第12話:ダンジョンの秘密基地

 ビギナータウンを出て真っ直ぐ「序のダンジョン」へと向かった。

 昨日と同じくダンジョンの上層には魔族の姿はない。

 だけど確実に魔力の流れができていることは感じられる。


 「昨日までとは大違いですね。これなら魔物が自然発生する日も近いかもしれませんよ?」

 「本当にそうだといいんだけど。やっぱりダンジョン内の魔族の数が魔力量を上げるのかな?」

 「そうだと思います。イツビちゃんの魔力がダンジョン中に充満してる感覚がしますし」


 この魔力はイツビのものなのか。

 僕は魔力は感じられるけど誰のかはわからない。

 練習すれば大丈夫なのかな?


 「着きましたね。開けましょう」

 「そうだね。中がどうなってるのか楽しみだ」


 目の前には昨日と同じダンジョンの最深部の部屋がある。

 そしてその大きな岩の扉に手をかけて開く。

 

 「あれっ? 軽い」


 信じられないほど軽かった。

 昨日は多少重さを感じたはずの扉がまるで紙のように軽く感じられた。

 これは「身体強化」のレベルが上がったからかもしれない。効果は絶大なようだ。


 そして目の前に広がるのは相変わらずな殺風景。

 岩壁だけが広がる何もないボス部屋と呼ばれる空間。


 「すごいね。本当に何もないみたいだ」

 「確かあの窪みでしたよね? 私が開けてきます」


 そう言ってウィンディが消える。

 するとなんの音も立てずに部屋内の隠し扉が開いた。


 「おお! 何度見ても感動するね」

 「見てください! 中もちゃんとできてますよ!」


 ウィンディが興奮した口調で報告してくる。

 だが僕もかなり興奮しているようだ。歩行速度が自然と上がっている。

 隠し扉の先にはまるで秘密基地のような大きな通路ができてた。

 通路の壁と床はまるで大理石で舗装されたような輝きを放っていて、幾つにも分岐している。頼んだはずの3部屋よりも多くの部屋ができていた。


 「あ、ツクモ! おかえり!」

 「ただいまイツビ。昨日の夜はどうだった?」

 「うん! 久しぶりに安心できたよ! ウォルたちがずっと見張っててくれたんだ」


 そうか。ウォルたちは頑張ってくれたみたいだ。

 でもここにくるような冒険者じゃイツビの相手にはならないはずだよな?

 まだ実際どこまで強いのか分からないから油断は禁物だな。


 「お、ツクモ様。いらっしゃいでやんす」

 「ウォル。お疲れ様。働き通しで大変だったでしょ?」

 「そんなことないでやんすよ。おいらたちは動けることが嬉しいんでやんす」


 確かずっとダンジョンの壁だったんだもんな。

 ウィンディも湖から出て自由に動けることに感動してたし。同じような理由だろう。

 

 「でもありがとう。こんなにいっぱい部屋を作ってもらっちゃって」

 「いえいえ。お安い御用でやんすよ。施設内を案内したいので、ついてきてくださいでやんす」

 「お、じゃあ頼むよ」


 ウォルに先導されて大きくて広い通路を歩いていく。


 「まずはこの部屋でやんす。みんなで集まれる場所って言ってたので広くしたでやんす。真ん中に大きなテーブルもつけさせてもらいやした。岩ですので硬いでやんすけど、表面はツルツルでやんす」


