第30話:街に残された奴隷たち

 「お、終わった~」


 200人の名付けが終了した。

 空はまだかろうじて青い。

 もう少しで夕方になりそうだ。

 

 マジックトレントたちはみんな同じくらいの身長。そして男50人、女150人という結果になった。

 やはり女性比が高い。誰かに呪われてるのかもしれないな。

 みんな草木で編まれた服のようなものを着ていて、それは服なのか? と聞いたところ、そうではないらしい。

 着脱可能な体の一部なんだとか。

 因みにフレイヤが進化した直後に服来ていたように見えたのはそれが原因。

 イツビやアリスたちは普通に全裸だったけどね。


 今はとにかく急がなきゃいけないから、マジックトレントのことはフレイヤに任せてきた。

 なんだか今日は丸投げしてばっかりだ。

 でも今日のメインは次の目的地、ビギナータウンだ。

 アンナさんの推測が正しければ、今まちは混乱に包まれてるはず。

 なんせ奴隷として働かせられていた人たちしかいないらしいからだ。


 だから一応色々とアンナさんに聞いておく。


 「アンナさん、街の人たちは魔族に抵抗ある?」

 

 全裸の蜘蛛たちに抱きつかれても何1つおかしな言動をしなかったアンナさん。

 今日の活動で唯一落ち着いていた。

 でも、きっと町のことが気がかりでしょうがなかったんだろうけど……


 「もし、街にいる人が奴隷だけなら大丈夫です。私も一応奴隷として区別されていましたので、その辺は理解しています」


 奴隷か。アンナさんはギルドの受付で人気者だったのに奴隷だったんだもんね。

 この世の中がよくわからないよ。

 

 「それならよかったよ。中には建築とか畜産の知識がある人とかいるかな?」

 「はい。奴隷はツクモさんが街で見なかったことを全てやらされていましたから。私の待遇はまだよかった方ですよ?」


 なんだか複雑な感情だ。

 こういう時、普通に明るく返事していいんだろうか?


 悩んでいると、イツビがピョンっと僕たちの前に飛び出した。


 「畜産ってなーに?」


 無邪気な子供のような質問。でも少し助かったよ。

 

 「畜産っていうのは、動物を飼育して食べ物にしたり、毛皮をもらったりすることですよ? 例えばケルンなんかが有名ですね」

 「ケルン! ケルンのお肉が食べたくなっちゃった!」


 もはや畜産への興味は失われたみたいだ。

 流石はイツビ。食欲は誰にも負けてない。


 「きっと近いうちに食べられますよ。ツクモ様によーくお願いしておいてくださいね?」

 「わかったよ! ツクモ、よろしくね!」


 アンナさんはイツビにもとても優しい。

 今の所は仲間内で目立った問題がなくて何よりだよ。


 「うん。もうちょっとしたら食べられるよ」


 もうちょっと、か。でも多分街に食料はない。

 住民が全員移動したなら、その分の食料が必要になるはずだ。

 だったら持って行っているだろう。


 そのためには畜産も進めないといけないけど、こればかりは魔族に知恵がない。

 きっと牧場みたいな場所はあるんだろうけど、テキトーに飼育なんてしたら動物に悪いだろうし。

 

 そんなことを考えていると目的地のビギナータウンに到着。

 でも以前と違って門番の人は立ってない。

 

 なんの躊躇いもなく、門をくぐり、街に入った。


 「これこそまさに、もぬけの殻、だね」


 街には人影が全くない。

 賑やかに並んでいた露店も全てなくなっており、本当に1日で全て撤去したのか、と疑いたくなるような光景だった。


 「アンナさん、奴隷の人たちはどこにいるの?」

 「そうですね……多分ギルドの地下にいるかもしれないです。あそこには牢獄があるので」

 「牢獄!?」


 なぜギルドの地下にそんなものが……とは思わない。 

 あのアンクスのことだ、僕のように疑わしき新人を投獄していたんだろう。

 それに反発した奴隷の人たちも。


 「確かなことはわかりませんが、行ってみましょう。私についてきてください」


 3人でゾロゾロとアンナさんについて行く。

 向かった先は懐かしい冒険者ギルド。でも賑やかだった内部には誰もいない。


 僕たちは入り口で待っていて、アンナさんが鍵を探しに行った。

 にしても牢獄の入り口はどこにあるんだ?


