第29話:復活した「霜月の森」

 アラクネと蜘蛛娘御一行はライオスに丸投げして「暁の森」を出た。

 きっと帰る頃にはライオスがみんなを連れてダンジョンに来てくれるだろう。

 それにしても災難だった。

 全裸の女の子たちに抱きつかれたり茶化されたりで、なぜかウィンディは「水槌」を僕に向かって乱発するし、イツビはそれを見て笑い転げていた。

 まだ最初の目的地だったっていうのに、随分と疲れたよ。


 「次は「霜月の森」でしたよね?」

 「そうだよ。でもウィンディ、今度は暴れないようにね」

 「あ、暴れてなんか…………あれはツクモさんが悪いんです!」

 「ぼ、僕のせい!?」


 仲間が増え始めてからというもの、ウィンディは僕に対して怒る回数が増えた気がする。

 始めは二人だったから、色々と妬いてるのかな?

 精霊だけどやっぱり子供みたいだ。


 「暁の森」から「霜月の森」まではそこまで遠くない。

 でも徒歩では30分以上はかかる。

 今のスピードだと1時間はかかるだろう。

 

 ウィンディとイツビと話をしながら歩き続ける。

 すると以前にも増して神々しい「魔」の魔力に包まれた森に到着した。


 「暁の森と比べてやっぱりこっちの方が優しい魔力だね?」

 「そうですね。フレイヤのような回復系の魔族が多く発生してるんじゃないでしょうか? ほら、あの兎とか」


 ウィンディが指し示す方向には一角兎……じゃなくツノが2本生えている兎がピョンピョンと跳ねていた。

 きっと一角兎の上位種だろう。やはり発生する魔族の階級が聞いていた話とはだいぶ異なっている。

 どれも魔獣以上だ。


 何はともあれ、とにかくフレイヤの現在地を聞いてみよう。

 「暁の森」でも森の入り口にいたフォレストサウラーにライオスの位置を聞いて、早く見つけられたし。


 ピョンピョンと跳ねている二角兎に話しかけてみる。

 「こんにちは。今、フレイヤがどこにいるかわかる?」

 「あ、こんにちは。あなたが「序の主」様ですか?」


 優しい子供のような声だ。

 フォレストサウラーは結構荒い口調だったのに、大違いだな。


 「そうだよ。フレイヤに話とか聞いてる?」

 「はい! フレイヤ様から案内するように言われてますよ。ついてきてください」


 すると森の中に向かって進み始める二角兎。

 愛くるしい光景だ。


 「あの兎、可愛いね! ダンジョンに連れて帰りたいよ!」

 

 イツビも気に入っているらしい。

 でもその言い方だとまるでペットにしたい、みたいな言い方だな。

 まぁ気持ちは分からなくもない。

 でも森にいる魔族の子達はできる限り森にいさせてあげたいな。


 「もしあの子が望んだらね。それに、イツビには可愛い子分たちがいるだろ?」

 「そう言えばそうだったね! 帰ったら私が名前をつけてあげるんだー」


 忘れかけてたな。まぁでもやる気になってくれてるのはいい事だ。

 名付けをするということは完全な主従関係を結ぶってことだよね?

 本当に子分にするつもりなんだな。


 昨日まででは考えられないような落ち着いた会話をしていると、森の中心部にたどり着いた。 

 でも今回は結界は張られておらず、切り株にフレイヤが座っていた。

 その周りには小鳥や魔獣たちが群がって休んでいる。

 さらには、木々の隙間から差し込む日差しが白銀の髪の毛に反射されて、とても神秘的な光景となっていた。


 「フレイヤ、お疲れ様」

 「ツクモ様。遥々お越しいただき、ありがとうございます」


 心が落ち着く優しい声。何度聴いても飽きない。


 「フレイヤの森はライオスの所とは随分違うよね? なんだかこっちにいる魔族の子達の方が落ち着いている感じがするし」

 「それは私たち、管理者の魔力に影響されてるものですね。なので「霜月の森」にいる子達はみんな援護や回復系統のスキルや特徴を持っています。比べて、ライオスさんの方は攻撃的なものが多いですね。多分それが理由だと思いますよ?」


 なるほど。だからあっちにいた蜘蛛女たちは随分と肉食系だったんだな。

 てことはここの子達はみんなフレイヤのように優しい性格の持ち主。

 これは期待できそうだ。


 「この森の魔族は何か得意なこととかあるのかな? 例えばウォルみたいな建築とか」

 「そうですね……農作業、とかではどうですか? 作物の成長を促進できる子達ならあそこにいますよ」


 フレイヤさんが指差した先。そこにはただの木しかなかった。


 「あの木?」

 「はい。あの木です。マジックツリーという魔獣ですよ」


 え、あの木が魔族なのか。てことは森には結構数がいたりして……


 「ちなみにあの子たちは動けるのかな?」

 「ええ、動けますよ。あの形は所謂、擬態ですからね。呼んでみましょうか?」

 「頼むよ」


 するとフレイヤが軽く手を上げる。

 声をかけるかと思っていたけど、そうではないらしい。

 魔族にはいつも驚かされてばかりだ。


 フレイヤの合図に応えるように、3本の木が動き出す。

 と言っても木の側面から小さい木が出てきた感じだ。

 ちゃんと手足がある。でも枝みたいに細い。と言うか枝だ。


 「お呼びですか? フレイヤ様」

 

 やって来た3人のマジックツリーたち。高さ的には僕と同じくらいかな?