 本当だ。まるで会議室みたいだな。

 真ん中の円卓は岩でできているとは思えない輝きを放っている。

 しかも椅子まであるぞ。

 硬そうだけど、便利そうだ。


 「次の部屋はおいらたちの部屋でやんすね。ここも広いでやんす」


 会議室のような部屋を出て、斜め向かいの部屋。とても広い空間だ。

 岩のベッドが並べてあって、1つ1つはとても小さい。

 でもウォルたちには心地良い空間となっているみたいだ。


 「そんで次の部屋はイツビ様のお部屋でやんす。おいらたちみたいな岩のベッドは嫌だと思ったので、ダンジョン内の草を集めてベッドにしやした」


 ウォルたちはダンジョンを回って素材を集めてくれたのか。

 ありがたいけど、バレなくてよかったよ。


 「イツビはここ気に入ってる?」

 「うん! いつも地面の上で休んでたからそれに比べたらずっと気持ちいよ!」


 どうやら気に入っているみたいだ。

 そういえば買ってきた服をあげないと。


 「これイツビの服ね。下着だけ買ってきたんだ」

 「え? 着なきゃいけない?」


 どうやら全裸に抵抗はないらしい。

 でも一応着てもらおうかな。

 見た目は普通の女の子だし。


 「一応着てみて。幻術もそこまで万能じゃないでしょ?」

 「破られなきゃ大丈夫だよ? でもありがとう! 嬉しい!」


 ごそごそと着替えを始めるイツビ。

 ぱっと見何をしているのか分からないけど、ちゃんと履いてくれたみたいだ。


 「まだこの先にも部屋があるんだよね?」

 「はい。昨日、イツビ様の肉を買ってくるって言ってたでやんすよね? だから調理場を作ってみたでやんす」


 調理場か。

 魔族も食材を調理するんだな。

 やっぱり人間と変わらない。


 「ここでやんす」


 その部屋は結構な広さを誇っていた。

 火を使う場所、それに水を使う場所がある。どうやら簡易的な調理場のようだ。

 それに食事用だと思われるテーブル。これも大理石でできているみたいに綺麗だ。


 「そういえば、肉を保存できるような場所ってあるかな?」

 「そうでやんすね……箱を作って氷魔法を使ってみてはどうでやんす?」

 「レベル1の「小氷アイス」しか使えないんだけど、大丈夫かな?」

 「大丈夫でやんすよ。氷属性の魔力さえあれば作れるでやんす」

 「じゃあ頼むよ。なるべく早めにお願い」

 「了解でやんす。お前たち、取り掛かってくれ!」

 「「了解!!」」


 小さなウォルたちがぞろぞろと集まって作業を始める。

 見慣れてくると可愛いもんだ。


 「おいらはもう1つ部屋を紹介してから作業に参加いたしやす」

 「もう1つあるの?」

 「はい。ツクモ様のお部屋も用意いたしましたでやんす」


 僕の部屋か。嬉しいな!

 ここにはしょっちゅう来ることになるし、あれば便利だよね。


 「ここでやんす」

 「こ、これは……」


 そこはイツビの部屋と大差ない部屋だった。

 違うのは机と椅子があること、それに……


 「これは、僕なの?」

 「そうでやんす! このダンジョンの主となられるお方でやんすからね。このくらいは当然でやんす」


 目の前には僕の彫像が立っていた。

 自室に自分の像があるなんて、少し複雑だ。

 でも好意で作ってくれたわけだし……

 ありがたく受け取ろう。


 「あ、ありがとうね。ウォル」

 「どういたしやして。それで、今日はこの後どうするでやんすか?」

 「今日は行くところがあるんだけど、その前にイツビに聞いときたいことがあって」

 「私!? どうしたの?」

 「「妖術」について詳しく教えてくれないか?」


 露店では妖術に関する本は売ってなかった。

 きっと他の街に行けば売ってるんだろうけど、エリートフォックスのイツビに聞くのが一番早いだろう。

 

 「いいけど……私はレベル7までしかわかんないよ?」

 「そこまで分かれば十分だよ。頼めるかな?」

 「うん! いいよ! じゃあまずはレベル1の「鬼火」ね」


 イツビがそう言うと、両手のひらに紫色の火が灯った。

 

 「この火は結構強力なの。岩くらいなら溶かせるよ」

 

 イツビは手のひらにある火を壁に押し付けた。

 するとジューっという音を立てて岩壁が溶ける。


 「すごいね! 次の技も見せて!」

 「次は……「フェイク」」


 するとイツビが下着姿になった。


 「え、えーと。これがイツビが服を着ているように見せかけてるやつ?」

 「そう! でも普通はここまで維持できないのよ!」

 

 これが前に言ってたイツビのパッシブスキルか。

 すごい便利そうだ。


 「僕でもなんか変装とかできるのかな?」

 「できると思うよ。なんでもいいからイメージして詠唱してみて」


 イメージか。何がいいかな?

