第10話:夜道での襲撃

 「序のダンジョン」を後にした僕たちはビギナータウンへと向かった。

 移動距離はそこまで長くない。だけどもう日が落ちている。

 夜の暗闇で視界が悪い。

 街はもうすぐそこだ。高い壁から微かに光が漏れ出ている。

 でも一応「雷魔法」は使用している。

 体から微弱に出る電気で少しは明るくなるからね。

 魔法名がわかれば詠唱でちゃんとしたものが発動できるんだろうけど、ギルドで調べるまではこれで精一杯だ。


 「ツクモさん。周囲に人間が多数いるようです」

 「なんだろう? 行商人かな?」

 「いえ。僅かですが魔力を感じます。恐らくは身体強化系のものかと」


 身体強化か。でもこの辺には魔族はいないはずだよな?


 「1人接近中。警戒を」


 ウィンディが叫ぶ。だけど誰も見えない。


 「悪いが有り金全部もらってくぞ」


 後ろ!? いやいない。どこだ。どこから声がする?


 「死ね!「暗殺剣」」


 不味い。今のは剣技の詠唱。

 間に合うか!? 


 「「岩肌!」」


 カキンッと剣が弾かれる音がする。

 剣先が当たったのは僕の背中。ちょうど心臓を貫けるあたりだ。


 「なっ。硬いぞ。魔人かもしれない。全員でかかれ!」


 多数の足音がする。

 今はとにかく応戦するしかない。

 右手に「水刀ウォーターブレード」形成させる。

 だがまともに見えない。見えるのは僕の体の光が届く範囲までだ。


 「雷剣」


 見えた! 襲撃者の剣になぞるように水剣を放つ。 

 敵が電気系統を使わなければ見えなかっただろう。

 水刀は雷をまとった金属の剣を真っ二つに切り落とす。

 

 「なに!? 手強いぞ。物理攻撃は中止だ」

 「了解」


 声は聞こえる。おそらく6人くらいいるだろうか。

 でも位置が掴めない。

 敵は一撃離脱を心がけているようだ。


 「ウィンディ。見える?」

 「視認はできません。ですが空気の流れで大体は」

 「無駄な敵は作りたくないから、なるべく殺さずに捕らえたいんだけど、できる?」

 「お安い御用です」


 僕の右肩にいたウィンディが空気中に姿を消す。

 そして3メートル横あたりで「水槌」が炸裂した。


 「がはぁっ」

 

 敵の悲鳴とともに大きな破砕音がする。

 どうやら直撃だったようだ。

 でもウィンディに任せっきりじゃダメだ。

 僕もなんとかしないと。


 「神隠し」


 イツビが使っていた妖術を使う。

 暗い夜の空間を明るい昼間へと切り替えるイメージ。

 魔法の効果範囲に入れば敵は唖然として動きを停止するはずだ。


 「た、太陽が!? なんでだ!?」


 周囲から複数の驚く声が聞こえる。

 僕の視界は未だ暗いままだ。

 どうやら術の発動者には現実と同じように見えるらしい。

 だけど声で大体の位置はわかる。

 それに僅かに感じる魔力の流れ。それを頼りに敵を探す。


 「こ、このっ。なにしやがった!」


 随分とわかりやすい。

 「岩肌」

 僕は左腕に魔法を重ねがけする。

 そしてその拳を思いっきり声がする方へと放つ。


 「ぐはぁっ」


 骨が軋むような感触が手に残る。

 どうやら攻撃は当たったようだ。

 そして周りからもウィンディの活躍によってなのか、悲鳴が上がり続けている。

 おそらく残りは2名。

 冷静に沈黙をし続けている奴らだろう。

 探すのも手間だから「水球ウォーターボール」を八方に撃ち込む。


 「「っがはっ」」


 命中。これで全部だろう。

 訓練所にあった的を破壊するほどの威力は出さなかった。

 いくら身体強化があるといえど人間の体は弱く脆い。


 「ウィンディ。今ので全部かな?」

 「はい。気配はありません。こいつらをどうするんですか?」

 

 僕は「岩肌」の一撃で仕留めた襲撃者に近寄る。

 光の範囲内に入ると、手入れされていない髭が乱雑に生えた中年男性の顔が見えた。


 「誰だろう?」

 「盗賊かなんかじゃないですかね? 最近この辺りだと稼ぎも悪い人が多いですし」

 「なるほどね。こいつらはどうしようか?」

 「とりあえず拘束して街に連れて帰りましょう。ギルドに対処を任せるのが一番だと思います」


 「分かった。じゃあウィンディは向こうにいる3人をよろしく。僕はこっちの3人を縛るよ」


 そう言って右手から水でできた縄を形成する。

 「水縄ウォーターロープ」とでも言ったところだろうか?

