第20話:騙し合い
日が沈みゆく夕方。数名の冒険者がビギナータウンにある、とある部屋を訪れていた。
「調査依頼の報告に参りました」
「ご苦労。で、どうだった?」
部屋に灯るのは蝋燭一本の光のみ。しかし、あらゆるものが光り輝いている豪華絢爛な部屋で冒険者たちを待ち構える男。
初心者の街にあるとは到底思えないその部屋には沢山の魔族の剥製が置いてある。
「暁の森にて魔獣王の活動を確認。ですが霜月の森では幻獣の結界が確認できませんでした」
「それはいったいどういう事だ?」
「どうやら討伐された、もしくは移動した模様です。魔族の姿は全くといっていいほどありませんでした」
その言葉を聞いた男は鍛えられた腕をソファの背もたれへとかける。
「霜月の森か……俺には心当たりがあるかもしれない。その他何かないか?」
「帰り際に暁の森の方から戦闘音が聞こえました。魔獣王のものと思われる雷撃や火炎が視認できましたので、何かがあったかと思われます」
そして男は難しそうな顔をして考える。
「そうか。では今夜、緊急依頼を発令する。目標は魔獣王の討伐。そしてお前たちはあの新人を共に連れて行け。言ってる意味、分かるだろ?」
「了解しました。魔族の排除は我々の仕事ですので、お任せください」
パーティーのリーダーだと思われる男が胸に手を当て頭を下げる。
そして仲間4人を連れて部屋を去っていった。
「お前の方も行けそうか?」
不気味に蝋燭の光が揺れる誰もいないはずの暗い部屋。
だが男は誰かに問いかけた。
「ああ。殲滅だよな?」
「そうだ。上にバレる前に事を片付ける。失敗は許されない」
「俺が失敗するはずないだろ? お前はあの若い連中の後を追うのか?」
「そのつもりだ。あいつらは所詮捨て駒。対象を見極めてから全員狩る」
「相変わらずだな。じゃあお互い頑張ろうぜ」
未だソファーに座り続けている男。
そしてその後ろにある窓からもう一人の人物が外へ出て行った。
「さて、俺も準備するかな」
◇◇◇
月が空に上りきった頃、白い和服を着た新人冒険者が冒険者ギルドの受付を訪れていた。
「こんばんはアンナさん。これが今日の採取分です」
「遅くまでお疲れ様です。ツクモ様。それにしてもその髪の毛はどうしたんですか?」
「それが、少しドジってしまいまして……」
「大丈夫ですか? 採取でも落石などには気をつけないとダメですよ?」
ああ。アンナさんは優しいなぁ。
今日の戦闘での疲れが洗い流されるようだ。
「はい。心配してくれてありがとうございます。今日は何ポイントになりましたか?」
「今日は10……」
「緊急依頼発令。緊急依頼発令。街への攻撃を目論む「暁の森」の魔獣王を討伐せよ。繰り返す。「暁の森」の魔獣王を討伐せよ」
え、こんな夜遅くに緊急依頼!?
それに魔獣王って、ライオスのことだよね?
でも今は森にはいないはず……
ってまずいんじゃないか、これ?
今すぐ行ってなんとかしないと。
「緊急依頼ですね。このギルドに加盟している全冒険者が強制出動となります。ご帰還されて間もないのですが、参加願えますか?」
強制参加か。
だがどうすればいい……
「だ、大丈夫です。それは1人で行っても平気ですか?」
「熟練の冒険者ならそれが認められるんですが、今回はそこにいる金石級の冒険者さんたちにご同行していただくことになります」
アンナさんが酒場の方に視線を向ける。
そこには高級な装備をつけた5人組の冒険者がいた。
同行者がいるのか、動きづらいな。
でもなんで金石級がこんな初心者の街に……
「はい。わかりました。ですがその前にトイレに行っても大丈夫ですかね?」
「それくらいなら大丈夫ですよ。ですがなるべく早めにお願いします」
鉱石の入った袋を受付のカウンターに置き去りにしてトイレへと駆け込んだ。
「ウィンディ。森にイツビを連れてきてくれ」
「イツビちゃんですか? ここはライオスのほうが……」
「いや、イツビだけでいい。ライオスには僕がみんなを守るって約束したから。それに必要なのはイツビの妖術だ。これで分かるかな?」
「……っあ。そういうことですね。では行ってきます」
ウィンディが姿を消して去っていった。
僕たちが森に着く前にイツビを連れてきてもらわないと。
◇◇◇
息を整えてからトイレを出る。
なるべく怪しまれないように行動しなければ。
酒場に着くと、5人の金石級冒険者たちが待っていた。
剣を持った男、巨大なハンマーを担いだ男、弓を持った男、杖を持った女、そして短剣を腰に差した女。
だが、僕以外に新人と思われる冒険者の姿が見当たらない。
「こんばんは。今回ご同行させていただく新人のツクモです」
