第44話:『仁のダンジョン』の主

 何処からともなく声が聞こえた。

 だが、周囲を見渡しても誰も見当たらない。

 暗がりの森の中。もし襲撃者だったら、倒れてる日本人転移者を守りながら戦うのは少々厳しいかもしれない。

 でも、やれるだけやるしかない。

 

 『小光ライト


 明かりを灯しても、声の主の姿は見えない。

 そして、誰の魔力も感じられない。

 アンナさんのような、魔力隠蔽のスキルを持っているのかも知れないな。

 となると、かなり上位の魔族の筈だけど……


 「おい! 真下だよ! 聞いてんのか、にいちゃん?」


 恐る恐る下を向くと、『小光ライト』に照らされて金色に光っているネズミがいた。

 

 「き、君は、誰?」

 「俺は仁のダンジョンの主。魔王チュン太様だぜ!」


 足元で胸を張って威張っている金色のネズミ。

 いやいや、こんな可愛い子が魔王なわけ……


 「魔王? そんなに小さいのに?」


 すると、チュン太がペシペシ、と足を殴ってきた。

 魔王なのに、まるでウィンディのパンチ並みに痛くない。


 「オメー、生意気だぞ! 俺はれっきとした魔王。それもダンジョンの主だ!」

 「証拠は?」


 うっ、と一瞬たじろいたチュン太。

 でも、僕がダンジョンの主だって言っても、見せる証拠がない。

 だったら証拠を要求するのはダメか。


 「ごめんごめん。別に信じてない訳じゃないよ。僕もダンジョンの主だからね。ツクモって名前だけど、聞いたことある?」

 「ツクモ!? オメーが序のダンジョンの新しい主か?」

 「うん。一応ね。でも、なんで君がそれを知ってるの?」

 「君じゃねえ、チュン太様だ! まぁ、しょうがないから許してやろう。俺の心は海よりも広いからな! これ、魔界の魔王様に教えてもらったセリフなんだ、かっこいいだろ?」


 「う、うん。かっこいいね」


 チュン太はなかなか話を進めてくれないな。

 体は小さいけど、態度は大きいようだ。

 

 「それよりも、なんで俺が知ってるか、だったな。俺の子分たちはザブル地方の半分とリアス地方の大部分に情報を集めに行ってるんだ。自分で言うのは嫌だが、俺は弱いからな。情報を得て冒険者の奴らから逃れてたんだよ。その情報のうちに、お前の話もあった。今から会いに行こうと思っていたら、偶然ザブルの森で会えたんだもんな。ラッキーだぜ」


 やはりここはリアスじゃないのか。


 《ザブルの森》。確かアンナさんに見せてもらった地図に書いてあったな。

 リアスとザブルを隔てる山脈の、ザブル側の麓に位置する大森林。広さ的には《霜月の森》と《暁の森》を足して二倍にしたのと同じくらいの面積だった気がする。

 でも、『仁のダンジョン』がこの近くにあるとは知らなかったな。


 「会いにきたって、一体どうしたの?」

 「お前のとこで、人魔共存区を作るんだろ? 俺も仲間に入れてくれ」

 「え? そんな事まで知ってるの? もしかして、ビギナータウンにもチュン太の部下がいるのかな?」

 「まぁ一応な。お前たちがただのネズミだと思って見逃してるのは、大体がレッサーラットっていう俺の子分だ。魔力を隠してるからわからないだろうけどな」

 「本当に凄いね。今、君が仁のダンジョンの主だって信じたよ。じゃあこれからよろ……」

 

 と言いかけたところで、ガブリ、と足を噛まれた。

 

 「いたっ、どうしたの?」

 「今信じた、とは一体どういうことだー 全く、新参者のくせに生意気なやつだ。俺の方がダンジョンの主として二十年は先輩なんだからな?」

 「わかった、わかったよ。ごめんね、チュン太」

 「分かればいい。それで、さっきから気になってたんだが、そこに寝てる腕なしの人族はナニモンだ?」


 チュン太が視線を移した先には、未だ眠り続けている日本人転移者がいる。

 名前もわからないまま、ただただ起きるのを待つしかないのかな……


 「あの子は、元魔神代行者だよ。チュン太の情報網なら知っているだろう? どうも誰かに操られてたみたいで、僕が両腕を切り落として助けたんだ」

 「いや、両腕を切り落としたのは、助けたって言うのか?」

 「……まぁ、そうだね。でも、それ以外に方法が見つからなかったんだよ。出血も多くて、なるべく早く誰かの支配から解放させてあげるにはこれしかなかったんだ。今は多分貧血で寝込んでるんだと思うけど……」