 魔力を込めればしっかりとした縄になる。

 襲撃者を縛り上げることも容易い。


 「連れてきました」

 

 ウィンディが男3人を水縄で縛って連れてきた。

 10センチの少女が大人の男を運んで来る様はなかなか面白い光景だが、気は緩められない。

 街までは安全とは限らないからね。


 「ご苦労様。こっちも縛り終えたから、街に行こうか? そのロープは僕が預かるよ」

 「ではお願いします。意外と重いので大変ですね」


 逆に運べることがすごい。

 自分の体の大きさの何倍もあるのに。


 「じゃあ引き続き警戒を頼むよ。疲れてたら僕が警戒するから寝ててもいいよ?」

 「大丈夫ですよ。私は寝なくても平気な体ですからね」


 精霊は本当に便利な体だよな。

 僕は神だった時でも1日7時間は寝てたのに。


  ◇◇◇


 「それじゃあ1人で盗賊6人を倒したんですか!?」

 

 アンナさんが驚きの声をあげる。

 するとさっきまで騒がしかった酒場が一瞬にして静まり返った。


 「はい。そんなにすごいことなんですか?」

 

 1人じゃなかったけどね。


 「すごいもなにも、石ころ級冒険者は狙われたら最後ですよ。それに今日は1日目ですよね!?」

 そういえば今日は冒険者になって1日目だ。

 というか異世界にきた初日。

 なんだかもう2週間くらい過ごした気分だ。


 「確かにそうですね。運がよかったんでしょうか?」

 「これは運だけじゃないと思いますよ?」


 褒められることに慣れてないせいで破顔してしまう。 

 それにこんな美人の受付さんに褒めてもらえるなんて……

 「ツクモさん! 話の続き!」

 ああ。そうだったね。ありがとウィンディ。


 「ありがとうございます。それでこれが今日採取したものです」


 ジャラジャラ、と袋から鉱石と貴重だと思われる草を取り出す。


 「こんなに集めたんですか? 持ち帰るの大変だったでしょう?」

 「まぁ、それなりには……」


 運んでないなんて、いえない。


 「これでどのくらいのポイントですか?」

 「全部で5.8ポイントですね。あと94.2ポイントで次の鉱石級に昇級ですよ! 1日でこれはすごいことです」


 5.8ポイント……先は長そうだ。

 ウォルたちに手伝ってもらえばすぐ集まるのかな?

 でも怪しまれるかもしれないから……ここは地道にやるしかなさそうだ。


 「ちなみに換金額はいくらくらいですか?」

 「今日の全部で銀貨15枚です。この緑の「新緑石」が銀貨10枚分の高価な鉱石ですよ」


 ウィンディが持ってきたやつか。

 本当に高かったんだね。

 でも銀貨10枚ってどんくらいの価値なのか教えてもらってもイマイチ分かってないや。


 「この辺りで宿とかってありますか?」

 「はい。このギルドの真横にある建物が宿ですよ。1泊銀貨3枚なので安いですね。でもちゃんと食事は付いてますし、管理も行き届いていると評判です」

 「わかりました。それと魔法の名前が載ってる本とかはどこかで買えますか?」

 「初級のものでしたらギルドにおいてありますよ? レベルでいうと1〜2ですね。もう少し質の良いものでしたら、朝から開始される露店で販売していると思いますよ」

 「そうですか。ありがとうございました。ではまた明日お願いします」

 「はい。お待ちしてますね。ツクモ様」


 笑顔で送り出してくれるアンナさん。

 こんな嬉しいことがあっていいんだろうか。

 「ツクモさん。鼻の下伸びてます」

 おっと。いけないいけない。また周りの冒険者たちから睨まれてしまう。

 

 「じゃあ魔法のことが書いてある本を借りて宿に行こうか?」

 「そうですね。お店は朝にならないと開いてないみたいですし」

 「それにしてもあの盗賊は何者だったんだろうね?」

 「あの受付嬢が知らないみたいですし、明日ギルドマスターにでも聞いてみましょう?」

 「そうしようか。じゃあ行こう」


  ◇◇◇


 僕たちは冒険者ギルドをでてすぐ左にある立派な宿に向かった。

 こんなに豪華な外装なのになんで銀貨3枚で泊まれるんだろうか?