 「ありました。これが鍵です」


 ジャラジャラと音を立てているたくさんの鍵。

 その中の一本、銅色の鍵をアンナさんが持っていた。


 「じゃあ早速行こうか? でも入り口はどこにあるの?」

 「ギルドマスター室です。受付の裏の階段からいけますので、行きましょう」


 確かにそこには一度も入ったことがない。

 それにしてもギルドマスター室の真下に牢獄を作るなんて、悪趣味だ。

 受付カウンターを通って、階段を上がる。

 そして階段の壁にはたくさんの魔族の剥製が飾られていた。


 言葉を失うイツビ。

 ウィンディは平気そうだけど、同じ種族の生首が壁に掛けられてたら、そりゃ嫌だよね。


 階段を上がって右にあるギルドマスター室。そこにある暖炉には小さな鍵穴がついていた。


 「ここが入り口?」

 「はい。隠し扉のようになっています。ここならば誰にも見つからないので、奴隷たちを処理しようとするならば、ここに連れてきて餓死させるのが手っ取り早いと思ったのでしょう」


 淡々と説明してくれるアンナさん。

 言っていることは残酷だけど、アンクスの気持ちになってみないと、奴隷の人たちを救えない。 

 隠されてるんじゃ元も子もないからね。


 カチャっと鍵が解錠される音がする。

 そして開かれる暖炉、中に並べある木も全て偽物のようだ。

 

 暖炉があった場所に現れたのは石でできた階段。

 とても古びた階段で、全くもって手入れがされていないことがわかる。

 

 1段降りるたびに舞う砂埃。

 そして階段には無数の足跡がついている。


 「やっぱりいるみたいですね……」

  

 心なしかアンナさんの声が安堵している気がする。

 それもそのはず、奴隷たちは殺されていてもおかしくはなかった。


 階段を下りきった先、どうやら通路になっているようだ。

 「小光ライト」を発動して、様子を見る。

 すると50メートルほどの通路が伸びているのが視認できた。


 光を発動させている僕を先頭に、通路を進んでいく。

 通路に沿って牢屋が設置されているのかとも思ったが、そんなことはなかった。


 そして現れる大きな鉄扉。

 重そうだが、「身体強化」がレベルMAXの僕には関係なかった。

 ギィィ、と錆びついた音とともに、扉が開く。

 

 そして落ち着いた態度を見せていたアンナさんが急に走って僕の前を行った。


 「ガンジさん。いますか? いるなら返事してください」


 必死に呼びかけるアンナさんの声が、扉の先にある大広間に響き渡っている。

 続いて僕も部屋に入り、「小光ライト」を天井付近に1つ発動させる。


 そこには50人余りの鉄枷をかけられた人たちが地面に倒れていた。


 「ウィンディ、この人たちの生命の確認をして。イツビも息をしてるかどうかだけお願い」

 「わかったわ」 「わかったー!」


 もしかすると手遅れかもしれない。

 とにかく倒れている人に駆け寄って、生存の確認をする前に回復魔法を最大出力でかける。

 そして「特殊回復キュア」もかけていき、急いで次の人へ。

 

 「アンナさん。そっちの人たちの容態は?」

 「まだ息はあります。ですが衰弱しているようで……」


 間に合ってくれよ。

 そう思いながら、必死に牢獄内を駆け回る。

 回復魔法に状態異常の回復、でもまだ起き上がってくれる人はいない。


 「ツクモさん! もしかしたら呪いかもしれません」


 なるほど。それは思いつかなかった。

 やるだけやってみよう。


 「聖域セイクリッドフィールド


 僕を中心に、部屋全体が優しい光に包まれる。

 フレイヤのよりは効果が薄いだろうけど、確か呪いなら解除できるって言ってたはずだ。


 「ツクモ! この男の子が目を開けたよ!」

 「今行く!」


 やはりウィンディの推測は正しかった。

 まずは一人目。この調子で全員起きてくれればいいんだけど……


 「君、大丈夫かい? 僕の言ってること分かる?」

 「…………ん………僕は………はっ、お母さんは?」


 少年が勢いよく起き上がった。

 お母さんがいるのか?


