第33話:ルナルド村
少し吹っ切れた僕は「霜月の森」に到着。
森の中でも特に優しそうだった二角兎たちに「生命授与」を発動していく。
もう慣れたのか、昨日よりもいいペースで作業を進められた。
進化した兎たちは予測通り魔人になり、兎耳がついた可愛らしい少年少女に変化した。
数はおよそ60。このくらいいないと増員の意味がないだろう。
種族名はラビットエンジェリア。確かフレイヤもホワイトエンジェリアだったから、元は同じ種族だったのかもしれない。
小さな二本の角が生えていて、髪の毛も肌も真っ白。目は相変わらず紅色だった。
驚きだったのが、人間の大人サイズに変化した個体がほぼいなかった事。
みんな身長150センチくらいで、イツビよりも少し大きいくらいだ。
一人だけ170センチくらいある美人が生まれて、その子を群れのリーダーにした。
名前はスノウ。真っ白だったし、兎と言ったら雪だと思った、安直な名前の由来だ。
スノウは群れを率いてビギナータウンに向かってくれた。
そして僕とウィンディはルナルド村へと向かっている。
村全体が魔神教に染まっているらしくて、魔族は歓迎されるんだとか。
こちらとしてはありがたいけど、なんだか過激組織な匂いがして、少し不安だ。
ビギナータウンから歩いて1時間ほど、そしてウィンディと出会ったリアス湖から歩いて20分ほどの位置にある大きな村。
その周辺には牧場があって、畑もある。
そして何より、村から大きな魔力を感じる。でも性質がなんなのかがいまいち分からない。
ダンジョン復活の影響はこの地域にも及んでいるようだ。
そしてたどり着いたのは大きな木の門。
警備をしているんであろう青年が僕を睨んでいる。
なんだか怖いけど、見た目は普通だ。
半袖の布の服に普通のズボン。そして珍しい黒髪。
とても宗教で狂っている村民だとは思えない。
「すみません、この村に入りたいのですが……」
すると門番が超至近距離まで迫ってきた。
やっぱり少し頭のおかしい人なのかな……
「ん、よく見えねえな」
「え?」
「俺は目が悪いんだ。悪いが名乗ってくれ」
なんだ、目が悪いだけか。変人だと思ってごめんよ。
「僕は序のダンジョンの主のツクモと言います。この村の偉い人に話があってきました」
なんだかテンパって普通に名乗ってしまった。
ダンジョンの主なのを先に言っても大丈夫だったのかな。
「ダンジョンの主!? じゃあおめえが魔族を復活させてくれたんか?」
「ま、まあ、一応そう言うことになるね」
顔が近すぎてすごいつばが飛んでくる。
でも我慢だ我慢。
「証拠を見せてみろ! 怪しい輩は俺が排除する」
すると青年が少し距離をとった。
戦闘態勢をとっているが、方向が全くあっていない。
目が悪いのに離れたら見えないだろうに……
「証拠って言われてもねぇ、ウィンディ、どうすればいいかな?」
「私に任せてください」
するとウィンディが肩から消えた。
どこに行ったのかと思ったら、戦闘態勢をとっている青年の肩に乗っていた。
「ちょっとあんた、私はリアス湖の精霊様なんだけど、ここを通してくれないかしら?」
「ん? どこから声がしてる? 誰だ、精霊様の名前を名乗る不届き者は!」
なんだかこの青年が可哀想になってきたよ。
こんな目の悪い子になんで門番をさせているんだか。
人選ミスにも程がある。
「こっちよ、あんたの肩の上よ」
「なっ、嘘つけ! 俺にはおめえの姿なんて見えないぞ!」
いやいや、見えないのは自分のせいだろう。
しかし、この青年の目の悪さはどうやったら治るだろうか?
回復魔法とかで治るのかな?
