第8話:ダンジョンの壁は「魔物」でできている

 「ウィンディ、ちょっといいかな」


 イツビは僕の膝にちょこんと座っている。

 そしてなぜか僕の肩を濡らし続けているウィンディ。

 今後の方針をみんなに相談しないと。


 「なんですか?」

 「ここに隠し部屋みたいなのを作ろうと思うんだけど、どう?」


 ウィンディは首をかしげる。


 「どう言うことですか?」


 さすがに質問が直球すぎたみたいだ。


 「イツビを街に連れて帰るわけには行かないだろ? 尻尾は5つ生えてるし、さすがにばれちゃうと思うんだ」

 「そうですね」

 「だからここに仮の拠点を置こうと思うんだけど、あ、もちろん魔物たちのね」

 「それで隠し部屋ですか? でもダンジョンは決められた階層しか存在できないと聞いたことがありますよ?」

 「でもさっき壁を壊したみたいにもう存在している階層なら拡張できるんじゃないかな?」

 

 理想ではこの階層に隠し部屋を作ってイツビを匿う。

 そして僕たちは街に戻って何もいなかった、と報告すればいいだけだ。

 しかも「採取」だと言ってくれば頻繁に来ても怪しまれることはない。

 

 「それなら可能ですけど? それって隠し部屋になりますか?」


 もっともな意見だ。いくら新しい部屋を作っても隠せなきゃ意味がない。

 後続の冒険者に万が一見つかったりでもしたら討伐対象になりかねない。魔人だし。


 「うーん。それは……」

 「私が隠してあげようか?」


 膝の上にいるイツビが振り返ってくる。

 頭についている耳がちょこちょこと動いていて可愛い。


 「そんなことできるの?」

 「うん。多分ね。進化して「妖術」のレベルが一気に上がったの。ママのよりもっと高いみたい。それでなんだか幻術?がレベル7から使えるって聞いたことあるからやってみるね」


 イツビは僕の膝から立ち上がって手を前に伸ばす。

 すると5つに分かれている尻尾の先に紫色の火が灯った。

 

 「確か魔法名は……「神隠し」」


 イツビが小さな声で魔法を唱えた。

 すると周りの景色が変わっていく。

 さっきまで洞窟の中にいたはずが、今は草原にいるようだ。

 しかもそよ風まで吹いている。


 「これはすごいですね……」

 「そうだね。でもこれは幻覚なんだろ?」


 「そうだよ! 私ってばすごいでしょ!?」

 

 何もないところから声が聞こえる。

 今気がついたがイツビの姿も消えていた。


 「すごいよ。でもこんな大規模な魔法じゃMPの消費が激しいんじゃない?」

 「私は幻覚を生み出すならMPは使わないの。攻撃系の妖術ならMPがいるみたいだけどね。これも進化してゲットしたパッシブスキルのおかげかな?」


 イツビは自分の技能に半信半疑のようだ。

 だがステータスを見てもMPは減っていない。

 これは常時発動も夢じゃないな。


 「そうなんだ。分かった。じゃあ今から部屋づくりをしよう。もう止めていいよ」


 僕がそう言うとイツビは「神隠し」を解除した。

 そして周囲の景色はさっきのような岩壁。

 目の前にいるのは全裸の……ってあれ? 服を着てる?


 「イツビはいつ服なんて着たんだ?」

 「秘密!」

 「ツクモさん。あれも幻術の一種みたいですよ?」


 こっそりとネタバレをしてくれたウィンディ。

 でもなんで和服?


 「なんで和服なんだ?」

 「和服? よくわかんないけどツクモが着てるやつを真似したの! 可愛い?」


 赤と白の和服。所謂巫女服みたいだ。

 狐の耳と尻尾にマッチしていて可愛い。


 「うん。可愛い可愛い。よく似合ってるよ」

 「やった! 褒められた!」

 「そ、それなら私だってできますよ」

 「ん? ウィンディ?」


 肩にいたウィンディの方を振り向くと僕の顔はいつにもましてびしょびしょに濡れた。

 慌てて顔を拭うと目の前に水色の和服を着た小人の少女が現れる。


 「どうですか? 似合ってますか?」

 

 色々なポーズをとって和服を見せびらかしてくる。

 でもその度に水が顔に飛んでくるんだよなぁ。

 まぁ小さい人形みたいで可愛いけど。


 「似合ってるよ。可愛い可愛い」

 「ほ、ほんとですか!? じゃあイツビちゃんとどっちがいいです?」


 え? なんでそこで迫ってくるんだ?