「よお。噂は聞いてるぜ。盗賊を6人も1人で片付けたんだろ? 期待してるぜ。って俺の名前はノリスだ。この「聖の狩猟団」のリーダーをしている」
ノリスと名乗った高身長で金髪の、剣を持った青年。白銀の鎧を装備していて、だいぶ儲かっていることがわかる。
他のメンバーも皆高級そうな装備を着用している。
でも、こんなに若くして金石級に上り詰めたんだから、かなりの実力者なんだろう。
「それは、冒険者のパーティー名かなんかですか?」
「そうだ。みんなで石ころの時から行動してんだ。この依頼の結果次第じゃお前も入れてやらんことはないぞ?」
「あははは。僕なんかじゃみなさんの足手まといになるだけですよ」
随分と陽気な冒険者もいたもんだ。
これならあまり緊張しなくて済むかもしれない。
「そうか? まぁ気が変わったらいつでも言えよ? それじゃあメンバーを紹介するな。このデカイハンマーを持った奴がゴルレオ」
重厚な鎧を身につけていて、体格がすごくいい。
かなり鍛えているんだろう。
「そしてこの弓使いがオレム」
吟遊詩人が着ていそうな薄手のローブを装備している。
体は比較的細い。
「それで持って、この魔法使いがライア」
杖を持った女。魔法使いのローブを装備し、比較的背が高い。
「それで最後のが暗殺専門のシルビィだ」
短剣を持った女。フェイスマスクのような物で顔を隠し、全身のいたるところが露出している。
目のやり場に困るな。
「じゃあ紹介も終わったし、早速いくか?」
「「「「おー」」」」
リーダーのノリスの掛け声に合わせる4人。
どうやら仲のいいパーティーのようだ。
男3人の女2人。
ある意味バランスが取れてるのかもしれない。
でも全員の名前は聞いても覚え得られそうにないな。
「お願いします」
こうして初めて、他の冒険者たちと行動することになった。
この後事が上手く運べばいいんだけど……
◇◇◇
僕は誰とも話す事なくただただ5人の後ろをついていく。
余計な情が湧いてしまうと、行動に支障が出かねない。
だから最低限聞かれた事だけ答える。
「もう森に着くぞ。みんな、準備はいいか?」
森の周辺には冒険者の姿がない。
緊急依頼のはずなのに、どうして……
「他の冒険者の方達はどこにいるんですか?」
「俺たちは先発部隊だ。先に実力者を送って様子を見るのが緊急依頼の鉄則なんだよ。そこに選ばれたお前も、実はスゲーんだぜ?」
おかしい。何かがおかしい。
他にも等級の高い冒険者はいっぱいいるはずだ。
それにライオスが言ってた調査依頼のことも……
「そ、そうなんですね。僕もできる限りお手伝いさせて頂きます」
「頼んだぞ、ツクモ君。それじゃあ森の深部に向けて直進だ」
遂に「暁の森」へと足を踏み入れた。
イツビが先に到着していることを願うばかりだ。
◇◇◇
森に入ってから10分ほどが経過した。
まだ深部までは距離がある。
そして漂ってくる魔人級の魔力。
どうやらイツビは到着しているらしい。
「うわっ、こんな禍々しい雰囲気の森は初めてかもしれねーな」
「皆さんは魔力を感じられたりするんですか?」
「そんなことは出来ねーよ。魔力感じられるのなんてオリハルコンのおっさんくらいじゃねーかな?」
どうやら人間は魔力を感じられないらしい。
でも腕のいい冒険者ともなると感じられるのか。
まぁオリハルコン級の冒険者らしいし、確か3人しかいないんだよね?
「そういえば、いつもはどこで活動されてるんですか?」
僕がそう聞くと、一瞬他の4人から鋭い視線を感じた。
「いつも、は他の街だ。エンデールっていうビギナータウンよりも大きい街だな。その周辺にある「肆のダンジョン」で狩りしてる。こんなところより儲かるぞ?」
聞き方を間違えたか?
でも少し怪しまれるくらいでこの情報を得られたのはありがたい。
どうやらまだ機能しているダンジョンがこの近くにあるみたいだ。
「そうなんですね。ぜひ行ってみたいです」
さらに歩くこと10分。
ドシーン、ドシーン、と数百メートル先から大きな足音がしてくる。
慌てて移動を開始する小動物達。
どうやらお出ましのようだ。
「今の足音は魔獣王か? そんなにデカイなんて聞いてなかったぞ?」
「急ぎますか?」
「ああ。緊急依頼らしいからな。お前ら、走るぞ!」
5人の後を追って走る。
だがその先で待ち受けているのは本物の魔獣王ではない。
だってライオスはもうダンジョンにいるんだからね。
しかも今は人間サイズだし……
でも、僕もかなり強化されたし、ライオスもさらに強くなった。
そして今から対峙するのはただの虚像。
冒険者の皆さん。ようこそ、妖術の世界へ。
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