第24話:追走劇!? 受付嬢 VS 幼狐&精霊
ドッカーン! 「暁の森」の中心部から大きな爆発音がする。とある新人冒険者とギルドマスターが戦いを終えた頃、森の中腹部では猫と狐の追跡劇が繰り広げられていた。木々を縫うようにして走り回っている狐の少女。そして、彼女の肩には湖の精霊が乗っかっている。
「待ちなさい! もう逃げ場はないんだから!」
二人は現在、主人の命令で猫耳の美女を追跡中だ。だがなかなか捕まらないことに少しづつ苛立ちを見せ始めるウィンディ。それは実際に追尾しているイツビも同様だった。
「もう! 止まってよ! いつまで逃げるの!」
二人がいくら叫んでも走ることを辞めない追われる猫人。まるで人間ではないようなスピードで森を駆け抜ける。
「イツビちゃん。あれって人間かしら?」
「んー。違うと思う。ライオスにくっついて来たあの猫さんに似た魔力だと思うよ」
「ちゃんと名前で呼んであげなさい。ツクモさんがせっかくカリンって名前を付けたんだから」
ライオスの側近だった元キャットソルジャー。
現在はキャットブレイバーに進化した女剣士、カリンのことだ。
そしてここ数時間の間に、とある恋の悩みができたらしい。
「そうだったね。カリンちゃんだ。かわいいよね〜」
「そんな呑気なこと言ってないで、もっとスピード上げてちょうだいよ?」
小さな手でペシペシとイツビの頬を叩くウィンディ。水飛沫が上がるも、叩かれている本人は全く気にしていない様子。そして追跡することに少しずつ飽きを見せ初めていた。
「もう疲れたー。ウィンディがあんなに私をいじめるから悪いんだよ〜」
「あ、あれは訓練でしょ。イツビちゃんのためを思ってのことよ」
「そうなの? それなら良かった! ウィンディに嫌われたかと思ってたよ」
ウィンディのうまい口車に乗せられ、両手を上げて喜ぶイツビ。気の抜けようといい、会話の内容といい、とても敵対する者を追跡している雰囲気とは思えない様子だ。
「そんなことあるわけないでしょ。分かったらさっさとスピード上げてちょうだい?」
「分かったよ! じゃあ本気で行くからねー」
そう言って強く地面を踏み込むイツビ。その短い溜めで、先程までの速度がただのウォームアップだったと思わせる走りを見せた。
「やれば出来るじゃない。近づいたら私が縛り上げるから、ただ走ることに集中しててね」
「了解だよ! ツクモに頼まれたことだから頑張ってやらないとね!」
「だったら最初から……」
文句を言いかけたウィンディは途中で言葉を止めた。それは走ってくれているイツビに対しての敬意からくるものではなく、呆れによるものだった。
やる気を出したイツビは更に加速し、ターゲットとの距離を確実に縮めていく。
「ほら、もうちょっと。木にぶつからないようにね」
「大丈夫大丈夫。狐は元々森にいたんだから!」
言葉通りに木を避けて走り抜けるイツビ。ダンジョンで生まれたはずの彼女が、何故森での行動に長けているのか、とウィンディは疑問している様子だった。
そして目的までおよそ50メートルの距離。
「もう大丈夫よ。ここからは私がやるわ」
ウィンディがその小さな手を掲げると、極太の水縄が出来上がる。
そして水操作を駆使しての投擲。その縄は見事に逃走者の体をとらえた。
「きゃっ」
可憐な悲鳴が森に響く。急に失った勢いのせいで、地面に頭から着地してしまった。身動きが取れなくなる猫人の女性。そして、すぐさまイツビが追いついた。
「やっと捕まえた。走るの大変なんだからね?」
「…………」
「黙ってないで、なんとか言ったらどうなの?」
幼女二人に問い詰められる猫人。体を二人の方向に向け、俯いている。
そして、その正体は毎日ツクモが癒されてる受付嬢。
「確か、アンナって名前よね? あんた魔族?」
「…………」
「聞いてんだから、答えなさいよ! それに私は精霊よ? 場合によってはあんたを……」
「ご、ごめんなさい」
突然謝り出すアンナ。縄で拘束されたまま頭を地につけて深く謝罪する。
「そ、そこまで謝らなくても……」
「ウィンディ言い過ぎ!」
「ちょ、イツビちゃん……私が悪いの?」
敵対している者にとる対応だとは思えない二人のやりとり。そしてイツビは何故だかウィンディを睨みつけていた。