 そう言うと、チュン太はピョンピョンと、駆け足で寝ている日本人転移者の元へと向かった。

 少年の体によじ登り、顔色を伺っている。


 「今はそっとしておいたほうが……」

 「このままにしとくとこのガキは死ぬぞ? お前、人間の脆さを知らないな?」

 「え?」


 「お前は回復魔法を使えるようだから知っていると思うが、回復魔法は万能じゃない。折れた骨と外傷、そして筋肉の結合崩壊は治せる。だが、失われた四肢、それに病気と呪いは治せない。このガキは今まさに、病気によって衰弱していってる。傷口から悪い奴らが入り込んだかもしれない」


 チュン太は少年の顔を見ただけで、昏睡状態の原因を発見した。

 小生意気なネズミかと思っていたけど、そっち方面のスペシャリストなのかもしれない。


 「じゃあどうすれば……」

 「こいつはあの代行者なんだろ? 助けた後に、村の連中からとんでもない非難を買うぞ? 村の呪いが解けたって聞いたし、そしたら連中は代行者だったこいつを断罪しようとするかもしれないが、どうするつもりだ?」


 日本人だから助けたいと思った、と言う点もある。

 でも、自分の意思とは違った行動を五十年も強制させられてきた、この少年が可哀想だから助けてあげたい。

 そして、今まで魔族を救ってきた時と同様に、助けた命は僕が責任を持って預かる。

 人族でも魔族でも、それは変わらない。


 「僕がダンジョンに連れて帰るよ。それに、この子は色々と知ってそうだからね。情報はチュン太も好きなんだろ?」

 「ったく。あの幻獣がお前に惚れ込んだ理由も分かるぜ。よし分かった。このガキはお前との友好の証として俺が助けてやろう。少しお前の魔力をもらうが、いいよな?」

 「うん。もちろんだよ。ありがとね、チュン太」


 チュン太に手招きされて、寝ている少年の体に手を当てる。

 チュン太は心臓部分に噛みつき、何やらじーっとしていた。

 でも、噛まれている部分から血が出てこない。

 代わりに溢れ出してきている、フレイヤの聖域のような優しい光。


 それにしても、チュン太はフレイヤの事まで知っているみたいだ。

 こんなに凄い魔王といい関係を結べてよかったよ。

 争わずに仲間が増えたのは久しぶりかもしれないな。

 

 「じゃあ、お前の魔力を流し込め。出来るだけ優しくな」

 「分かった」


 手のひらから、『生命授与』を行う感覚で魔力を流し込む。

 チュン太のものよりも荒々しい青白い魔力が、少年の心臓部分に向けて流れ込んでいるのが視認できる。

 少年の足りない血を魔力で補っているような感じだろうか。


 そして、数秒間、魔力を流し込む間に、僕の知らない記憶の断片が頭に流れ込んできた。

 

 薄っすらと見えたのは、貧乏で食べる物もない16歳の少年の姿。

 自殺をしようとしていた時、突然まばゆい光に誘われ、知らない地へとやってきた、悲しい記憶。

 そして、白い羽を持った人が、少年の頬に優しく口付けをし、そこから意識は暗闇の中へと消えていった。


 本当に断片的な記憶。何が起こったか、白い羽を持った人が何を言っていたかなどは何も聞こえなかった。

 でも、少年の心は常に泣いていた。

 それはアスカルシスに来る前も、来た後も変わらない。

 元々神様の僕でも、悲しいと感じられる程だった。


 「よし、もういいぞ」

 

 チュン太に指示され、手を離す。 

 すると、少年が薄っすらと目を開いた。


 「大丈夫? 無理しないでね」


 「俺は……」

 「お前は二人のダンジョンの主に助けられた運のいい奴だ。だから、感謝しろ」


 優しくない言葉だが、チュン太なりの優しさが込められている事は分かる。

 少年には分からないだろうけど、今はとにかく状況に混乱しているようだ。

 

 両腕を失って、上手く体が起こせない少年を優しく支えて、立たせてあげた。

 少年は、無くなった両腕を確認すると、落胆はせず、どこか嬉しそうだった。

 そして僕を見つめて、言葉を発した。

 

 「あなたが……、その、俺を?」

 「うん。腕のことはごめんね。でも、無実の日本人が救われてよかったよ。あ、僕の名前はツクモで、そこのネズミ君がチュン太だよ」


 ネズミ君とはなんだー、とチュン太が猛抗議している。

 やっぱり、どことなくウィンディに似てるな。

 

 すると、少年は頭を深く下げて、少量の涙を零した。


 「本当に、本当にありがとうございました。ツクモさん。俺、訳の分からないままこっちに連れてこられて、誰かにずっと操られてて……」

 「分かってる、分かってるよ。でも、これからは僕の仲間だ。だから安心して。それで、君の名前を教えてくれるかな?」


 少年は頭を上げ、笑顔で名乗った。


 「俺、西川幹太にしかわかんたです。こっちだと、カンタですね。助けてくれて、ありがとうございました」


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