一応試してみるか。
ゆっくりと青年に歩み寄って、肩に優しく触れる。
「だ、誰だ!? 俺とやろうってのか?」
「いいから落ち着いて。今、回復魔法をかけてあげるから」
「な、うそつけ。どうせ呪いをかけるんだろ!? 俺はもう目に呪いを受けてるんだ。そして前回も同じ手口だったからもう騙されねぇ」
なんだ、呪いか。
しかし全てを懇切丁寧に説明してくれるとは、意外と頭が悪いのかもしれない。
付喪神として仕事を始めたばかりの頃の自分を思い出すよ。
助けるはずの道具たちのバカにされて……あぁ、嫌なことを思い出した。
「
「お、お、おおおおお! なんで見えるんだ!? お前がやったのか?」
「お前って、ツクモさんになんて口を聞くの!」
ウィンディの言葉と同時に、空中に大きな水槌が生成された。
ああ、可哀想な青年。
「ぐわっ」
青年の体が宙を舞った。
そして顔から綺麗に着地。
全く、ウィンディは短気だな。
「あーあー、ウィンディ、もう少し落ち着いてくれよ。昨日も言っただろ?」
「で、でも、この男はツクモさんのことを……」
ウィンディには何を言ってもダメだ。
もう流石に理解してる。僕の敵だと認識するとまるで全自動の警護ロボのような働きをしてくれる。
本当の敵に対してならありがたいけど、今みたいな状況の方が多い。
昨日はアラーアネ達と喧嘩してたって聞いたし、困ったもんだ。
倒れている青年に、無言で回復魔法をかけてやった。
「大丈夫かい? うちの精霊が乱暴してごめんね」
「あなたは、魔神様、ですか?」
「え?」
ウィンディに殴られた事なんて全く気にしていない様子。
器が広いのか、ただのバカなのか。
それに僕が魔神様って……
「俺の呪いを解いてくれるなんて、魔神様しかできないと言われてましたから」
呪いを解いてくれる魔神様、か。
でもそうしたら誰が呪いなんてかけてるんだろうか?
解けるってことは、魔神様本人かな?
それにしても、青年の目がキラキラと輝いている。
どうやら急に信仰の対象になってしまったようだ。
「ごめんね、僕は魔神様じゃないよ。でもダンジョンの主だ」
すると青年が起き上がった、と思ったら土下座をし始めた。
「ご無礼をお許しください。ダンジョンの主だと言うことは信じました。俺でよければ、村長のとこまで案内させてください!」
「え、えーと。じゃあ、お願いできるかな?」
「うっす!」
ルナルド村はいたって普通の村だった。
予想していた通り、そこまで背の高い建物はなく、基本的には木造の家が立ち並んでいる。
町のようなお店はないけれど、オンボロ屋台みたいな露店は所々にある。
もう少し整備をすれば、村じゃなくて町にもなれるんじゃないだろうか。
広さ的にはビギナータウンと大差ないし、人口も多い。
それに宗教的な建造物なんかは見当たらない。
あるとすれば、村の中心部にあったキャンプファイヤーのようなものだけ。
でもそんなものはどこの村にもあるとウィンディが言っていた。
ウィンディは湖に長年居たから、情報はかなり古いけどね。
その中央の広場の近くに大きな屋敷がある。
それがこのルナルド村の村長の家。
多くの人が出入りしているから、集会場のような役割を果たしているのかもしれない。
「ここが村長の家です。ちょっと話通してきますね」
あの青年の名前はシンジ。まるで日本人のような名前だ。
黒髪だし、何か縁があるんだろうか?
昔の神様が地球から数人攫ってきたのかもしれない。
地球の神様もたまにどこからか人を引き抜いてきていたし、あり得る。
確か昔フランスで革命を起こしたナポレオンはガジリストって世界から連れてこられた一般人だったはず。でも地球的に来たら英雄並みの人物になった。
世界移動で起こる、アレが原因だろう。
「あんまり宗教的雰囲気がないみたいだけど、ウィンディはどう思う?」
「そうですね……でも村の人たちは何かに怯えているように見えますよ?」
「え? 例えばどんなかん……」
「お待たせしました。案内しろと言われたので、ついてきてください」
「う、うん」
皆が怯えている、か。それは気になるな。
しかしウィンディはよく気がついたもんだ。
僕なんて何も分からなかったのに、情けないな。
村長は会議室のような部屋で待っていた。
周りには数人の偉そうな人たちが座っている。
僕はVIP対応されているのだろうか?