 「この中にいるの?」

 「……わかんない、です。ごめんなさい殴らないで、ごめんなさい殴らないで。なんでもしますから許してください」

 

 え、大丈夫なのか、この子は?

 

 「殴ったりしないよ。落ち着いて。僕は君たちを助けに来たんだ」

 「……え、でも………僕は奴隷だよ?」

 「そんなことは関係ないよ。とにかく目を覚ましてくれてよかった。どこか痛いところとかない?」

 「い……痛いとこは……ない、です。でも………なんで?」

 「さっきも言ったけど、君たちを助けに来たんだ。これからは安心して暮らせるように約束するよ」


 男の子の頭を優しく撫ででやる。

 きっと心の傷が深いんだろう。

 

 「貴様、わしの孫に何するつもりじゃ!?」


 突然後ろから罵声が飛んできた。

 どうやら他の人も目を覚ましてくれたみたいだ。

 でも誤解を解かないと。


 「僕は……」

 「ガンジさん! その方は悪いお人ではありません!」

 

 アンナさんが擁護してくれた。

 この人がさっき呼んでたガンジさんか。

 一番年寄そうだけど、みんなのまとめ役かなんかかな?


 するとガンジさんが驚いてアンナさんの方を振り返る。


 「あ、アンナ。お主どうしてこんなところに?」

 「良かったです。生きててくれて。私はこのツクモ様に助けられたのですよ。だからその人は決して悪人なんかじゃありません。今、みんなを助けたのもツクモ様です」


 アンナさんに諭されて、冷静さを取り戻したガンジさん。

 そして僕の方を向くと、土下座してきた。


 「も、申し訳ない。命を救ってくださった御方にこのような無礼を。この命は差し上げますので、どうか他の者は……」

 「ガンジさん! だからツクモ様はそんなお方じゃないって言ったでしょ!」


 なんだか古い漫才みたいだ。

 でもここは笑っちゃいけない場面だよね。我慢我慢。


 「アンナさん。大丈夫だよ。この状況に困惑しないほうが逆に不思議なくらいだしね。それにガンジさんは必死にこの子を守ろうとしたんだ。それは賞賛に値するよ」

 「つ、ツクモ様……」


 するとウィンディが肩に戻ってきた。


 「流石はツクモさんですね! 底なしの器量です」

 「あはは……ありがとね」


 ウィンディは最近よく怒るけど、同時によく褒めてくれる。

 でも、まだまだ褒められるのには慣れてないんだよね。

 どうしても照れてしまう。


 そして土下座の体勢だったガンジさんが起き上がった。

 

 「本当に申し訳ないことをしました。まだお若いのにその器量、そして優しさ。感激いたしました」


 深々と頭を下げる老人。

 実は若いって言っても、300歳超えてるんだけどね……


 「そ、そんな。それは過剰評価ですよ」

 「いえ、わしはあなた様のような人はこの78年の人生で見たことがありませぬ。助けていただき、誠にありがとうございました」

 「いえいえ。こちらも頼みたいことがあったわけですし、完全な善意とは言い切れませんから」

 「頼み、でございますか?」

 「はい。でもここではなんですし、続きは地上に上がってからにしませんか?」

 「了解致しました」


 僕らが話し終わる頃には、他の奴隷の人たちも起き上がっていた。

 なぜかみんな羨望の眼差しで僕のことを見ている。

 魔族の子達と同じようだ。

 そしてこの集団の中に二人魔族がいた。

 どちらもキャット族。二人とも女性で、アンナさんほどではないが、美人だと言える。

 この子たちはダンジョンに住んでたほうが気楽かな?


 みんなが階段を上がった後に、僕が階段を上がる。

 唯一の光源の僕が最後にすることにした。


 元奴隷のみんなは外に出れて嬉しそうだ。

 ギルドの外に出ると、大きく体を伸ばしている人がいっぱいいた。

 それもそうだろう。呪いをかけられた上に、あんなに篭った空間に1日以上いたんだ。

 普通の人だったら閉塞感に耐えきれなくて精神崩壊を起こしていてもおかしくはない。

 でもみんな何かしら心に傷を負っているみたいだ。奴隷として辛い思いをしてきたんだろう。 

 この人たちのケアは僕が率先して行うことにしよう。

 僕もライオスのようになりたいからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る