2章:

第27話:復活したダンジョン

 フレイヤに作ってもらった草でできた丈夫なハンモックで寝てた僕は、何やらモフモフの感触に包まれていた。

 暖かくて気持ちがいい……


 そんなことを思いながらモフモフを抱きしめる。

 すると何故か息苦しくなってきた。前に体験した事があるような、地上で窒息しかけている時の息苦しさ……


 「ぶはっ」


 勢いよく口から水が飛び出てくる。

 でも前回のように湖の精霊は口から出てこない。

 一体何が……


 「ツクモさん! なんでイツビちゃんを抱きしめて寝てるんですか!」


 イツビ? イツビなら部屋にいるだろう? 

 まだなんとなく疲れてるからこのモフモフに包まって二度寝でも……


 「ツクモさん! いい加減に起きないともっと水をかけますよ!」

 「…………ウィンディ?」


 ゆっくりと目を開く。するとハンモックの上にちょこんと立っている身長10センチほどの湖の精霊。腰に両手を当てて僕を睨んでる。何やらご立腹のようだ。


 「ツクモさん! もうお昼時ですよ。さっさとイツビちゃんを離して起きてください!」

 「……ウィンディ? イツビは部屋にいるだろ?」

 「ち・が・い・ま・す! 今ツクモさんが抱きしめてるのがイツビちゃんです!」


 言われてそっと手元を見てみる。

 すると5つの茶色い尻尾の向こうにちょこちょこと動く2つの狐耳があった。

 

 「え!? イツビ?」


 慌てて体を起こす。

 どうやらイツビが勝手に添い寝してたみたいだ。

 今も自分の尻尾を抱きかかえるようにして寝ている。


 「ふにゃ? ツクモ? おはよー」


 「お、おはよう。イツビ。よく眠れた?」


 「そんな呑気なこと言ってないで早く支度してください!」

 「ご、ごめんよウィンディ。でもイツビがいるなんて……」

 「問答無用です! 今日はいっぱいやる事があるって言ってたじゃないですか!」

 

 怖い。ウィンディが何故か怒ってるよ。寝坊したのが悪かったのかな?

 でもウィンディの言う通りだ。今日はやる事が山程あったはず。

 早く用意して行かないと。


 「そうだね。今日はやる事がいっぱいだ」


 ◇◇◇


 ベッドから降りて支度を済ませる。

 にしても少しお腹が減ったな。昨日は何も食べなかったし、でも確かまだケルンのお肉があったはず……


 「おはようウォル。まだケルンのお肉は残ってるかな?」


 調理場にいたのはストンガーズのウォルだけだった。

 他のみんなはもう仕事してるのかな?


 「おはようでやんす。お肉はほとんどイツビ様が食べちゃったでやんすよ。そんでもって昨日の夜にライオス様が全部食べ尽くしたでやんす。欲しかったでやんすか?」


 え。朝ごはん無し……

 と言うかイツビはどんだけ食べたんだ。軽く20キロ以上は買ってきてたのに。

 それにライオスまで……とほほ。


 「いや、ないなら大丈夫だよ。みんながどこに行ったか分かる?」

 「フレイヤ様は「霜月の森」に出かけやした。ライオス様とカリン様も「暁の森」に昨日の会議の後から行ってるでやんす。アンナ様はダンジョンの中をウロウロしてたでやんすね?」


 アンナさんはいるのか。にしてもダンジョンの中をウロウロって。

 きっと早く行動したい気分なんだろうね。寝坊しちゃって悪かったなぁ。


 「分かった。ありがとね。それとウォルに相談があるんだけど、いいかな?」

 「ん? なんでやんすか?」

 「実はこの隠し部屋って今必要なのかどうかがイマイチわからなくてさ。どうせならダンジョン全体を住処にしちゃってもいいかなーって思ったんだ。ちゃんと防衛できる機能も残して、魔族の発生も促せるような。そして尚且つもっと広々と暮らしたり、施設を作ったりさ」


 僕の提案にウォルが少し難しい顔をして考え始めた。

 ダメだったかな? 確かにダンジョン全体は難しいよね。


 「全体を使うのは可能でやんす。でもどうせならダンジョンの階層を増やすでやんすか? 今のツクモ様なら可能でやんすよ?」

 「階層を増やす!? 一体どうやって?」

 「前にも言ったでやんすが、この前まで階層を増やせなかったのはダンジョンの主が不在だったからでやんす。でも今はツクモ様がダンジョンと主となったので、それは可能でやんすよ。確かボス部屋の中心で主が魔力を注ぎ込めば大丈夫だったでやんす。どれくらい増やせるのかはわからないでやんすが」


