第28話:復活した「暁の森」

 グレーターフォックス達をダンジョンに残し、最初に「暁の森」にやって来た。

 道順で言うと、ここに最初に来るべきだからね。

 そして、昨日と違って森全体が穏やかな魔力に包まれている。フレイヤが結界を張ってくれたのかもしれない。

 

 「昨日あんな騒動があったとは思えないほど静かですね」

 「そうだね。本当に昨日は大変だった」


 ウィンディの言う通り、昨日は大変だった。でも大きく事が発展してよかったよ。

 魔力量が格段に上昇している森には多くの魔族が発生しているし、どの子達もランク的には魔獣以上。ダンジョンでもそうだったけど、普通はこんなものなんだろうか?


 中でも、森の入り口にいた巨大トカゲには驚いた。


 「アンナさん、あの森の入り口辺りにいたトカゲはなんて魔族だったっけ?」

 「フォレストサウラーですよ。上位の魔獣です」


 流石は元冒険者ギルドのアンナさん。

 ちなみに、昨日の夜に僕にいくつか嘘の情報を教えていたことを聞いた。

 正しい情報によると、人間も真魔獣王をちゃんと魔族のランクとして認識しているらしい。

 それに冒険者のランクのことも。オリハルコンは3人じゃなくてもっといるらしい。それに魔王はアダマンタイト以上なら相手取る事が可能なんだとか。

 僕に色々な階級の力を誤認させて撹乱するのが目的だったらしい。

 まぁ、そのおかげでアンクスに少し手こずったわけだけど。

 ちなみにアンクスは実は水晶石級だったらしい。白金石級の一個上だ。


 「じゃあ、あのコアラみたいなのは?」

 

 森のあちこちにコアラのような魔獣がいる。

 大木には何体も集まってて可愛いけど、大きい。大体1.5メートルほどだろうか?


 「コアラって何ですか?」

 「あの灰色の魔獣だよ。木にへばりついてるやつ」

 「あー。あれはツリーベアですよ。普段は大人しいんですが、攻撃すると死ぬまで反撃されるらしいです」


 それは怖い。可愛い見た目なのに残念だ。

 

 その他にも沢山の魔獣がいる。 

 例えばレッサーアラーネア。大きな蜘蛛だ。

 実はその蜘蛛を今日は優先的に「生命授与」していこうと思う。

 推測だけど、繊維の扱いが上手いはずだ。これから増える人型の魔族のために服なんかを作ってもらいたい。それに布団なんかもあったら最高だ。

 そのためには素材が必要だけど、それはダンジョンにいるデスシープっていう魔獣の体毛で補えるらしい。それに蜘蛛は自分で糸を出せるはずだしね。

 まぁ、無理やり働かせるわけに行かないから、本人達が引き受けてくれればだけど……


 「あ、ライオスがいましたよ」

 

 ウィンディが指し示す方向に視線を移すと、ワイルドなイケメン、魔王ライオスが堂々と立っていた。


 「ライオス、見た感じ森の調子は良さそうだね」

 「おお、我が主人。おかげさまでだいぶ回復しましたぞ」


 嬉しそうだ嬉しそうだ。やっぱり森の管理人としてこの前までの状況は許し難かったんだろう。


 「カリンも元気? 昨日あんまり話せなかったけど」

 「…………」

 「ん? 大丈夫?」


 カリンはこっちを見ようとしない。

 嫌われたかな?


 「おいカリン。主人殿に無礼であろう。返事をしろ」

 「いいんだライオス。何か理由がありそうだし」


 無理やり話をするのは良くないだろう。

 でも昨日ダンジョンに連れて帰った時はちゃんと話せたのに……


 するとアンナさんが僕の前に出ていき、驚きの表情を浮かべた。


 「……お、おねえちゃん?」


 え? アンナさん?


 「お姉ちゃんよね。ほら、ルナルドの林で一緒に暮らしてた」


 え、えええええ。カリンが、アンナさんのお姉ちゃん? 

