第46話:罪人と処刑人
両手を失った少年が笑顔で挨拶してくれた。
やはり本当はいい子なんだろう。
過去に悲しい思いをした人間は他人を貶めるような事はしないからね。
まぁ、大体は、だけど。
「カンタ君か。よろしくね。実は僕も日本に居たんだよ? こっちに来たのは2週間くらい前かな。もう三年くらいいるような気分だけどね。ははは」
「ツクモさんも、その、自殺、とかですか?」
「いやいや、違うよ。僕はゼウス様に……って、これって言ってもいい事なのかな?」
悩んでいると、カンタ君が不思議そうな顔をしてみてくる。
でも、神の存在をむやみに人間に知られるのは良くないし、でもでも、僕は今人間だし……
「あーもう。分かんないや。でもきっといいんだろう。うん。僕は地球にいた時は神様だったんだ。付喪神って知ってるだろ?」
「付喪神って、あの道具の神様ですか?」
「まぁ、大体そんな感じだね。僕はゼウス様って言う、世界の神総括から頼まれてこのアスカルシスにやって来たんだ。所謂転勤だね。仕事の内容は、人間に滅ぼされかけている魔族を救う事。この世界で魔族の力が人族と均衡化できれば僕のお仕事は完了なんだ」
説明を終えると、カンタ君はぼーっとしてしまった。
唐突過ぎたかな? 神様って名乗るのは、人間だと頭がおかしい人らしいし、変な印象を持たれたらどうしよう……
すると、チュン太が何やら騒いでいた。
「ツクモ、それは本当か? 本当に本当なんだな?」
「え? う、うん。本当だよ。だから魔族が安全に暮らせるような地域を作ってるんだけど……」
「そうか。魔界の魔王様の仰った事は本当だったんだな。今度お会いしたら謝らないと」
「ん? そう言えば、チュン太は魔王なのに、他の魔王を様付けで呼ぶの?」
「そりゃそうだ。魔界にいる方々は格が違うぜ。お前んとこにいるライオスっての何十倍も強いんだからな。それに、魔界にいる魔王様、特に魔王ハヤテ様は俺の名付け親だ。ハヤテ様に頼まれて、俺は仁のダンジョンの主をやってるのさ。どうだ? すごいだろ?」
ハヤテ、って多分地球の名前だよな? それに恐らくまた日本人だし。
て事は転移者か、転生者。
「魔王ハヤテは人間なの?」
「お? なんだ知ってるのか。人族のくせに魔王を名乗るな、って最初は俺も思ったんだけどな、魔族のために働いてくれるし、他の魔王様達とも張り合えるほどにつえーんだよ! かっこいいだろ?」
60年前、か。人魔大戦の時もいたみたいだし、会えたら話を聞けないかな……
「うん。かっこいいね。それで、その魔王ハヤテが僕のことについて話してたんだ?」
「そうだぜ。確か、どっかの神様が、後日新しい神様を派遣するって言ってた、って聞いたな。何を言ってんのかあの時は意味分かんなかったけど、今やっとわかったぜ」
え、つまりゼウス様がハヤテって少年を先に送ったのか。
まだその時は神が直接出向くようになる程緊迫した状況じゃなかったんだろうけど、それにしても後日って言って60年後っていうのは、ちょっとな。
流石は引きこもり疑惑のある全能神様だ。
普通の人間から見れば突拍子もない話しをしていると、カンタ君が恐る恐る口を開いた。
「あ、あの……納得してないのって、俺だけですかね?」
「「うん」」
その後、カンタ君は僕の存在と、この世界で何が起こっているのかを理解してくれた。
ただ、カンタ君はゼウス様に会ったことがないらしい。
本当に、なんの説明もないままにこっちの世界に召喚されて、祝福(ギフト)として空間魔法という、勇者にしか扱えない魔法をもらったらしい。
ここで気になったのが、カンタ君がアスカルシスの誰かによって召喚された、という事。
神以外が誰かを召喚する方法を、僕は知らない。
でも、魔法があるこの世界でならありえるのかも知れないな。
なんたって、神はいないんだから。
「じゃあ、開きますね。俺は、村の人たちに自分で謝ります。操られていたとは言え、意識下でいつも生贄に捧げられていた人たちを見て来ましたから。これは俺の罪です」
「分かったよ。チュン太もそれで大丈夫だよね?」
「俺は別に口出ししようとは思ってねーよ。このガキはあくまでもお前との関係を築くための道具だからな。俺の知ったこっちゃないぜ」
