第15話:不穏な動き

 「必要になったら僕は人間を殺すかもしれない」


 ウィンディにはそう答えた。

 自分では決して間違っていないと思っている。

 ゼウス様から頼まれたお仕事だから、とかそんな理由ではない。

 ただ僕は人間よりも魔族が好きだから。


 「そうですよね。なんだか安心しました。今夜も一緒に寝てもいいですか?」

 「もちろんだよ。だけど僕の顔からは少し離れてね?」


 また窒息しかけるのはごめんだからね。

 くっついてくれるのは嬉しいんだけど、間違って飲み込んじゃったら冗談にならない。


 「私のこと……嫌いになっちゃいましたか?」

 「そんなんことないよ! ただ昨日の夜、ウィンディの体が僕の口に……」


 黙っておくつもりだったのに言ってしまった。

 まぁ今のはしょうがない。不可抗力だ。


 「あ、それは……申し訳ありませんでした!」


 ウィンディがベッドの上で土下座している。

 この世界でも土下座はすごい力を持っているらしい。

 僕も雷神様に何度土下座したことか……

 あぁ。嫌な思い出だ。


 「そんな。僕は気にしてないよ。だけど今日は気をつけてね」

 「は、はい。気をつけます……」


 ウィンディが少し元気を無くしちゃったようだ。


 「元気出して。下の食堂でお水でももらいに行こう?」

 「はい! それは楽しみです!」


 よかった。やっぱり昨日飲んだ水は気に入ってるみたいだった。

 精霊も魔人も、魔獣も幻獣もみんな好きなものが違うんだもんね。

 僕には彼らと人間の違いが日に日にわからなくなっていく。

 でも違うところがあるとすれば、心の純粋さかもしれない。


 ◇◇◇


 翌朝、今日は息苦しくなく朝日で目が覚めた。

 鳥の鳴き声がするな。

 清々しい朝で気持ちがいい。


 「おはようございます、ツクモさん」

 「おはよ、ウィンディ。よく眠れた?」

 「はい。今夜はその……食べられる夢を見なかったので……」


 少し後ろめたそうに俯く。

 なんだか可愛らしいな。


 「それはよかったよ。じゃあ朝ごはんを食べてギルドに向かおう?」

 「はい! わかりました」


 昨日の夜に「浄化」を試した。

 すると服に着いていた汚れが綺麗に落ちて、体の隅々まで綺麗になった。

 しかも無詠唱でいいからいつでも気軽に使える。

 もう服不足で悩むことはなくなりそうだ。


 宿を出て、隣にある冒険者ギルドへと向かう。

 少し古びた木製のドアを開けると、なんだかいつもより静かだった。


 「おはようございます、アンナさん。今日は人が少ないんですね?」

 「おはようございます。今日は珍しく調査依頼が届いたので皆さんそちらに向かわれましたよ」

 「ちなみに内容って聞いても大丈夫ですか?」

 「すみませんが、銀石級以下の冒険者様には極秘扱いとなっております。ツクモ様には私の権限ではお伝えすることができません」


 こういう時に冒険者のランクが重要になってくるんだよな。

 まぁ嘆いていても仕方ないから地道に上げていくとしよう。


 「わかりました。それじゃあ今日も採取をしてきますね」

 「また「序のダンジョン」ですか? もうツクモ様くらいしか行ってないですけど、魔族を見かけたりしませんか?」

 「いたらいいんですけどね。中々上手くはいかないですね」


 いないって言ってるはずなのに聞いてくるんだよな。

 これも仕事の一環だからしょうがないんだろうけど。


 「そうですか。ちなみに一角兎は1頭で40ポイントです。見かけたら是非討伐をお願いいたします」

 「分かりました。頑張って探してみますね」


 ピンポイントで一角兎か。

 どうやらギルドマスターから話を聞いているみたいだ。


 それに調査依頼っていうのがどうにも気になる。

 何についての調査なんだろうか?

 もしかしてフレイヤが森からいなくなったのがバレたのかな?

 でもまだ1日も経ってないし、そこまで森の魔力量に違いはないはずだけど……


 まぁ考え過ぎても仕方ないかもな。

 今日はイツビと戦闘訓練をしてみたいな。

 ウィンディは魔法を使えて魔法戦ならいい相手だけど、やっぱり武器なんかを使った物理戦闘が重要になってくる場面もあるだろうし。

 ウォルに頼んで訓練用の部屋を作ってもらおう。


 ◇◇◇


 「今日はこの辺りも人がちらほらといますね?」

 「そうみたいだ。やっぱりあの調査依頼の影響だろうね」


 「序のダンジョン」に向かう途中の道のりには数人の冒険者たちがいた。

 みんな高そうな装備を身につけていて、どう考えても目的は僕のような採取ではない。

 ダンジョンの北東にある「暁の森」と、昨日行った「霜月の森」に向かっているようだ。

 気になるけど、無闇に行動することはできない。


 「でもダンジョンの周りには人はいないようだね?」

 「どうやらあの調査は森についてみたいですね」

 「もう1つの森にいる魔獣王が無事だといいんだけど……」


 昨日フレイヤが「暁の森」には魔獣王がいると言っていた。

 少し話を聞いてみたほうがいいかもしれないな。


 そしていつも通り誰にも会わずダンジョン最深部に到着。

 ウィンディが壁のくぼみに魔力を流して扉を開ける。


 最初に見えるのは昨日と同じく扉の向こうで待ち構えている狐の少女。


 「あ、ツクモ! おかえり!」

 「ただいまイツビ。フレイヤとは仲良くできてた?」

 「うん! ママみたいで優しいよ!」


 やっぱりママみたいか。

 お母さんがわりになってくれてよかったかな?

