第19話:VSライオス

 月下の「暁の森」。異様な魔力の流れによって、動物達が騒ぎだす。その原因は森の深部で睨み合う、15メートルの巨体と1人の人間。そして今まさに、戦闘が開始される。


 「敏捷強化スピーダー


 戦闘開始直後にライオスが身体強化系の魔法を詠唱した。

 魔法名から察するに俊敏性の強化だろう。

 フレイヤが言ってたスピードが脅威とはこのことかな?

 それにこの巨体だ。一撃でもまともに食らってはいけない。


 「防御強化プロテクション範囲防御強化エリアプロテクション


 防御魔法を重ねがけする。

 生身で万が一当たってしまうと死に直結するだろう。


 「貴様、幻獣のような魔法を使いよって。引き裂いてやるわ」


 物凄い速さで突進してくる森の戦士。

 だが目で終える。けれども真正面から太刀打ちするのは得策じゃない。

 右手に「水縄ウォーターロープ」を形成させ、周辺の木の枝に含まれる水分と結合させる。


 「神隠し」


 小さな声で幻術を詠唱。だが範囲は僕の体ではなく、「水縄ウォーターロープ」のみ。

 水操作を駆使してロープの長さを縮小し、一気に移動する。


 「死ね!」


 魔獣王の大爪が僕のいた場所に食い込む。

 殺気が篭る、強烈な一撃だった。

 だが攻撃は当たっていない。


 「なっ、消えおったわい」


 やはり瞬間移動に見えているようだ。

 幻術のコツは相手に悟らせないこと。

 解除さえされなければいいのだ。

 だから自分の体ではなく「水縄ウォーターロープ」に発動する。


 「幻影刀ファントムブレード、岩肌」


 左手に紫炎の刀。そして身体の装甲をさらに強化する。

 右手には「水刀ウォーターブレード」を形成。まずは物理攻撃で攻める。

 

 「神隠し」


 今度は自分の体全体を覆うようなイメージで幻術を発動させる。

 そして木の枝を思いっきり蹴って魔獣王へと直進。

 相手の左腹の辺りに一直線に向かう。


 「殺気が漏れすぎだ、雷爪サンダーネイル


 魔獣王の左腕が僕に向かって薙ぎ払われる。

 その爪にはビリビリと音を立てている雷を纏っていて、当たったら出血だけでなく焼き殺されそうだ。

 

 「っち、神隠し!」


 目の前に迫る大爪に「幻影刀ファントムブレード」を突き刺す。

 そして咄嗟に形成した「水縄ウォーターロープ」で地面に急接近し、僕の幻影だけを刀とともに残す。

 急な方向転換で着地時に軽いダメージがあったが、防御強化系の魔法のおかげで大したことはない。

 念のために無詠唱で回復魔法もかける。


 「当たらぬか。面白い。面白いぞ!」


 出欠している左手を気にもせず、魔獣王は2つに分岐した尻尾の片方を振動させた。

 そして無詠唱で発動されたのは恐らく雷魔法。

 尻尾から恐ろしいほどの雷筋が漏れ出ている。

 

 何か嫌な予感がして咄嗟に距離をとる。

 その雷の規模は増していくばかりだ。

 そして発せられる稲妻。地面に吸い寄せられるように伸びていっている。

 これは広範囲の攻撃魔法か?

 いや、それにしては威力が弱いな。


 「では行くぞ。我にここまで使わせるやつと出会えるのは久しぶりだ」

 

 その稲妻は魔獣王の全身に吸収され、身体中から電気が迸る。

 その姿はまるで雷の鎧を纏った食物連鎖の頂点に君臨する獣。

 これはまずいかもしれない。


 「神かく……」

 「遅い!」


 5文字の短い魔法の詠唱を終える前に、その巨体は一瞬にして目の前に現れた。

 そしてまるで巨大な雷槌とも呼べる右腕を高く上げ、そのまま振り下ろす。

 流石に避けきれないか!?