 でも僕としてはありがたいに越したことはないよね。


 そして宿の扉を開ける。

 ギルドのように木製の扉だ。

 輝かしい装飾が施してあって、木製でも建物の絢爛さに負けていない。

 そして受付にいるのは……アンナさんのような美人ではなく普通のおばちゃんだった。


 「あ、あの。とりあえず1泊、泊まりたいのですが……」

 「あらあら新人さんかい? 一泊銀貨3枚だけど大丈夫?」

 「はい。大丈夫です」


 さっきウィンディに貸してもらった銀貨3枚を取り出す。

 ちなみに僕が持っていたお金はウィンディに保管してもらっている。

 あの白い硬貨を受け取ったときのウィンディの目がすごくギラギラしてたのは面白かった。


 「はいじゃあ3枚ちょうど預かりました。部屋は3階の2号室を使ってちょうだい。夕食はこの階にある食堂だからね。あと30分くらいで時間だから遅れないようにしてちょうだいね」

 「わかりました。ありがとうございます」


 部屋の鍵を受け取って階段を上がる。

 外装と同じく宿内も信じられないくらい豪華だ。

 これで本当に銀貨3枚なのか?

 なんだか騙されているような気もしなくない。


 「ウィンディ、これってちょっと豪華すぎないかな?」

 「きっと人間は儲けてるんですよ。魔族を狩り尽くしてるんだからかなり裕福だと思いますよ?」

 「ちなみに魔族ってなんで狩られるんだろう?」

 「敵だから? ですかね? 後は武器なんかの素材とかかもしれません」


 そんなに富が欲しいのか。

 どこの世界でも人間はあまり変わらないらしいぞ。


 そして3階の2号質にたどり着く。

 もらった鍵でドアを開けると、中にはヨーロッパの高級ホテルを思わせるようなベッドや家具が配置されていた。

 しかもシャワーまで付いている。

 どうやら魔力を流し込めば水がお湯になって出てくる仕組みのようだ。

 魔力っていうのはまるで電気なんだね。


 「じゃあ早速魔法を勉強してみよう」

 「わかりました。今出しますね」


 ウィンディはなにもない空間から魔法の本を取り出す。

 何度見てもかっこいい。


 「どれどれ……」


 この本によると人間の使える魔法は僕の持ってる6種類と回復魔法だけらしい。

 あとは強化系の特殊な魔法。でもこの本には書いていない。

 そしてアンナさんの言っていた通り各属性の魔法がレベル1と2だけ載っている。

 火魔法はレベル1だとなにも使えないらしい。レベル2で「発火リトルファイア」という小さな炎を生み出す魔法。

 水魔法はレベル1で「水球ウォーターボール」、そしてレベル2だとなにもない。

 風魔法はレベル1で「小風リトルウィンド」が使えるらしい。1メートルの射程距離だけどそこそこの強さが出ると書いてある。

 土魔法はレベル1で「小岩銃ストーンキャノン」。20センチ程度の岩を発生させて撃ち出せるらしい。

 雷魔法はレベル1で「小雷リトルサンダ」。軽い電気ショックのようなものらしい。

 氷魔法はレベル1で「小氷アイス」。これは手で触れないと発動できないのか。でもスピードは遅めではあるだけど、レベル1にして殺傷能力があるらしい。


 そして操作系のスキル 

 ただ魔法を変形させるだけかと思ってたけど、スキルレベルの分魔法の威力を倍増させるらしい。

 てことは僕の水魔法は15倍の威力なのか。

 そしてウィンディが言ってた通りレベル5で無詠唱。

 でもスキルレベルを上げるには並大抵の努力じゃダメらしい。

 この本によると鉱石級で魔法か剣技のスキルレベルが2あれば優秀だそうだ。

 つまり僕は結構優秀らしい。


 「魔法も奥が深いんだね」

 「そうみたいですね。私はこんなこと全然知りませんでしたよ」

 「魔族は元の能力が高いからこんなこと気にしなくてもいいんだろうけどね」

 「それはそうかもしれません。私は生まれた時から水なら自由に操れましたからね」


 ウィンディは特例な気もするけど……まぁいいか。

 魔法を試すのは明日にしよう。

 何か壊して弁償するのはいやだ。


 「じゃあそろそろご飯に行こうか?」

 「そうですね。お水が欲しい気分です」


 異世界に来て初日。

 色々ありすぎたけど、言い方を変えれば順調だ。

 仲間もいっぱい増えたし、それに方針も固まってきている。

 後は他のダンジョンについての情報と魔族の生息地だけ知れれば大丈夫だ。



 

 

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