 「こちらのツクモ様があなたたちにお願いがあるみたいなので、聞いてあげてくれますか?」 


 フレイヤにそう言われると、マジックツリーたちは膝をついて頭を下げた。


 「これは「序の主」様。我々に再び命を与えてくれたこと、心から感謝いたしております」


 ウォルと同じパターンの魔族か。それだったら話は早い。


 「僕も君たちが生き返ってくれてよかったよ。魔族の子達はみんな大切だからね」

 「そのような勿体無いお言葉を頂けて、感無量でございます」

 「そんな。そこまでのことじゃないよ。それで、頼みがあるんだけど……」

 「なんでもお申し付けください。主様のためならば、どのようなことでも」


 まだ言い終わってないのにOKがもらえたぞ。

 よかった。しかも蜘蛛たちみたいにみんながみんな女じゃないみたいだし、少し安心だ。


 「ありがと。じゃあ君たちには農作業を手伝ってもらいたいんだけど、いいかな?」


 僕の言葉に、マジックツリーたちは頭を上げた。


 「農作業、でございますか?」

 「うん。多分この調子で魔族が増えていくと食料の供給が間に合わなくなりそうだから、自分たちで作らないとね。それに人間を養うことになるかもしれないからさ……」

 「人間!? 魔族である我らが人間と共存するのですか?」


 驚くのも無理はないだろう。魔族と人間は元々そういう間柄だったはずだ。

 でも昔はどうだったのかわからない。魔族の子達は襲われなければ攻撃したりしない、ってライオスが言ってたし。共存も可能だったはずだ。


 「そのつもりだよ。僕は今そのために行動してる。人と魔族が共存できる地域を作ろうと思うんだ」


 少し興奮して、大きな声で言ってしまった。

 静まる場の空気。これが白けるってことなのか?


 「そ、それは素晴らしいお考えでございます。異論はありません」


 再び深く頭を下げるマジックツリーたち。

 これは予想外の返事だ。

 色々事を進める前に「序の主」になれてよかったのかもしれない。

 

 「でも無理強いはしたくないから、嫌だったら言ってくれよ?」


 そこへフレイヤが割って入ってくる。

 

 「大丈夫ですよ、ツクモ様。この子達も良い人間と悪い人間がいることくらいは知っております。現にツクモ様は人間でございますしね」


 言われてみれば僕は人間だ。

 元神様だけど一応人間だ。


 「そう? だったら頼めるかな?」

 「はっ。喜んでお受け致します。今、他の連中も連れて来ますので、少々お待ちください」


 あ、やっぱり3人じゃなかったんだね。

 でもせいぜい10人くらいだろう。

 そう願ってる。


 「フレイヤ、因みになんだけど、マジックツリーは何人くらいいるのかな?」

 「森全体ですと……200ほどでしょうか?」

 「へ、へぇ……」


 200。蜘蛛たちの4倍くらいか。

 全員に「生命授与」をして名前を付けるとなると…………

 ダメだ。考えたくもない。

 昨日までは森の魔族に「生命授与」をしまくるぞ! とか思ってたけど、これが予想以上に過酷だった。

 毎日コツコツとやっていくしかないのかな……


 避けられぬ未来について考えていると、小さな森が移動しているのが視界に入って来た。

 森に見えるほど多いのか。さすがは200のマジックツリーだ。


 「連れてまいりました。これからいかがなさいますか?」


 ここまで来たらしっかりやる気を出そう。


 「じゃあ一列になって並んで。今から儀式を行います!」

 「了解致しました」


 森が並木へと変化する。

 圧倒的な数のマジックツリーたち。

 そして一人目に「生命授与」をかける。


 光る右手、そして光り輝く小さな木。

 現れたのは枝でできた手足ではなく、人間のようになった新しい姿。

 髪の毛は緑色、よーく見ると葉っぱでできている気がしなくもない。

 体のあちこちに木の節目のような部分がある。一目で木の魔族だとわかる容姿だ。

 因みに一人目は男の子。身長がやや縮んだかな? 160センチくらいだ。


 「気分はどうかな?」


 蜘蛛の子達と同じように体を不思議そうに動かしている。

 どうやら指があるのが不思議な感覚のようだ。


 「す、素晴らしいお力です。感激いたしました」


 この力を褒められる時だけは素直に喜べる。

 なんたって僕本来の能力だからね。

 

 「よかった。じゃあ名前を付けてもいい?」

 「よろしくお願いいたします」


 今回は200だからなぁ。

 地球にあった木の名称を片っ端から並べてくかな?


 「じゃあ君の名前は、スギ……」


 軽い頭痛。でも蜘蛛の時よりも軽い。

 にしてもスギってなんとなく語呂が悪いなぁ。

 まぁしょうがないか。


 個体名:スギ(魔人:下) レベル20 MP250

 

種族名:マジックトレント


スキル:回復魔法レベル5、身体強化レベル2、援護魔法レベル3


パッシブスキル:自然の恵み、擬態、光合成、木の鎧


 パッシブスキルが凄く自然っぽい。

 きっと「自然の恵み」ってやつが農業で役に立つんだろう。

 効果はよくわからないけど……


 「お名前を下さり、ありがとうございます。大切にいたします」


 一人当たりにかかる時間はおおよそ20秒。

 ステータスを見ないでこの時間だから……合計で1時間以上か……


 このままだとビギナータウンにたどり着く前に夕方になっちゃいそうだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る