第37話:寝坊助な魔神様
フレイヤのいる所へ戻ると、拳に血を着けていないライオスがシンジの試合を興味深そうに見ていた。
「お疲れ様、ライオス。試合どうだった?」
「ん、主人殿でございますか。勝ちましたよ。殺さずに気絶させました」
返事はしてくれたけど、視線は僕に向いていない。
シンジはそれほど良い戦いをしてるのか。
「おー」
と、思わず感心してしまった。
僕の目では追いつける速さ。でも対戦相手は完全に翻弄されている。
「くっ、シンジのくせに」
「文句言ってないでその場から動いたらどうだ? 俺の姿も見えないくせに、ツクモの旦那をバカにしやがって」
ああ、どうやら何かあったらしい。
しかも僕の事についてだ。シンジは無駄に忠誠心が強い。
まぁ、視力を戻してあげたから、恩義は感じていて当然だけども。
「くそっ、「
対戦相手が強化魔法を使ったぞ。
反則ではないけど、地力じゃないから少しずるいよな。
攻撃強化が乗った木剣の一撃がシンジめがけて力強く繰り出される。
その一撃を易々と往なしたシンジ。
見事な動体視力だ。さすがは門番。
「じゃあもう終わらせるぜ」
そう言ったシンジが木剣の柄で対戦相手の腹を殴った。
「ぐ……」
あー、痛そうだ。下手に剣の部分で殴られるより痛いだろう。
かわいそうに。
「勝者、門番シンジ!」
「「「「「「うぉー」」」」」」
相変わらずの熱気だ。
シンジはそれに堂々と手を振って答えている。
僕よりも男らしいじゃないか。僕が弟子になりたいよ。
舞台を降りてきたシンジが、飼い主を見つけた子犬のような顔をして走ってきた。
「どうでしたか、俺の試合?」
「すごかったよ。なかなかやるじゃないか」
よっしゃーと言いながら喜ぶシンジ。
純粋な男の子だなぁ。
って、忘れかけてたけど、僕は用事があるんだった。
「シンジ君、疲れてる所悪いけど、魔神様が祀られている場所ってどこか知ってる?」
「ん? 旦那も魔神教に興味があるんですかい?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどね。ちょっと用があってさ」
「……もしかして、儀式のこと、知っちゃいましたか?」
シンジが急に怖い顔になった。でも怒っているとかそういうのじゃなくて、何かを悲しんでいるような表情。
もしかして、生贄の対象の事を……
「うん。さっき、ね」
「………俺は、魔神様が好きじゃないです。妹を選んだあの邪神のことなんて……」
もしかして、弟子入りっていうのはそういうことだったりして……
でも儀式は今晩のはずだ。間に合う訳がない。
きっとそれをわかった上で何かをしなくちゃ気が収らなかったんだろう、
あんなに明るかった表情の裏には、こんな想いがあったなんて……
僕は相変わらず人の気持ちを察するのが下手なようだ。
「安心して。僕がその魔神様とやらに話を着けに行くからさ。だから場所を教えてくれる?」
「本当、ですか? でも旦那なら……」
すると、またいつもの明るい表情に戻った。
希望を得たような、そんな表情。
「魔神様はリアス湖に祀られています。でも、代行者しか魔神様を呼び出せないって聞いたことがあります」
「「リアス湖!?」」
ウィンディと同時に驚いた。
なにせ、ウィンディはリアス湖本体だ。
今ここにその精霊がいるんだから、この話の胡散臭さは急上昇。
一体何がどうなっているのやら。
僕は武闘大会を棄権し、リアス湖へと向かった。
ライオスに事情を話したら、ダンジョンで試合をしてくれるなら、という条件で許してくれた。
帰ったら魔王様と戦うのか。魔神よりよほど気が重いよ。
「ウィンディ、リアス湖に神格化されるような魔族はいたっけ?」
「いえ、そんな魔族はいませんよ。ただ寝坊助な3姉妹はいますけど……」
「それって、前に話してた真魔獣王?」
「はい。水竜です。性格も寝起きも悪いです。だから私が精霊じゃなければいじめられてました。湖内の魔族からは嫌われてますよ?」
ライオスとは大違いな連中もいたもんだ。
みんなから慕われていた魔獣王と、寝てるだけの3姉妹。
そんな水竜たちが、果たして生贄を求めるんだろうか?