 確かにカリンはアンナさんを避けて行動してたけど……


 「う、うん。久しぶりね」

 「………お姉ちゃん!」


 走ってカリンに抱きつくアンナさん。だけどカリンは嬉しそうじゃない。


 「お姉ちゃん?」

 「今は、アンナって名前なのよね。無事でよかったわ」


 優しい言葉とは裏腹に、顔は全く笑っていない。

 どうやら問題があるようだ。アンナさんは相当訳ありだな。


 「お、お姉ちゃん。ごめんなさい。私……」

 「いいのよ。別にあなたのせいじゃないのは分かってるわ。でも……」

 

 俯くカリン。そこへ森の戦士が近寄っていく。

 そして、大きく息を吸って、言った。


 「カリン! お前は妹が生きていたと分かったのに、その態度は一体なんだ! 貴様の両親が冒険者に殺されたことは我も良く知っておる。だがそれは口を滑らせたこの女のせいではなく、欲にまみれた冒険者どものせいであろうが! 見誤るでないぞ、それでも我が側近を名乗る気か?」


 おお、迫力のある説教だ。ライオスはこの微妙な状況は見過ごせなかったんだろう。

 僕もその気持ちはよく分かる。悪いのは決してアンナさんじゃない。


 森の戦士、いや、魔王ライオスの言葉に心を打たれたカリン。

 そして妹をそっと胸に抱き寄せる。


 「ごめんね、アンナ。私、やっぱりあなたを恨んでたみたい。でも、ライオス様の言う通りだわ。あなたが生きててくれてよかった。これからはずっと一緒よ?」

 「…………お、お姉ちゃん…………」


 アンナさんが泣き始めた。それに続いてカリンも。

 少し遅れた感動の再会ってところかな?

 にしてもライオスはかっこいいな。見た目だけじゃない。心もイケメンだ。


 「ライオスはすごいね。尊敬するよ」

 「そんなことはありませぬ。我はただ自分の思ったことを言ったまで。主人殿の器量には遠く及びませぬ」


 ああ、自分が惨めに思えてくるよ。

 これこそ本当の謙遜だ。僕も仲間のみんなを精神面からも支えられるようにならないと。


 ◇◇◇


 アンナさん達は少しの間泣きあって、しばらくして落ち着いた。

 感動の再会ってもんはいいね。

 昔に鉛筆を助けた時に親友の消しゴムと再会できて喜んでたのを思い出すよ。

 それと一緒にしちゃいけないんだろうけど……


 「それで、魔族はまとまったかな?」

 「はい。皆快く受け入れてくれました。それと、頼まれていた蜘蛛の連中は一箇所に集めております故、早速向かいましょう」


 なんて仕事が早いんだろうか。

 って言ってももう昼間か。寝坊はするもんじゃないね。


 少し歩くと大きな蜘蛛の巣が見えきた。

 大木の間にある糸の城。そう言っても過言ではないほどの風格だった。

 そしてその巣を埋め尽くす巨大な蜘蛛達。

 蜘蛛の根城って感じでかっこいい。けど多すぎる。


 「何だか随分と多いね」

 「全員が主人殿のお役に立ちたいと志願してきたのですよ。新たなダンジョンの主だと言ったら、皆が二つ返事で快諾いたしました」


 そうなのか。それはありがたいけどダンジョンに収まりきるかな?

 さっき階層を増やしたとは言え、この調子で魔族が増えたら本格的な食糧難に見舞われるぞ。 

 あ、そう言えばどうやって食料を集めるか考えてなかったな……


 「それはよかった。じゃあ早速挨拶してみようかな?」

 