 決死の思いで「水縄ウォーターロープ」を形成、そして数メートル離れた木まで伸ばし、強く引く。

 緊急の移動は成功した。だが右腕を雷が深く焼いた。


 「っつ」


 たまらず回復魔法を使用。

 信じられないほど素早い動きだ。

 身体能力の強化に加えて攻撃範囲の倍増。なんて恐ろしい技だろう。

 そして今のは本能的に避けれた。

 だが次はないかもしれない。

 魔獣王を甘く見すぎてたか?


 だが諦めはしない。

 まだ勝てる見込みは十二分にある。

 目は追いついている。あとは刀と魔法の混合技で攻めるのみ。


 そこで先ほど訓練中に編み出した技を試してみる。

 まずは「水球ウォーターボール」を10ほど形成。

 そのあとに球体を人型に変える。

 そして使う魔法は「偽装フェイク」。僕の姿と同じに変化させる。

 これで簡易型の分身体が完成だ。


 「次はこっちから行くよ?」


 10体の水分身と本体の僕が一斉に動き出す。

 操ってるのはもちろん僕だ。

 これはただの傀儡人形でしかない。

 だが全分身体が「水刀ウォーターブレード」を握っている。つまり攻撃可能だ。


 「姑息な技を使いおって。全体潰してやるだけのこと」


 魔獣王が分身体の2体の方へと走っていく。

 その隙を狙って他の分身体で攻撃、そして空中に1つ大きな「水球ウォーターボール」を形成する。


 分身体の攻撃によって小さなダメージを受け続けているライオス。

 だが分身体は一撃で消え去ってしまう。

 でも消されればまた作り直せばいい。

 運が良ければこのまま続けて勝てるかもしれない。


 だが念には念を入れる。

 また新たに大きな「水球ウォーターボール」を空中に形成。


 「めんどくさい。一気に消し去ってくれる」


 するとライオスはもう1つの尻尾を振動させ始めた。

 そこから発生しているのは火。どうやらあの尻尾は火を司るらしい。

 だが火魔法か。少し相性が悪いかもしれない。

 雷ならなんとかなるが、火だと水分身を蒸発させられてしまう。


 「獄炎ヘルファイア


 今度は詠唱付きで魔法を発動させた。

 つまり、火魔法の方が威力が弱いかもしれない。

 だがその尻尾から発せられる火は赤色ではなかった。

 「鬼火」よりも漆黒な炎。

 それが周りの木々を焼き払いながら拡大していく。


 「っく」


 体が焼けるように熱い。

 だが水で壁を形成し咄嗟に防ぐ。

 それでも押し寄せる熱風。

 ウィンディなんかが最も嫌いな攻撃だろう。


 「これで残るは本体のみ、だな?」


 一瞬にしてすべての水分身が消え去った。

 そして雷と黒炎を体に纏った魔獣王がこちらめがけて全力で走ってくる。

 だがまだ余裕だ。

 また更に水球を1つ空中に発生させる。


 「神隠し」


 今度はライオスの視界すべてを暗黒で覆うようなイメージで発動。

 そして一瞬動きを止める魔獣王。

 その隙に「水縄ウォーターロープ」で素早く移動する。


 「もっと真正面から戦わないか、臆病者めが」


 イライラしてるようだな。

 でも真正面からやったら負けてしまうかもしれない。

 今回は必ず勝ちに行くと決めている。


 「「幻影刀ファントムブレード」、「鬼火」、「鬼火」、「鬼火」、「鬼火」、「鬼火」」


 左手に再び発現させた「幻影刀ファントムブレード」に複数の「鬼火」を纏わせる。

 そしてさらにもう1つの「水球ウォーターボール」を上空に発生させる。


 「フレイヤさん。結界張って」

 「え? わかりました」


 木の上に移動した僕はフレイヤさんにとある指示を出す。

 この攻撃だと周りも巻き込みかねない。