 でもうまく使えば今後の活動で便利だし……

 そうか。僕の正体がわからないような特徴を加えればいいんだね。


 「じゃあやってみるよ。「フェイク」」

 「仮面? と翼?」

 「ちゃんとそう見えてるかな?」

 「うん! ちゃんと仮面と翼がついてるよ!」


 特に大きく変えたりはできないと思ったから、なんとなく魔人っぽい格好にしてみた。

 多分イツビのパッシブスキルはMPの消費無効とかだと思うから、僕もこんくらいなら維持できるはず。

 

 「よかった。じゃあ次の技は?」

 「偽装」を解除して元の姿に戻る。


 「次は「ファントムブレード」だよ! これが私が使える最強の攻撃技かな?」


 イツビの両手にさっきの「鬼火」のような火を纏った剣が現れた。

 剣というよりは日本刀のような形かな?

 なんだか強そうだ。


 「威力はどれくらいあるの?」

 「さっきの「鬼火」の何倍も強いよ! 昔ママがこれで冒険者と戦ってたから」


 お母さんの受け売りか。

 イツビはお母さんが死んじゃっても明るく生きられてるんだね。

 少しほっとしたような、複雑なような……


 「わかった。ありがとう。きっとそれで壁を切っちゃうとウォルたちがまた忙しくなっちゃうからもうしまってくれる?」

 「うん! あと残ってるのが昨日見せた「神隠し」だよ! 私が知ってるのはこれでおしまい」


 ここまででレベル8が使える妖術か。

 でもレベル7で「神隠し」が使えるって言ってたから多分レベル9まで上げれば他のも使えるんだろう。


 「ありがとね。一通りやることは終わったから、みんなでケルンのお肉でも食べようか?」

 「やったー! ほんとに買ってきてくれたんだね! ツクモ大好き!」

 「ちょ、イツビちゃん!?」


 ウィンディが割って入ってきた。

 きっとお肉を食べたいんだろう。


 「じゃあ早速調理場で焼いてみようか? 「鬼火」でも焼けるといいけど……」


 半信半疑だったが、魔力量を調節すればしっかりと焼けた。

 本来攻撃魔法であるはずのもので料理をするのは少し複雑だが、僕は火魔法をろくに使えない。

 レベル2にならないと最初の魔法が使えないんだもんね。


 ◇◇◇


 「美味しかった! ありがと、ツクモ!」

 「喜んでくれてよかったよ。じゃあ残りのお肉はこの箱の中に入れとくから、食べたい時に食べてね」


 ウォルたちが超特急で作ってくれた箱、いわゆる冷蔵庫に肉を入れて魔力を流し込む。

 すると中のものが冷えてちゃんと保存できそうな状態になった。


 「それじゃあ僕は行くところがあるから行くけど、みんなはどうする?」

 「私も外に行ってみたい!」

 「おいら達はもうちょっと拡張してるでやんす」


 イツビが外に出るのか……

 「偽装」を使えば大丈夫なのかな?

 でも不安だし……


 「でもイツビは……」

 「いいんじゃないですか? 私が周辺を警戒してますから、バレたりはしませんよ。人の街に入るわけでもないですし」

 「ウィンディ?」

 「私も外に出れて嬉しかったので、その……イツビちゃんにも外を見せてあげたいんです……」


 そうか。確かにそうかもしれない。

 ウィンディがこんなに熱心になってるんだからその気持ちを無下にはできないよな。


 「わかった。じゃあイツビも一緒に行こう。でもその耳と尻尾は隠してね?」

 「やったー! 耳と尻尾なんて隠すのは簡単だよ!」


 瞬時に耳と尻尾が視界からなくなる。

 やはり「フェイク」はかなり便利らしい。


 「じゃあ行こうか。ウォル、留守番よろしくね。僕たちはまた後で来るから」

 「了解でやんす。何かあればやっておきますが、どうでやんすか?」


 そうだな。冒険者としての鉱石集めはしておいたほうが怪しまれにくいか。

 頼んでもいいかもしれない。

 なんだかズルしている気分になるけど……


 「じゃあダンジョンで採取できる鉱石と草を集めておいてもらえる? でも人間には見つからないように注意してね」

 「お安いご用でやんす。それでは行ってらっしゃいませ」


 やっぱりウォルは頼もしい。

 仲間は大切だ。

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