 するとライオスが僕の前に立った。


 「お前達。主人殿が来て下さったぞ。降りてこい」


 「あの人間がダンジョンの主?」「私タイプかも」「えー、でも人間よ?」


 なんだなんだ。随分と騒がしい連中だな。

 しかも女の声ばっかりだぞ……


 「ライオス、この子達はもしかして……」

 「はい。御察しの通り、レッサーアラーアネは女しかいませぬ。ですが糸の扱いには長けておりますので、お望み通りの仕事はこなしてくれるでしょう」


 何だか女性率が高いよね。

 僕とライオスとウォルくらいしか男がいなくなっちゃうじゃないか。

 男だらけでむさ苦しいよりは良いんだろうけど、それはそれで大変そうだ。

 僕の体はどうやら女性に耐性がないみたいだし……


 「こ、こんにちは。僕が「序の主」のツクモです。え、えーと。みんなはレッサーアラーアネであってる?」


 「「「「「はーい!」」」」


 何だか随分と明るい子達だな。

 日本にいた女子高生のようだ。でも女子高生達は物をよく捨てるんだよね。

 新品の物をすぐ捨てるから僕の仕事が増えて増えて大変だった……


 「じゃ、じゃあ、儀式をするから僕の前に並んでくれる? ちゃんと一列になってね」


 「「「「「はーい!」」」」」


 ぞろぞろと大蜘蛛たちが巣から降りてくる。

 どう見ても虫なんだよな……嫌いじゃないから別に良いけど。

 どうも魔族は動物と同じ形な気がする。

 レッサーフォックスもグレーターフォックスもまんま狐だし。

 何か関係があるのかな?


 そんなことを考えてるうちに蜘蛛の大行列ができていく。

 どのくらいいるんだろうか? 50、いや、60以上はいるかもしれない。

 「生命授与」を使うのは容易いんだけど、そのあとの名付けがな……

 まぁ。少し手抜きしてもバレないだろう。


 早速一人目。気合いを入れよう。


 「じゃあいくよ。心の準備はいい?」

 「はい! 身も心もツクモ様に捧げるご用意がありますよ」

 

 誘うような口調にウィンク。

 どうやら僕は人気者らしい。


 「ちょっとー」「抜け駆けは無しだって言ったでしょー」「ずるいわよー」

 

 飛び交うブーイング。これからはダンジョン内が随分と明るくなりそうだ。

 問題にならなければいいけど。


 「みんな、静かに。ちゃんと順番は回ってくるからね?」


 「…………………」


 やっと訪れた静けさ。進化したら少しは落ち着くといいな……


 「じゃあ始めよう。「生命授与」」


 いつも通りに発光する右手。そして蜘蛛型に光が拡大する。

 だんだんと縮小していって、次第に人型になった。

 

 魔人か。魔獣王になるかと思ったけど、これはこれでありがたい。


 「気分はどうかな?」


 光が消えて現れた女性。イツビの時と同じく全裸だ。

 でも違うのは、ちゃんとした大人の女性の体つきだと言うこと。

 目のやり場に困るけど、真正面を向くしか選択肢はない。


 「これは……進化ですか?」


 進化したレッサーアラーアネは自分の手や足をまじまじと見つめている。

 手か足が8本生えてくるのかとも思ったけど、そんなことはなかった。

 目はしっかり8つあるけど、人間と同じいちにある2つ以外は額にある。

 装飾を施しているようで綺麗だ。長めの黒髪とよく合っている。


 「うん。多分魔人に進化したんだろうね。それで、名前をつけてもいいかな?」

 「はい。お願いいたします。ご主人様」


 ご、ご主人様。

 これは新しい呼び方だな。 

 何だか変な気分になる。


 「わ、わかったよ。えーと、君の名前は……アリス………」


 また訪れる頭痛。だけどライオスのを体験した後だと、あまり痛みは感じない。

 ライオスのは本当に酷かった。頭がかち割れるかと思ったくらいだよ。


 そして現れるステータス。

 

個体名:アリス(魔人:下) レベル20 MP200

 

