第32話:増築されたダンジョン

 翌朝、朝起きるとまた目の前にイツビが丸まって寝ていた。

 でもウィンディはいない。今日は窒息せずに済んだようだ。

 それにしてもイツビは、全く。「偽装フェイク」がなければ下着姿なんだと思うと、少し戸惑ってしまう。


 「イツビ、起きて」

 「……もう食べられないよ〜」


 なんか可愛い。でもウィンディが来る前に起きてもらわないと、怒られてしまう。

 イツビの体を優しく揺すると、むにゃ〜 と言いながら目を覚ましてくれた。


 「おはよ、ツクモ」

 「おはよう、イツビ。今日も一緒に街に行く?」

 「うん! いくよ!」


 多分聞かなくてもついてきていたんだろう。

 昨日も人間達を興味深そうに見ていたし、人族の言葉を教えてあげれば友達ができるかもしれないな。僕は完全にスキル頼りだから教えられないんだけどね。

 

 今日の朝ごはんは野菜が中心だった。

 トレント達がダンジョンの17階層の一角に畑を作ってくれたおかげだ。

 スキルを使って太陽光なしで色々と栽培できるんだとか。

 一晩で野菜が作れるなら、外で畑を作ればもっと効率が上がるだろう。


 ちなみに、ダンジョン内部は比較的明るい。

 イツビの部下のグレーターフォックス達が率先して「鬼火」を威力調節してばらまいてくれている。 

 それにトレント達の中には「小光ライト」を使える者もいて、基本的に誰かが部屋を明るくしてくれている。

 

 そして部屋割りも一晩でだいたい決まった。

 17階層は完全に作業空間。アラーアネの居住空間以外は全て畑と牧場、そして作業部屋に割り当てられた。


 16階層は自然の多い公園のような空間になっている。

 みんなで集まれるような場所、とウォルにお願いしたところ、噴水が真ん中にある草原を設計してくれた。噴水はウィンディのアイデアだ。自分からやってくれたので、こっちも助かった。

 テーブルや椅子はウォル達が作って、草原や木々はフレイヤ達が生成してくれた。

 分岐している小部屋を全て大広間とつなげたので、かなり広いスペースになっている。

 今朝はアラーアネの女の子達がみんなでキャピキャピしながらピクニックをしていた。

 ちゃんとみんなが喜んでくれる場所ができてよかったよ。


 18階層はトレント達の居住空間。ほとんど森といってもいい位の木々が生い茂っていて、ダンジョンにいた他の魔獣達も結構住んでいるみたいだ。

 

 19階層と20階層はまだ手をつけてない。そして18階層にもまだまだ空き部屋があって、魔族の子達を受け入れる体勢は万全だ。

 人間達が過ごせるような施設も作ってもらおうかな?

 昨晩、アレクはウォル達の部屋にいたみたいだけど、やっぱり魔族と人間は色々違うよな。

 

 まぁ、なんにしても一晩でここまでできたのも、魔族の子達のおかげだ。

 僕やイツビが寝ている間に何もなかった階層にここまで色々な施設ができたんだもんな。

 感謝しないと。そして、僕も働かないと。


 ダンジョン全体を見学した後に、昨日と同じ3人を連れてビギナータウンに向かった。

 フレイヤはトレント達を連れて農作業を開始。

 ライオスは戦力になりそうな魔族を森で厳選している。

 そして、僕の仕事は人間との交流。ついでに他の地域の情報収拾もしないとな。


 ビギナータウンに着くと、ガンジさんが門で出迎えてくれた。

 

 「こんにちはガンジさん。街の方は大丈夫ですか?」

 「はい、それはもちろん。皆、いつもよりいい寝床につけて大喜びでしたぞ」

 

 もう街はもぬけの殻だしな。

 好きな家で寝泊まりできたみたいだ。

 