「どうもこんにちは。私はカツラギと申します。このルナルド村で村長を務めている者です」
挨拶をしてくれた普通のおじさん。ヒゲが生えていて、たくましい体つき。
そしてやはり日本人のような名前と黒髪。
周りにいるおじさん達も日本人らしい顔つきをしている。
「こんにちは。突然押しかけてしまってすいません。僕は序のダンジョンの主をしている、ツクモと申します」
「ツクモ様、でございますか。私のバカ息子の目を治してくれたそうで。歓迎いたしますぞ」
シンジのお父さんなのか。
あまり似てないけど、仲は良さそうだ。
「ありがとうございます。本日はお話があって来たのですが……」
「それは、ビギナータウンでの騒動と関係があることですかな?」
この村長は色々と知っているみたいだな。
これは吉と出るか凶と出るか。
「はい。現在、ビギナータウンには元奴隷の50人が住んでいるのですが、町の運営には少々人手不足でして、お力添え頂けないないかなーと」
すると村長と他のおじさんたちが小声で会議を始めた。
断られちゃうのかな。僕、交渉なんてした事ないし……
「それは、具体的には一体どう言う形での協力なのでしょうか?」
「え、えーと。この村との交流、そして、できるなら何人か人員として派遣していただきたいです。僕の最終的な目標は人魔共存区を作る事なので」
全員が驚愕の表情を浮かべた。
そしてまた会議が始まる。
これはいい返事がもらえるかもしれない。
「つまり、このリアスが人族と魔族が共存できる地域になる、と言う事であっていますか?」
リアス、ってなんだろう。
「ツクモさん、リアスはこの地域の名前ですよ」
ああ、ありがとうウィンディ。なんだか前にも同じようなことがあった気がするな。
「その通りです。ルナルド村の方々は魔族に偏見を持っていないと聞いたので、ぜひご協力いただければと思いました」
すると、場に沈黙が訪れた。まずかったかな?
何が不味かったのか分からないけど。
「……とても興味深く、魅力的なお話ですね」
「じゃあ……」
「ですが、我々の信仰対象である魔神様のお許しがないとそれは聞きかねます。今晩、魔神様の代行者と話をしてからのお返事でよろしいですか?」
神の代行者……僕は地球で何人もそういう存在を見てきた。
流石に付喪神を代行しようとする人はいなかったけど、雷神様の代行者は知っている限りで200人以上はいた。
つまり、それは嘘。でも宗教の信仰者にそれを伝えることは不可能だ。
なんたって、信者はそれを頼りに生きていることが多い。
下手に否定すれば、敵意を向けられてしまう。
これは難しいな。多分、その代行者を名乗る奴がこの村の影の支配者。
村長でも下せない判断をできるのは、つまりそう言うことだ。
「分かりました。ではまた明日ここに来ますね?」
「お早い決断ができず、申し訳ありません。それと、明日は魔神祭があるので、ぜひ皆様でお越しになってください。儀式は夕方に始まるので、午前中に来ていただければ村の催し物をお楽しみ頂けると思います」
祭り、か。
神のために捧げる祭りは大きく分けて二通りある。
ただただ騒いで神を喜ばせる、いいお祭り。
そして、謎の使命感から贄を差し出す、僕たち神が全く望んでいない祭り。
代行者の存在といい、どうにも悪い予感しかしない。
「分かりました。では数人連れて来ますね」
「高位の魔族の方々とお会いできるのを楽しみにしています。お気を付けてお帰りください」
「はい。ではまた明日」
村長の家の外では、シンジが待っていてくれた。
「ツクモの旦那! 俺を弟子にしてください!」
「え? いきなり?」
開口一番、お疲れ様、とか言われるかと思ってたらいきなりの弟子の申し出。
旦那って、少し嬉しいけど、弟子ってつまりなんだ?
「俺も旦那みたいに人を助けたいんです!」
すごいキラキラした目で懇願されている。
でもその目の奥には何やら硬い決意があるような感じだ。
困ったな、僕はあんまり鍛錬とかしたことないし、スキルなんて弟子に教えられるものでもないし……
結構本気の頼みみたいだし、僕なんかじゃ不釣り合いだ。
ここは断ろう。
「え、えーと。僕は弟子を取らない主義なんだ。だから、その、ごめんね?」
「お、俺じゃ、力不足、ですか?」
「いやいや、そう言うことじゃなくてさ。と言うより、僕はシンジ君がどの程度の強さなのか知らないしさ」
「な、なら、俺が明日の武闘大会で優勝したら弟子にしてくれますか?」
武闘大会があるのか。
午前中からの催し物の1つなんだろう。
でも、シンジは門番を任されてるくらいだからある程度は強いんだろうし……
あ、ライオスでも連れて来て武闘大会に出てもらおうかな。
「その武闘大会は、僕の仲間でも参加できるのかな?」
「もちろんです。魔族も人間も誰でも歓迎ですよ」
「じゃあ、僕の一番の部下に勝てたら弟子にしてあげるよ。それでいい?」
「マジですか! 俺、頑張ります!」
これで弟子の心配はなくなった。
シンジには悪いけど、僕はこれ以上厄介ごとを抱えたくないからね。
この村はどうも怪しい雰囲気がするし、1つのことに集中しないと。
「それじゃ、また明日ね」
「はい! お待ちしております、旦那」
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