 そうか。ダンジョンの階層が増やせれば上はこのままで下に居住スペースを作れるわけだね。 

 でもそうなると移動が大変かな? 今でも毎回毎回地下15階まで徒歩で来てるわけだし。


 「階層を増やしたら移動が大変になっちゃうんじゃないかな?」

 「そんなことはないでやんすよ? ツクモ様は「序の主」のスキルを手に入れたでやんすよね?」

 「うん。そうだけど……」

 「だったら主従関係にある全ての魔族は好きな階段の入り口に飛べるはずでやんすよ? 例えばダンジョンの入り口からこの深層部の大扉まで来れるでやんす」

 「え!? そんな便利な事があっていいものなのかな?」

 「そりゃ、ダンジョンは元々そう言う場所でやんすからね。侵入者を効率よく排除するための魔族専用の要塞みたいなもんだと思いやすが?」


 確かにそうだ。中に住んでいるはずの魔王や「ダンジョンの核」と呼ばれる魔族がいちいち人間と同じ手段で移動するのは割に合わない。

 それに防衛がきちんとできない状況だとただただ数で押されて一瞬で殲滅されてしまうだろう。

 いくら魔王でもボス部屋に500人くらいで押し寄せられたら一溜まりもないからな。

 ダンジョンを設計した人はその辺をちゃんと考えているようだ。


 「なるほどね。筋は通った話みたいだ。じゃあ早速拡張してみる?」

 「はいでやんす! おいらも拡張を見るのは初めてでやんすよ」


 みんなダンジョンを拡張できるはずなのに、なんでやらないんだろう?

 もしかして限界が定まってるとか?

 だとすると限界っていうのはきっと……

 でもまぁとりあえず試してみよう。


 調理場を出てボス部屋に移動。

 なんでボス部屋なんだろうね? 冒険者がつけた名前らしいから間違ってはいないけど。


 「よし、じゃあここで魔力を流し込めばいいんだね?」

 「はいでやんす。頑張ってください」


 よし! やるぞ。

 多分魔力を多く流せばその分だけ増えるんだよな?

 せっかくだから全力でやってみよう。


 冷たい岩の地面に右手を押し当てる。

 そして「生命授与」を使用するような感覚で魔力を使う。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………………


 振動してきたな。よし、もうひと押しだ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………………


 「おわっ、揺れすぎでやんす。ツクモ様、一回様子を見た方が……」

 

 確かに。様子を見た方が良さそうだ。

 一回切り上げよう。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………………


 だんだんと弱まる地響き。

 ああ、そういえばイツビがまだ寝てたんだっけ?

 驚かしちゃったかもな。


 …………………


 「お、揺れがおさまったね。なんか変わったかな?」

 「すごい、すごいでやんすよ! 部屋の端っこを見てくださいでやんす!」


 ウォルが夢中で指をさす方向には新たな階段が出来ていた。

 どうやら成功したようだ。


 「成功だ! 何階層増えたか見に行ってみよう」

 「私も行きます」


 突然、ウィンディが肩の上に現れた。

 いつもは驚くけど、今はそれどころじゃない。

 

 何たって新しい階層だ! 自分が興奮してるのが分かる。

 僕はやはりこう言うかっこいいものが好きみたいだ。

 他の階層と変わらない岩の階段を駆け下りた先には、上のボス部屋の3倍以上はある開いた空間があった。


 「広いね! でも上の階層みたいな迷宮じゃないみたいだ」

 「不思議でやんすね。おいら達にとってはこっちの方が作業を進めやすくてありがたいでやんすけど」


 ウォルの言う通り、僕たちにとって都合がいい。

 もしかしたらダンジョンは僕の意思を汲み取ってくれたのかもしれないな。

 いつも思うけど、一体ダンジョンはどういった存在なんだろうか?