 「それはよかったです。ですが、50人だと少々人数が少ないですか?」

 「それはそうですなぁ。街の整備は元々我々だけで行なっていたので、問題はないのですが、今のままですと、畑仕事や酪農に手を回せません」


 致命的な人員不足。やはり魔族の子達をこっちに回すべきか。

 でもトレントとアラーアネ達はダンジョンに住み始めちゃったし、人型の数を増やすとなると、また「生命授与」からスタートか……


 「わ、分かりました。人員の確保はこちらで進めておきます。ガンジさん達は、それが魔族でも構いませんよね?」

 「ええもちろんですとも。昨日も言った通り、わしらは魔族に偏見を持っておりませぬ故」

 

 そう、ガンジさん達と多分だけど他の街の奴隷で魔族を毛嫌いしている人は少ないはず。

 だけど、だからこそ人間の数を増やすのが難しい。

 でも人間がある程度いないと、この地域はただの魔族が支配している地域だと思われてしまう。

 これは大変かもしれない。


 「この街、いえ、魔族と交流してくれそうな人族っていますかね?」

 「んー、おお。そういえば、ルナルド村には魔神教と言う宗教があると聞いたことがありますぞ。あの村は中々村民も多いので、あわよくばこちらへ移住してくれる者もいるかもしれません」


 ルナルド村……ああ、僕の生まれ故郷だと言ったあの村か。

 エルフの森と山脈に囲まれたこの地域では、ルナルド村とビギナータウンくらいしかない。

 つまり、ルナルド村との交流ができれば、この地域はもう、人魔共存区じんまきょうぞんくと呼んでも過言ではない! 

 よし、目標が定まったぞ。

 

 「アンナさん、僕は一旦霜月の森に行って人材を確保してからルナルド村を見てこようと思うんだけど、この後のこと頼めるかな?」

 「はい。お任せください。ですが、ルナルド村では少しだけ気をつけてくださいね」


 気をつけて、か。元神の僕が言うのもあれなんだけど、宗教団体はたまにいきすぎることがあるからな。あまり粗相のないようにしよう。

 

 「ツクモ! 私はアンナとここにいたい!」

 「イツビも? 分かったよ。じゃあ二人とも、丸投げで悪いけど、よろしく頼んだよ」

 

 「「はい!」」



 多分子供達と遊びたいだけのイツビと、頼りになるアンナさんに全てを任せて「霜月の森」に向かった。

 本当のことを言うと、僕はこの後どう言う風にしてビギナータウンを運営していけばいいのかが分からない。

 僕はダンジョンに住んでるわけだし、ビギナータウンを支配しようとも思わない。

 だから人族の方々に全てを決めてもらうのがいいんだろう。

 これは決して逃げじゃない。うん、決して。


 「ツクモさん、難しい顔をされていますけど、大丈夫ですか?」

 「大丈夫、だよ。でも、今後どうやって活動していけばいいのかが難しくてね」

 

 つい弱音を吐いてしまった。でもウィンディだし、僕の事を分かってくれているだろう。


 「うーん、魔族だけなら力があればついてきてくれるんですけどね」

 「人間は難しいよ。僕は元々神様だったから人間社会についてあまり詳しくないんだ。だから人族と魔族の両方に受け入れられるようになるにはどうすればいいのかが分かんないんだよ」

 「でも、ツクモさんは今でもどちらにも愛されてますよね?」

 「え? そうかな?」


 僕の事を慕ってくれてるのは魔族の子達と、元奴隷の人達だけ……って、そうか。奴隷だって普通の人間だ。

 なら今までの方法でも理解してくれる人間はいるのかもしれない。

 それに敵対してくる勢力は必ず出てくる。

 この前のギルドもそうだ。絶対に全員が同じ意見で落ち着くことは、限りなく低確率。

 なら僕らしい方法でやって、ダメなら分かってもらえるまで対話をすればいい。

 それでもだめならしょうがない。

 ただ、魔族の虐殺がこの世界から消えれば目的は達成なんだ。両者がバランスのとれた数になれればいいだけのこと。

 難しく考えすぎていた。


 「ありがとウィンディ! 少し分かった気がするよ」

 「はい。如何いたしまして」

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