すると、頭を下げていたアンナが顔を上げた。その顔には少量の涙が浮かんでいる。
「わ、私は……ツクモ様を騙していました……」
「そんなのは分かってるわよ。精霊をなめないで。私はずっとツクモと一緒にいたのよ?」
驚愕の表情を浮かべるアンナ。そしてなぜかウィンディは誇らしげだ。
「で、あんたは一体どういう状況下にあるわけ? 正直に話してちょうだい」
「……嘘に聞こえるかもしれませんが、私はギルドマスターのアンクスに脅されておりました……」
「それは、どういうこと?」
目に涙を浮かべて何かを思い出しているアンナ。そして息を1つ大きく吸うと、何かを決心したような表情をして、語り始めた。
「私には5年ほど前に人間の女の子の友達がいました。ルナルド村の村娘で、小さかった私は毎日のようにその子と遊んでおりました。村の近くの雑木林に住んでいたので、その子は私の所に毎日のように遊びにきてくれたのです。ですが、ある日。冒険者の集団がやって来ました。魔族を殲滅するためです。タイミング悪く、その子は私と一緒にいました。そして見つかってしまったのです。あのギルドマスターに。そして奴は私にこう言いました。「この事を黙っててやるから、俺に他の森にいる魔族の情報を渡せ」、と。それに女の子の命を守りたいのなら俺の配下になれ、とも言われました。幼い私に選択の余地はありませんでした。要求を飲み、両親から引き離され、雑木林に残っていた仲間たちは皆殺されてしまいました。それに私が全てを喋ってしまったがためにこの5年間でこの周辺の魔族の殲滅が激化してしまったのです。そして極め付けが人魔判定で判定不能の結果を出したツクモ様を騙す事。新人冒険者へのレッスンという名目で、いくつか嘘の情報を教え込んだり、アンクスに襲撃犯を送り込むタイミングなどを教えていました。それに……「序のダンジョン」で怪しい動きがあるかもしれないと……」
そこまで話して口を止めるアンナ。ウィンディは理解したように聞いていたが、イツビはどうやらほとんど分かっていないらしい。口をポカンと開けて停止している。
「だいたい事情は分かったわ。だったらあんたは助けてあげる。ツクモさんは魔族の守護者となるお方ですからね」
「それは……本当なのですか? 私はてっきりアンクスの憶測に過ぎないと……」
「あのギルドマスターはそんなに頭がキレる訳? 一体どこで疑われたのやら」
敵の情報分析能力に思わず感心してしまうウィンディ。そしてイツビはいまだに混乱している。
「私も知っていることは全てお話しします。命を助けて頂けるのであれば、忠誠も誓いましょう」
再び頭を下げるアンナ。だがその猫耳が萎れていない。
「忠誠なんて。私たちの主人はそんなもの好まないわよ。それはあんたもよく知ってるでしょ?」
ウィンディが笑いかける。そして体を縛っていた縄を解いてやった。
「そうですね。ツクモ様は不安になるくらい純粋なお方です。話して少し気が楽になりました。ありがとうございます、精霊様」
涙声で返事をするアンナ。縄が解かれた事を確認すると、ゆっくりと立ち上がる。
「私はウィンディって名前よ。ツクモさんに付けてもらった大切な名前なんだから」
「ちなみに私はイツビだよ!」
状況を理解していないが、明るくなった雰囲気は分かったイツビが元気よく挨拶した。そんな二人を見て少し笑みを浮かべ、再び頭を深く下げた。
「ウィンディ様にイツビ様。感謝いたします」
その大きな瞳からは大玉の涙がこぼれ落ちている。体を震わせ、自身の状況を理解してくれた二人に感謝を示していた。
「そんなに泣かないでって。あのアンクスって奴ならきっとツクモさんが倒してるわよ。なんたって魔王を配下にしたお方なんですもの」
「そうだよ! ツクモはとっても強いんだから! 私が保証するよ!」
涙を細く美しい指でそっと拭うアンナ。
笑顔で迎え入れてくれる二人を目にして自身も笑顔になる。
それは5年間悩まされ続けていた呪縛から解き放たれ、安堵している表情だった。
「はい。私もそう思います!」
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