 「まだ階段があるみたいですよ。行ってみましょう」


 ウィンディが指差す方向にはまた更に階段があった。

 地下17階の空間は更に広い。16階の大部屋と同じものと、そこから15階層のボス部屋のような部屋がいくつか分岐して存在しているようだ。

 そして、その階層にも階段があり、最終的に合計で5階層増えたことが分かった。

 でもどの部屋も空き部屋。しかも階を重ねるごとに広くなっていく。

 これならば魔族の数が増えて行っても大丈夫そうだね。


 「3階層くらい増えればいいと思ってたけど、これはありがたい誤算だったね」

 「そうでやんすね。おいら達も燃えてきたでやんすよ!」


 ウォルがそう言うと、小さいウォル達が壁からニョキニョキ這い出てきた。

 なんだか可愛らしい光景だなぁ。


 「じゃあ間取りとか施設の種類とかは完全に任せるよ。でも内装はまだ組み立てないで。もしかしたら助っ人を呼べるかもしれないから……」

 「助っ人でやんすか? でもご命令ならとりあえず間取りだけ整えておくでやんすよ」

 「ありがとね。じゃあ僕はアンナさんを探してから出発するよ」

 「分かりやした。行ってらっしゃいでやんす」


 行ってらっしゃい、か。改めてここが僕の居場所だと感じるよ。

 きっと一人でこんな岩だらけのところにいたら嫌な思いするんだろうけど、魔族のみんながいればそうは思わない。

 つまりここは、僕の家なんだね。


 ◇◇◇


 「アンナさーん。いますかー」


 ダンジョン上層部の迷宮に響き渡る僕の声。 

 隣にはイツビがいて、肩にはいつものようにウィンディがいる。

 せっかくだからみんなで行く事にした。


 「いませんね。それにしても早速魔族が発生してるみたいですよ」

 「魔物、じゃなくて魔獣だよね? きっと。なんだか大きいし、迫力あるし」


 ライオスの魔力が決定打となり、ついにダンジョンに魔族が自然発生するようになった。

 魔物ばかり生まれるものかと思ってたら、逆に魔獣しか生まれてこない。

 尻尾が3本あるグレーターフォックスや体長2メートルほどの狼のようなウルフェン。

 それに全長50センチはある大きな蝙蝠のダンジョンバットが群れを作っている。

 僕らが歩いていても襲ってこないし、逆に頭を下げてくるものもいる。

 どうやら生まれた側から主従関係が成り立っているようだった。


 「でもみんな可愛いよ! この子達なんて私にべったり!」

 

 イツビの後ろには3、4体のグレーターフォックスが列を作って付いてきてる。

 やはり自分たちの上位種だと分かっているんだろう。

 それにしても「生命授与」は使った方がいいのかな?

 でもそうなるとすごく時間がかかりそうだし……あとでにしようかな!


 「友達が増えてよかったじゃないか。みんなのお姉さんとして頑張るんだよ?」

 「うん! 頑張るよ!」


 甘えん坊のイツビが成長するきっかけになるかもしれない。 

 そういえばイツビはレッサーフォックスだったのにいきなりエリートフォックスまで進化したよな?

 他の子達は1段階だったのに……


 「ツクモさん。あそこにアンナがいますよ」

 「お、やっと見つけた。内部の状況がよくわからなくて大変だね」


 今思うとストンガーズに助けてもらった方が早かった。

 壁を移動できるなんていいよなぁ。


 「アンナさん。こんなところで何してたんですか?」


 猫耳の美女はなぜだか壁に手をついて目を閉じていた。

 儀式か何かか?


 「ツクモ様ですか。すいません。お手間おかけしました。少し昔のことを思い出していたもので、ぼーっとしてました」

 「昔のこと? アンナさんはダンジョンにいたことがあるの?」

 「はい。私の故郷はこの「序のダンジョン」ですから。ですがすぐに両親と別の場所に移動したんですけどね」


 へー。知らなかった。キャット族もダンジョンで発生できるんだ。


 「そういえば、両親って言うけど、みんなダンジョンで自然発生したんだよね?」

 「そうです。ですが私たちは人間の家族のような群れを形成します。その中で両親となってくれる上位種が存在するのですよ」


 説明されてイツビに視線を移してみる。

 つまりあれか、イツビはお母さんになったのか?


 「じゃあイツビは……」

 「私はお母さんじゃないよ!」


 察したか。

 でも後ろにいたグレーターフォックス達が少し残念そうな顔をしている。


 「おいおい、その子達が悲しんでるぞ?」

 「え、でも私は…… そうだ、分かった! じゃあみんなを子分にしてあげる!」

 「「子分!?」」


 初めてウィンディとハモった。

 イツビが後ろの子達を子分宣言するとは夢にも思わなかった。

 にしても大きくでたねぇ〜


 「そう。私がこの子達のリーダーになるの! つまりボス狐よ!」


 なぜだか羨望の眼差しでイツビを見つめているグレーターフォックス達。

 いいのか? イツビの子分なんかでいいのか?


 「この子達も同意してるようですし……いいんじゃないでしょうか?」

 「それは、そうだけどさ……」


 アンナさんが大人の対応を見せる。

 まぁ、きっと僕らには到底わからない魅力があるんだろう。

 イツビも一応魔人だからね。



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