 

 するとフレイヤが奥から出てくる。


 「おはようございます、ツクモ様」

 「おはよう、フレイヤ。イツビの面倒見てくれてありがとね?」

 「いえいえ。とても可愛くて私も楽しいですよ」

 「ほんと! わーい!」


 フレイヤに飛びつくイツビ。

 昨日よりも断然楽しそうで何よりだ。


 「それと1つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 「はい。なんでしょうか?」

 「昨日言ってた「暁の森」にいる魔獣王のことだけど……」

 「ライオスのことでしょうか?」


 ライオス? 名前か?

 魔獣王は名前があるのかな。


 「それは魔獣王の名前かなんか?」

 「はい。彼は過去に「参のダンジョン」の主をしていた魔王の従者でしたから。その時に名前を授かったそうです」


 ダンジョンは数があるみたいだな。

 確かギルドマスターが言うには「仁のダンジョン」が街の西にあるらしいし。


 「ダンジョンって魔王が管理してるものなの?」

 「そんなこともありませんよ。ですが「ダンジョンの核」が死滅するとその代理として魔王が派遣されることがあるのです」


 色々聞いたことないことばっかりだ。

 そのうち仕組みを理解しないと。


 「そうなんだ。でも今はとにかくそのライオスの話を聞かせてくれないか?」

 「分かりました。まず、ライオスは「暁の森」を管理している魔獣王です。その力はほとんど真魔獣王と言っても過言ではないでしょう」


 かなり力のある魔獣王のようだ。

 

 「そして森の戦士と呼ばれています。因みに私は森の守護者と呼ばれていました」

 「ライオスとは知り合いだったりするの?」

 「一応は。ですが森の管理人同士の仲でしかありませんでした。彼は力を重視する魔族なので、守護に特化した私を認めたくはなかったのでしょう」


 なるほど。

 となるとフレイヤは盾で、ライオスは矛だったわけだな。

 でも、てことは仲間になってもらうには……


 「じゃあ、話し合いでの交渉は難しいかな?」

 「そうでしょうね。私のように幻獣でもありませんし、逆に穏便にことが進むほうが珍しいと思います」


 今まではあくまでも運が良かっただけか。

 やっぱり戦闘訓練はしておいたほうがよさそうだな。


 「そういえば、ライオスはなんて種族なの?」

 「確か……ウルイオン、でしたかね?」


 全く想像がつかないな。

 ライオスってくらいだからライオンかなんかかと思ってたけど……


 「二足歩行なの?」

 「いいえ。4足歩行ですね。すごく鋭い爪と俊敏なスピードで魔獣王にまで成り上がったと聞いたことがありますが……魔法や他のスキルなどは分かりませんね」

 「今の僕でも勝てるかな?」

 「私はツクモ様のお力を存じておりませんので、なんともいえません。ですがライオスはかなり強いです。この世の中でいまだに森を守り抜いていますから」


 確かにその通りだな。

 魔族が狩り尽くされているこの世界でちゃんと配下の魔族を守っているんだ。

 だとすると僕はその配下も含めてすべて守れるような人にならないといけないんだね。


 「わかったよ。そしたら僕は少し訓練をすることにしようかな」

 「訓練ですか? それはどのように?」


 僕はフレイヤにぴったりとくっついているイツビに視線を移す。


 「イツビ、僕の相手をしてくれないかな?」

 「私!? なんで?」

 「フレイヤは守護専門だし、ウィンディは魔法特化だからね。近接戦闘をしてみたいんだよ」 

 「別に……いいけど……」


 イツビはなんとなく乗り気じゃないのかもしれないな。

 もしかして戦うのが怖いのか?

 

 「もしかして……」

 「イツビさん。私がサポートしますので安心してください。それにイツビさんはもう魔人なんですよ? 普通の人間くらいなら恐るるに足りません」

 「ほんと? フレイヤは助けてくれるの?」

 「はい! ご安心ください。 私もイツビさんに守って頂きたいですしね」


 そう言ってフレイヤはそっとイツビの頭を撫でる。

 本当に母娘のようだ。


 「じゃあやってみる! 私もツクモみたいに誰かを救いたいから!」


 耳をピンっと立てている。

 やる気を出してくれたみたいだ。

 でも僕は誰かを救えているんだろうか?

 ただ隠れ家を与えるだけが救済ではないと思うんだよね……


 「ありがと、イツビ。でも提案しといてなんだけど、まだ訓練できるよなスペースが……」

 「あるでやんすよ」


 ウォルが岩壁からニョキっと這い出てきた。


 「ウォル!? 一体どこから……」

 「おいらのパッシブスキルでやんす。ダンジョンみたいな岩壁だったら自由に移動できるでやんすよ」


 あー。あの「土は友達」ってやつか。

 名前はあれだけどかなり有能なスキルみたいだね。


 「だから誰にも見つからないで鉱石の採取ができるって……」

 「その通りでやんす。壁の中を移動してれば誰にも見つからないで何かをするなんて余裕でやんすよ!」


 ウォルを少し侮っていたな。

 僕が普通の冒険者で、ダンジョンの壁から岩石のような魔獣が飛び出てきたら死ぬ思いをするだろう。


 「そ、そうなんだ。ウォルはすごいんだね」

 「いやー。そんなことはないでやんすよ」

 「それで、場所があるっていうのは?」

 「はい。昨日の夜から大広間を作っていたでやんす。まだ何にするか決めてなかったから、今から30分くらいで訓練場に仕上げることは簡単でやんすよ?」

 「ほんとに!? それじゃあ頼めるかな?」

 「おまかせでやんす! それでは失礼するでやんすよ」


 そう言ってウォルは壁の中へと消えていった。

 忍者みたいでかっこいいな。

 確か服部様が影の中を移動してたっけか?

 そんなスキルがあれば便利そうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る