かった。


「待て、レツィ待ってくれ。チェザーレじゃなくとも他に……」


「その、他ならぬ貴方に拒否されたのだから、候補から絞るのは当然でしょう? 長い間迷惑を掛けたわね。後少しでそれも終わるわ」


「……っ」


そのまま、ルクレツィアは手紙を書き始める。が、その手をテーブル越しにダミアンに掴まれ、羽ペンのインクが便箋に滲んでしまった。


「ちょっと! ダミアンいくらなんでも幼馴染だからと言って、手を」


「駄目だ、チェザーレになんかレツィを渡せない」


「我が儘言わないで? 私だって長い事お父様に無理を言って婚約者を絞らなかったのだもの 。もうこれ以上は伸ばせない」


「俺がっ」


ダミアンはルクレツィアの手を両手で掴むと、真剣な眼差しでルクレツィアを見つめた。


「俺がお前と添い遂げる! 手紙も俺が書く。只、団長の件だけは俺の実力で決めて貰いたい。それだけは了承してくれるか? 」


その真剣な面持ちに、ルクレツィアは只頷くので精一杯だった。そして、みるみるうちに頬が真っ赤に染まって行く。


「だ、だから私は最初からダミアンが良いって……」


「優雅な生活を送らせてやれないかも知れないんだぞ? 」


「……私の渾名知っていて? お転婆姫よ? お転婆姫に優雅な生活は退屈だわ」


「俺の方がずっと先に年を取る、12も上だ」


「それも後10年もしたらお互い大して変わらないわ、きっと。……貴方がぶくぶくと太ったりしなければね? 」


「それは任せておけ。鍛錬は欠かさないからな……本当に俺で後悔しないか? 」


それを聞いて、ルクレツィアは今度こそダミアンに優しく笑って見せた。


「後悔させないでよ、ダミアン」


ダミアンは頷くと、『まどろっこしいから今から陛下の元へ行って来る! 』と、ルクレツィア専属の近衛騎士にも関わらず、部屋を飛び出して行ってしまった。







残されたルクレツィアは只、作戦が上手く行った事に内心笑いが止まらない。


長年片思いして来たダミアンは、騎士然として頭が固く、明らかにルクレツィアを特別視しているのに、頑として認めようとしなかった。年の差がそうさせていたのかも知れないが。


ルクレツィアは父親に、成人するまでにダミアンを振り向かせる事が出来なければ、父親の指名した者と結婚すると、僅か8歳で宣言していた経緯がある。

本来なら生まれた時から許婚が決まっていてもおかしくは無かったが、ルクレツィアが生まれた年、丁度良い年頃の子息が居なかった事と、その後に弟グランベールが生まれ、其方の許婚決めに大人達が意識していた事で、比較的王女としては自由にさせて貰えていたのだ。


「間に合って良かった……」


社交デビューまで後4カ月。まさか父親が手助けしてくれたのには驚いたが、そのお陰で事は上手く運んだのだ。


後で父には何かお礼をしなければと思いながら、ルクレツィアはくしゃくしゃのハンカチで、嬉し涙を拭うのだった。


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