第45話:慌てる者と冷静な者

 魔王三人の同時攻撃は、捻れた空間に飲み込まれた。

 訪れたのは静寂。主人を信じて放った一撃によって、全てが消え去った事に、三人は困却していた。


 「ブルーが殺した。私悪くない」

 「ちょ、ジョーヌ!?」


 てっきり技の威力が強すぎて全てを消し炭にしたと勘違いした黄(ジョーヌ)は、全ての責任を姉に押し付けた。

 そんな二人を他所に、ライオスは主人がいた場所へと歩み寄る。

 だが、その場に残っているのは大量の血痕のみ。

 ライオスも、黄(ジョーヌ)同様、最悪の状況を考えてしまっていた。


 「わ、我が主人よ……」


 だが、ペシンっと、落胆している魔王の頬を、小さな水の精霊が叩いた。

 

 「ライオス! あんた馬鹿なの? ダンジョンの魔力が残ってるんだから、ツクモさんが死んだ訳ないでしょ? それに、あの代行者とか言う奴は空間魔法使いよ? ただ転移しただけに決まってるわ」


 強気で言ったウィンディだったが、その顔は不安げだった。

 だが、彼女の一声により、ライオスは顔を上げた。


 「そうであるな。さすがは精霊。我らは主殿を信じて待つのみだ」


 するとライオスはウィンディを肩に乗せて、責任のなすり合いをしている二人の魔王の元に向かった。


 「貴様らはリアス湖にいた水竜であろう? 主殿に忠誠を誓ったのなら、我も貴様らも同等の存在。今は手分けしてこの村の民を落ち着かせるぞ。我は、それこそが主殿の願いであると思うからな」


 「……って、あんたもしかしてライオス!? あのチビッ子が随分とでかい口を叩くようになったわね? でもまぁ、いいわ。ツクモのため、ですもの。私がツクモの将来のお嫁さんとして一活躍してあげるわ!」

 「ブルー、望み薄だよ」


 ジョーヌのツッコミに、ブルーは激怒した。

 そして、ブルーのお嫁さん発言にウィンディは固まってしまった。

 だが、ジョーヌの言う通り、望み薄。

 3姉妹の中で、彼女が一番冷静に物事を判断している事は、まだ誰も知らない。


 フレイヤの結界のおかげで、村人からは犠牲者は出ていなかった。

 だが、多くの家屋は倒壊し、100以上の村人が住む場所を失ってしまった。

 それに加え、今まで代行者を信じていた事に嫌悪感を抱くものが多く、その事について、村長が質問責めに合っている。

 その村長の隣にいるルージュは未だ寝ているアカリを抱きかかえ、あくびをしていた。

 

 「皆の者、待ってくれ。この事態はあの代行者の呪いのせいであって……」

 「なんでそんな代行者を野放しにしてたんだよ?」「村長は何もしなかったのか?」


 無責任にも、自分達が呪いにかけられていたことを村長のせいにしようとする村民たち。

 当惑した状況下で、責任者が悪人扱いされるのはごく自然のことだったが、とある少年はその状況を見て黙っていられなかった。


 「おい、てめーら! 自分達が何もできなかったって言うのに、なんで俺の親父が責められなきゃなんねーんだよ。呪いをかけられてたのは親父も、それに俺も同じだ。誰もあの代行者に太刀打ちできなかったのが悪い。それは俺たちが弱いからだろ? だからみんな被害者で、この場にいる誰も、誰のことも責めちゃいけねー。そんくらい、大人のあんたらなら分かるだろ?」


 村の門番、シンジの説教により、八つ当たりをしていた村の大人たちは静まり返った。

 そんな少年を見て、ルージュは「おー」、と感嘆し、背後ではライオスが満足げに頷いていた。


 「シンジ、お前には素質がある。我の元に就かないか? なんだったら弟子にしてやっても良い」


 ライオスの唐突な誘いに、シンジは困惑した様子だった。

 そんなシンジを羨ましそうな目で見つめているカリン。

 男女関係なく、彼女の嫉妬心は燃えたぎっていた。


 「ほ、ほんとですか!? お願いします、ライオス師匠!」

 

 シンジの弟子入りに異を唱える者はいなかった。

 父親であるカツラギでさえも、息子が高みを目指して村を離れる決断をした事を、心の中で祝福しているようだった。

 

 その後は、村長とライオス、そしてフレイヤの先導により、村の人たちは落ち着きを取り戻し始め、壊れた家に住んでいた人をどうするかについての話し合いを行った。

 ルージュは未だ寝ているアカリを膝枕しながらウトウトとし、ブルーは壊れた家屋から貴重品や生活必需品を発掘する作業に徹している。

 夜間の作業だが、フレイヤの『小光ライト』によって、順調に進み、多くの村民が金銭や衣類などを失わずに済んだ。

 動機は不純だが、働いているブルーを他所に、ジョーヌは子供たちに囲まれながら寝ている。

 家を失い、悲しむ子供達。だが、ジョーヌの柔らかい体を枕にして熟睡している。


 ライオスは一通り作業を終えると、主人が消えてしまった場所でただただ立ち尽くしていた。

 腕を組み、難しい顔をしているライオスの横にはいつものようにカリンが立っている。


 ウィンディは、落ち着かないのか、消えては現れ、消えては現れ、を繰り返し、現れる度に不安を増していった。


 ちょうど月が綺麗に見え始めた頃、村の大人達と魔族の全員が、ツクモが消えた場所を囲み、帰りを待っていた。

 魔神教の教えが嘘だった事が皆に伝わり、魔族との共存に異を唱える者もいたが、ツクモの命を張った活躍を知ると、皆、人魔共存区発足に協力したいと言い始めた。

 そして、村のアイドル的存在のアカリを救った救世主として、誰もが彼の帰還を心待ちにしていたのだった。

 憎き代行者を殺し、村に平和をもたらしてくれる事を願いながら……

 

 場が沈黙に包まれる。

 だが、その沈黙の中に、一つ、何かを無理やり捻じ曲げるような不快音が鳴り響いた。

 湾曲する空間。いち早く気づいたのはフレイヤだった。


 「来ます。空間魔法ということは……」


 ライオスは彼女を庇うように前に出た。

 3姉妹とシンジも戦闘態勢を取る中、ウィンディだけは平然としていた。

 小さな精霊は、その歪んだ空間の先から、昼間のような嫌な魔力を感じなかった。


 そして、歪んだ空間が収束すると同時に、二人の少年と、一匹のネズミが現れた。


 「ツクモさん。お帰りなさい」

 「ただいま。ウィンディ、それにみんなも」

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