ますます胡散臭い宗教だ。
走って移動したので5分もかからずにリアス湖に到着した。
僕はなぜだか方角が地図を見ているかのように分かる。
でも、的確に分かるのは、行った事のある場所だけだ。
「なんだか懐かしいね。まだ1週間くら前の事なのに、もう1年くらいたった気がするよ」
「本当ですね。色々ありましたからね。私はツクモさんに出会えて幸せですよ?」
「そう言ってくれると嬉しいよ。ありがとね」
久しぶりに温かい水が頬に飛んできた。
ウィンディも照れ屋さんだな。
「じゃあどうやってその3姉妹を呼ぼうか? ウィンディは何かいい案ある?」
「私が行ってきてもいいですけど、私程度が使える魔法の威力だと起きてくれないかもしれません。本当に寝るためだけに生きてますから、あの子たちは」
寝てるためだけに生きてるって、それってもう死んだ方が早いんじゃ……
「じゃあ僕が行ってくるよ。でも、息継ぎができないな……」
「それでしたら、私がツクモさんの顔の周りの水を操作していましょうか? 人間でも呼吸ができる程度にならできますよ?」
「本当に! ウィンディはやっぱり凄いね。助かるよ」
「い、いえ。私はこれくらいしかできませんよ。もう、ツクモさんったら、褒めてもなにも出ませんよっ」
ペシンっと小さな手で頬を平手打ちされた。
照れてるんだろうけど、叩かなくてもいいじゃないか……
「じゃあ行こうか。夕方までに魔神様を連れて戻らないといけないからね」
「え!? それじゃああの3姉妹を……」
「そのつもりではいるよ。戦力はあるに越したことはないからね」
「つ、ツクモさんがそういうならいいですけど……」
ウィンディは魔神様を仲間に迎え入れるのに反対みたいだ。
でも魔族とのコネクションはは広げておきたいし、それにいつ人族が攻めてくるかわからないし……
アンクスが死に際に上のお方って言ってたのも気になる。
多分もう少しでギルドマスター死亡の事は各地に知れ渡るだろうし……
また厄介ごとに巻き込まれるのはやだなぁ。
「ツクモさん、顔色悪いですけど、ちゃんと呼吸できてますか?」
「う、うん。呼吸は大丈夫なんだけどね、ちょっと嫌な未来の可能性を考えてて……」
「ツクモさんなら大丈夫ですよ。ライオスもいますし、それに嫌ですけど3姉妹が加わればかなりの戦力です。ですからご安心を」
「そうだね、ありがと、ウィンディ」
またウィンディに慰められてしまった。
全部言わなくても僕が何を考えてるのか理解してくれてるし、本当に大切な仲間だ。
今はかなりの速度で水中を泳いでいる。
湖底に足をつけて歩くよりも泳いだ方が早い。
泳げるか心配だったけど、身体強化の効果は絶大なようだ。
足で軽くけるだけで数十メートル進む。
逆に力の調節が難しい。
「ウィンディ、本当の湖底の辺りにいるのかな?」
「はい。大体このあたりにいるはずですよ。周りに魔族がいないのがその証拠です」
確かに、ここには魚も魔物も魔獣もいない。
とても静かで、永眠するにはもってこいの場所だ。
「この長いのが水竜です」
「ん? どこにいる?」
「この下全体、ですね。一見すると湖底に見えるかもしれませんがただ長い事寝すぎて土を被っているだけです」
ウィンディの言う通り、本当によーく見ると、湖底が盛り上がっているように見える。
このデカイ蛇みたいなのが水竜か……
真魔獣王とはいえ、3体もいる。
多分合わせてライオス1.2人分くらいの強さだろう。
これは勝てるのか?
「ウィンディ、僕の体にしがみついてて。そうすれば魔法の影響を受けないと思うから」
「もちろん! 喜んで!」
今まで何も考えずに魔法を使ってきたけど、よく考えてみると、「
でも敵にはちゃんと攻撃として通る。
つまり、自分の発動した魔法ではいかなる場合でもダメージを受けない、と言う事だ。
だからウィンディにしがみついててもらえば、もしかしたらダメージを防げるかもしれない。多分だけどね。
「じゃあまずは試してみるから、体がビリビリしたら教えてね」
「はい。分かりました」
ウィンディは僕の首に抱きついている。
なんだか嬉しそうだ。
まずは弱めの魔力で「
「大丈夫そう?」
「はい。何も感じませんよ」
よし、じゃあ本気でいくか。
雷魔法の威力を高めて、「
いつも通りの重い一撃を最大の魔力を込めて準備する。
「今僕の下にいるのは1匹だけだよね?」
「はい。残りは近くで寝てると思いますけど、ツクモさんの一撃だと全員起こしちゃうかもしれませんね」
まぁそれはしょうがない。
もう3対1で戦う心構えはできている。
でも一応支援魔法は使っとくか。
「
よし、準備完了。
ゼウス様、今度こそ僕にご加護を下さい。
「いくよ、ウィンディ」
「はい!」
おーーーーーーー
右手の拳に魔力をさらに集中させると、周辺の水が煮えたぎってきた。
そして同時に、水中にも関わらず雷がバチバチと音を立てている。
物理的な力も乗せて、本気で殴る。
オラーーーーーーーーっ
ズッドーンっという爆発音とともに、
「グぎゃーーーーーーー」
という女の子の悲鳴が水中に鳴り響いた。
や、やりすぎた、かな?
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