チュン太はツンデレさんのようだ。
ますますウィンディに似ている。
そう言えば、仁のダンジョンの位置も、チュン太が何を使えるのかも聞いてないや。
あ、それと、カンタ君に生贄を何に使っていたかも聞かないと……
と考えているうちに、ルナルド村に到着した。
「お帰りなさい、ツクモさん」
「ただいま。ウィンディ、それにみんなも」
転移した直後に目に入ったのは、殺気を漏らしまくりの魔王4人。
それに、複雑そうな顔をしている村人の方達も。
全員の遺恨の視線は僕の隣にいる腕なしの少年に向けられている。
約束した通り、僕は何も口を出さない。
カンタ君は、一瞬畏縮するも、地に両膝を着けて、ゆっくりとこうべを垂らした。
「俺は皆様に恨まれて当然の事をしてきました。許されるとは思っていません。どうか、気の済むまで俺に罰を与えてください」
驚く事に、カンタ君は誰かに操られていた事実については触れなかった。
それが彼なりの謝意の表し方なのだろう。
魔王4人は僕の真意を察して、戦闘態勢を解いてくれた。
だが、そうはいかないのは村人の方達。
人間の関係性は、魔族と違い、とても複雑で、壊れてしまったものは修復する事すら難しい。
数人の村人たちが、怒気を露わにして口を開いた。
「今すぐ死刑だ」「死んでも足りない程の罪だぞ?」「私の娘を返して、生贄になった私の娘を……」
村人たちの怨敵に対する切々たる衷情。
神だった僕には理解し難い感情だが、もし、ウィンディ達が誰かに殺されたらと思うと、胸が痛む。
50年間、無理矢理感情を殺させられ、その分が一気に押し寄せているんだろう。
カンタ君は、そんな村人に対し、只々頭を下げる。
「お望みならば、俺の命を……」
と、言いかけたところで、カンタ君の体が宙に蹴り上げられた。
突然の事に、村人も、僕も、魔王達も驚きを隠せずにいる。
カンタ君がいた場所に立っていたのは、村の門番にして、武闘大会準優勝者のシンジだった。
カンタ君は空間魔法を使用する事なく、なるがままに地に落下した。
着地地点はシンジの足元。門番は、そんな腕なしの少年の背に片足を乗せて、怒声をあげた。
「立て! お前が無防備に死んで、俺たちの気が済むと思ってんのか⁉︎」
カンタ君は腹を蹴られ、数メートル吹っ飛んだ。
腕のない体では受け身を取ることもできず、棒のように地を転がっていく。
だが、停止した先で、力強く立ち上がった。
「そう、ですね。嬲り殺されるくらい、覚悟はできてました」
心なしか、カンタ君は笑顔になった。
自分の犯してきた罪が、被害者の思うままに粛清されることが嬉しいんだろう。
「気にいらねぇ、俺の、俺の妹を殺そうとしたくせによ……」
シンジは涙ぐんだ。無抵抗のカンタ君に殴りと蹴りを入れ続けている。
カンタ君は何も言わない。ボロボロだったローブがさらに破れ、顔中、身体中が血まみれになっても、反論しようとも、動こうともしない。
「ナツミ、カンナ、ハナコ、シオリ……俺のダチを返せよ! アイツらは一体何のために死んでいったんだ⁉︎ 何のための生け贄なんだよ。何で、何で俺たちにこんな思いをさせたんだ、答えろ!」
更に力を入れた拳が、カンタ君の顔を変形させていく。
でも、カンタ君は無言を貫き、憎悪に満ちた拳を受け入れている。
彼には、何も答えることができない。操られていた少年には、生け贄の意味なんて分かる筈がない。
本当は無実なのに、善良な人間の筈なのに、地球でもアスカルシスでも、無情に命を落とす運命なんだろうか。
不思議と、両手に力が入ってしまう。初めて何かに憤ったかもしれない。
ウィンディが肩に乗ってきて、僕を心配そうに見てくれている。
チュン太は流石だな。僕の足元で、殴られ続けているカンタ君を冷静に見続けている。
でも約束したんだ。手出しはしないって。もし、カンタ君がここで死んでも、僕は、僕たちは何も言う権利がない。
村と、代行者の問題。入り組んだ感情を解けるのは、複雑な絡み合いを続けている彼らだけ。
部外者が出来るのは、一時的な解決のみ。
殴られ続けたカンタ君が、遂に地面に倒れてしまった。
転移者とは言え、水晶級冒険者にも匹敵するシンジの拳を何百も受けたんだ、当然だろう。