種族名:アラーアネ


スキル:糸術レベル5、身体強化レベル8、毒攻撃レベル3


パッシブスキル:糸の使い手、器用、張り付き、視覚強化


 意外と「身体強化」のレベルが高いな。

 「毒攻撃」もあるし、実は武闘派なのかもしれない。

 それに思った通り、手先が器用みたいだ。

 「張り付き」はおそらく壁に張り付ける蜘蛛の性質のことだろう。

 「視覚強化」は羨ましいな。僕ももう少しくらい目が良くてもいい気がするよ。


 「はい。お疲れ様。できれば糸かなんかで着るものを作れないかな?」

 「もちろんですよ。ですがよろしいのですか? 私はこのままでも……」

 「いいから着てくれ!」

 「うふふ。ご主人様ったら、かわいいんだから」


 ダメだ。悪化してるじゃないか。

 誰かアラーアネをまとめてくれる人を探さないと、僕の身がもたないかもしれない。


 「じゃあ次。どうぞ」


 続々とやってくるレッサーアラーアネたち。

 もう大変だから、アからワを頭文字に、リス、をつけた名前にした。

 アリス、イリス、ウリス、エリスみたいな感じだね。

 それでもまだ15人くらい残ってるのか、困ったな……


 「じゃあ君の名前は……アミ」


 次はアミ、サミ、タミ、ナミのようなパターンで名前を付けていった。

 カミだけは除いたけどね。

 でも、もはや判別不可能だ。

 話す前にステータスを見るようにしないと。

 そして最後の一人。この個体は他と比べて随分と大きいようだ。


 「じゃあ最後は君の番だね。準備はいい?」

 「はい。部下たちが迷惑をかけたようで、申し訳ありません」

 「部下?」

 「私はレッサーアラーアネではなく、タラテクトでございます。一応魔獣王です」


 落ち着いた雰囲気の声。

 他の蜘蛛たちとは違う種類みたいだ。

 それに魔獣王か。魔獣王まで自然発生するようになったのか。

 これは大きな進歩だ。


 「それはごめんね。てっきりみんな同じ種族かと思ってたよ」

 「いえいえ。お気になさらずに。今後もあの娘たちを管理しますので、ツクモ様はご安心くださいませ」

 まるでメイド長みたいな立ち位置の蜘蛛だ。

 心配事が解消されて何よりだよ。


 「じゃあいくよ。「生命授与」」


 一際ひときわ大きな個体のために、一際大きい光が放たれる。

 そして蜘蛛型からだんだんと人型に変わっていき、数秒後には落ち着いた。


 「気分はどう?」


 僕に気を使ってくれたのか、全身に糸を纏ってくれている元タラテクト。

 紫色の挑発に、赤い瞳。額にも小さな瞳が左右3つづつ。

 とても品格のある容姿だ。


 「はい。とても不思議な感覚ではございますが、良好なようです」

 「それは良かった。じゃあ名前をつけるよ?」

 「お願い致します」


 終始丁寧な返事だった。

 この子にはちゃんとした名前を考えてあげよう。

 別にさっきまでの子達が手抜きだったってことじゃ……ない。ええ、決して。

 

 蜘蛛だから、アラクネ、とかでいいのかな?

 アラーアネと対して違わないけど、僕の知ってるアラクネ様は落ち着きのあるお方だったし、この子と似てるな。

 よし。じゃあアラクネにしよう。


 「じゃあ君の名前は、アラクネで…………」


 なかなか強めな頭痛だ。 

 さすがは元魔獣王だね。


個体名:アラクネ(魔人:上) レベル35 MP400


種族名:アトラク・タラテクト


スキル:糸術レベルMAX(15)、身体強化レベル13、毒攻撃レベル7、

    麻痺攻撃レベル7、司令術レベル5

パッシブスキル:蜘蛛の長、超器用、糸の使い手、邪眼、張り付き


 じゃ、邪眼……

 あれかな? ゴーゴン様のような目のことかな?

 だったら怒らせないようにしないと…… 確か同僚の恵比寿様がゴーゴン様に色目を使って石化されたんだっけ。確か50年くらい石のままだったような……


 「アラクネですか。ありがとうございます。頂いた名前、大切にいたしますね」

 「う、うん。気に入ってくれて良かったみたいだよ。それでさ、邪眼っていうのは……」


 僕が問いかけるとアラクネが前髪を捲し上げた。

 使われるのか? 僕は邪眼の餌食になってしまうのか?


 「これの事ですか? 大丈夫ですよ。コントロール出来ますので。それにただの遠隔の麻痺と毒攻撃なので、そこまで危険ではありません」


 え、それは危険じゃないかな?

 見ただけで麻痺と毒を与えられるんだよね。敵だったら恐ろしい。

 ずっと「特殊回復」を使っていても間に合わないかもしれない。


 「あはは……扱いには気をつけてね。それじゃあこれからよろしくね、アラクネ」

 「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

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