 「それじゃあ、勝たせてもらうけど、いいかな?」

 「何を貴様、それはこの攻撃を止めてから言ってみよ」


 幻術を解いたらしい魔獣王が雷と黒炎を纏った爪をこちらめがけて思いっきり伸ばしてくる。 

 当たったら大変なことになりそうだが、そんなことはどうでもいい。

 僕は今まで貯めてきた「水球ウォーターボール」を魔獣王の頭上に集め、一気に飛散させる。

 すると、ライオスの炎と雷によって熱せられたその水分は水蒸気となって空気中に展開する。

 そして僕の手には岩石をも溶かす「鬼火」を纏った「幻影刀ファントムブレード」が握られている。

 このあとはもう容易い。


 勢いをつけて上空へとジャンプする。

 ライオスの爪を交わすと同時に、幻影刀ファントムブレードと纏った紫炎を一気に解放。


 空気中の水蒸気が一気に膨張し、爆発を起こす。

 だがそれは火山で起きる規模の爆発だ。

 それを魔獣王の背中で一気に起こす。


 「ぐはっ…」


 僕を捉えるためにジャンプしていた魔獣王は地面に勢いよく叩きつけられる。

 その爆発の威力は、森の戦士を沈黙させるには十分すぎた。

 

 だがその反動は僕にもやってくる。

 だが紫炎を解放する段階から回復魔法をかけ続ければいいだけのこと。

 つまり最強の自爆剣だ。


 ◇◇◇


 高く飛びすぎて空中にいた僕は、地に倒れた魔獣王の背中に着地した。

 すると焦った様子でフレイヤが駆け寄ってくる。


 「だ、大丈夫ですか?」

 「大丈夫大丈夫、僕はなんともないよ」


 僕は結構ピンピンとしている。

 怪我という怪我はない。

 ただ爆風で髪の毛が少しボサボサになったくらいかな?


 「これは、僕の勝ちでいいんだよね?」

 「はい、それはもちろんですが……」


 フレイヤは視線を僕の下に居る魔獣王へと移す。

 流石に仲間になってくれる魔族を踏んでいるのは失礼か。


 軽くジャンプして、15メートルの巨体から飛び降りる。

 するとウィンディが肩に乗ってきた。


 「すごかったですよ。ツクモさん。かっこいいです!」

 「かっこいいか……」


 ウィンディらしくない発言に少し戸惑ってしまう。

 でも嬉しくないわけではない。


 「ら、ライオス様!」


 キャットソルジャーの女の子が魔獣王へと駆け寄る。

 回復魔法をかけてあげたほうがいいかな?


 そう考えていると、倒れていたライオスがゆっくりと起き上がった。


 「猫か……やはり精霊の言っていた事は正しいみたいだ」

 「そ、それでは……」

 「ああ。そうするつもりだ」


 魔獣王ライオスはこちらへ顔を向ける。

 

 「貴様、名はなんといった?」

 「付喪神、いや、ツクモだよ。」

 「ツクモか、いいだろう。貴様、いや、貴殿を我が主人として相応しいと認める。森の戦士であるこのライオスを配下に加えてくれぬか?」


 突然だな。

 なんだか事前に心の準備が整っていたような感じだ。


 「配下じゃなくて、仲間、だったらいいよ?」

 「はっはっは。貴殿はそういう奴だったな。では改めて頼む。我を仲間にしてくれ」

 「もちろんさ。じゃあ魔法を使うけど、いい?」

 「ああ。好きにしろ」


 激闘を制した僕は、いつものように「生命授与」を発動させる。

 そして光り輝く右手。

 暗い森の中に現れた1つの小さな灯。

 その手が魔獣王に触れると、15メートルの巨体全体に光が移行する。

 まるで夜に現れた太陽のごとく、その光は次第に大きくなり、そして急速に縮小する。


 「改めてよろしくね、ライオス!」

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