今にも足が勝手に歩み始めそうだ。
そして説明したい。ボロボロの腕なし少年の真実を。
「おい、立てよ。まだ終わってねーぞ。ツクモの旦那の優しさに漬け込んで、生きながらえようなんて考えてるんじゃないだろうな? 死にそうになっても、助けてもらえるとか考えてるんじゃねーよな? チゲーってんなら立て。そして、俺に殺されろ」
シンジの厳しい指摘に、カンタ君はボロボロの体で力なく立ち上がる。
片膝は地面につけたまま。腕のない体では、うまくバランスを取る事もできないんだろう。
シンジの眼には、一体何が写っているのだろうか。
僕の眼には、今も尚来たる粛清(死)を喜んでいる無垢な少年しか写っていない。
宿意に心を奪われた少年は、不憫な少年の目の前で、遂に腰に携えた剣を抜いた。
ダメだ、これを許してしまったら、カンタ君の想いは永遠に届かなくなってしまう。
身を呈して伝えようとした彼の万謝の気持ちが。
だが、僕が足を踏み出す前に、シンジは剣を振り下ろした。
飛散する鮮血が、月光を赤く染め上げる。
地面に残る、僕とシンジ君の血痕の上に加わった、新たな血。
悲哀を含んだ、純粋な血液が、大地に染み込んで行く。
だが、血の持ち主は、カンタ君ではなかった。
ライオスでも、3姉妹でも、僕の血でもない。
「あ、アカリ? 何、何やってんだよ⁉︎」
血の持ち主は、黒髪長髪で色白な美少女。
背中に大きな斬痕をつけた少女が、片膝立ちの腕なし少年の上に覆いかぶさるようにして倒れた。
慌てて駆け寄るシンジ。それは僕も、フレイヤも魔王達も同じだった。
「どけお前ら。俺がやる」
動転する僕たちの中で、唯一冷静さを失わなかったのは仁のダンジョンの主、チュン太だけだった。
カンタ君の時と同様に、倒れた美少女の背中に齧り付き、淡く優しい光をもって傷を修復していく。
辛うじて意識を保っていた美少女は、自分を支えてくれていたカンタ君を優しく抱擁し、呟いた。
「代行者様、私と再開するまで、死なないって約束しましたよね? 兄も、それに村の皆さんも、代行者様の本当のお気持ちはわかりません。ただ黙って殺されるだけでは、皆も、代行者様も救われません。代行者様は、私の命を救おうと、そして皆を救おうとしてくれた優しいお方なのですから」
「…………」
静寂の中で、アカリちゃんの言葉は周辺にいた者たち全ての耳に入った。
生贄として捕縛されていた少女が、その犯人を守った。それだけで矛を収めるのには十分なのに、それに加えた擁護の言葉。
カンタ君も、それにシンジもつい言葉を失ってしまった。
傷は完治したが、数秒とは言え大量の血を流した少女は、少しよろめきながら兄の元へと歩み寄った。
「兄さん、この方は悪い人ではありません。なのでもう許してあげてくれますか?」
「だ、だが、そいつを許すわけには…… それに、死んでいったナツミたちはどうなるんだよ⁉︎ あいつらがこの腕なしに殺されたのは、紛れもない事実だろ?」
「ナツミちゃん達はこの村からはいなくなりました。ですが、恐らく死んではいません。生贄になって、初めて分かりました。そして、強大な力から私たちを守ろうとしてくれたのは、紛れもなく代行者様です」
僕も知らなかった事実。村の人たちも、驚愕し、アカリちゃんの言葉の続きを待ち望んでいる。
少女が代わりに取り出したのは、49の紙の束。
丁度、生贄になった少女達と同じ数。
「こ、これは……?」
「ナツミちゃん達が残した物です。私は書きませんでした。代行者様を信じていましたから」
シンジが受け取った手紙、それは少女達の想いが書き綴られた50年間の村の記憶。
僕も数枚受け取ると、まるで理解不能な事柄が書き記されていた。
【私を守ってくれてありがとうございました、代行者様。きっと、自我を失っても、代行者様が残してくれたあの一部は無くならないでしょう。いずれ、貴方が勇者様となって、上のお方を討ち滅ぼした暁にはお迎えに来てくださいね? 私が私じゃなくなっても、必ず救ってくれると信じてます。いつまでも、いつまでもお待ちしております。––––ナツミ】
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