 僕からしたらどっちも同じようだけど……


 「えーと。2人とも同じくらい可愛いよ」

 「ほんと? やったー!」

 「え、同じですか……」


 意見が割れた2人であった。



 「じゃあ早速部屋作りに取り掛かるけど……3人じゃ大変だよね?」

 「どのくらいの規模かにもよりますね。イツビちゃん1人くらいなら3人でもできる大きさだと思いますよ?」


 今後ここを魔族保護の拠点にしたいからなぁ。

 どうせだったら大き目に作ろう。


 「せっかくだから大きく作ろう。今後もここに魔族を集める予定だからね」

 「でもここには私以外のみんなはいないよ?」

 「多分大丈夫かな? 多分だけど」


 僕は片手に「水槌ウォーターハンマー」を形成させる。

 そしてダンジョンの岩壁を思いっきり叩いた。


 「うわぁ! さっきの怖い音はツクモがやってたの!?」

 「あれはウィンディだよ。まぁ僕が頼んだんだけどね」


 イツビの尻尾と耳の毛が逆立つ。

 どうやらトラウマになっているらしい。


 「そしたらこの砕けた岩を……」


 僕は砕け落ちた岩に手を当てる。そして発動するのは「生命授与」。

 予想が正しければ動いてくれるはずだ。


 小さな光が無数に現れる。

 一際大きい岩が1つと、無数も小さい岩たちが光に包まれている。

 そして300年間見てきた光景が目の前で再び起こる。


 「……お、おいらは一体……」


 成功だ。岩が動き始めたぞ。しかもゴツゴツとした足と手が生えている。

 予想以上の結果だ。


 「こんにちは。僕はツクモって言うんだけど、僕の言ってること分かる?」

 「わ、分かる。いや、分かりやす。再び魔力を流していただきありがとうございやした」

 「再び? 君はただの岩だったんじゃないの?」

 「おいら達は元々魔物なんですよ。生きてるダンジョンの壁の大部分は下級の魔物でございやす」

 「へー。僕はてっきりダンジョンの壁から魔物が生まれ落ちてくるのかと思ったけど?」

 「それは少し違うでやんすね。ダンジョン内には「魔」の魔力が溜まりやすい場所があるでやんす。そこから自然発生するのが魔物や魔獣でやんす。おいら達はダンジョンの壁を形成するためだけに発生した「魔物」ってわけでやんすよ」


 難しいな。てことは元々歩けたりする訳じゃないってことか?

 でも「魔物」と「魔獣」の発生条件を聞けたのは良かった。「魔」の魔力を集めればいいんだな。


 「なんとなくは分かったが、つまり君達は死んでたのか?」

 「そうでやんす。ダンジョンの主が機能を停止するとその時点でおいら達はおしまいでやんすね」 

 「そうか。そういえば君達は元々歩ける種族なの?」

 「そんなことはありやせん。おいら達は言うなれば壁としてダンジョン内の魔力の循環を効率よくしているだけなので、今こうして立っていることが不思議でやんすよ」


 なるほど。これも進化の一種か。

 元魔物なら魔獣かもしれないな。

 でもこのでっかい岩だけが話してるけど、他の小さい奴らはどうなんだろうか?


 「君の後ろにいる小さい子達は喋らないみたいだけど、大丈夫なのかな?」

 「おいら達は壁全体で1匹の下級「魔物」でやんす。だからどの岩もおいらとつながっていると思ってくだせぇ」


 クローンみたいなものかな?

 でも全部の岩に名前をつけなくて済みそうだ。


 「君達はこれからどうしたい? 僕はこのダンジョンに魔族が暮らせるような場所を作りたいと思ってるんだけど。手伝ってくれるかな?」

 「もちろんでやんす! なんでもするでやんすよ!」

 「じゃあ名前つけるけど、いい?」

 「な、名前を下さるんでやんすか? それはありがたいでやんす」


 どうやら魔物や魔獣は名前が欲しいらしい。

 主従関係を強制的に結ぶ感じで僕はあんまり好きじゃないけど、そんなことを言ってたら200年勤務になっちゃうからな。

 しかも後10年で魔界が侵略しかねないらしいし。

 でも具体的にどう守ればいいんだろう? 

 多分人族と同程度の戦力を揃えれば睨みあいになってくれるよね?

 とにかく急がないと。


 「じゃあ君の名前は……ウォル……」

 また激しい頭痛に襲われる。

 しかしウォルとは安直な名前だ。

 まんま壁、ウォールじゃないか。

 でもウィンディもイツビもだいぶ思慮に欠けてるし……

 次の子にはいい名前をあげよう。


 「ウォ、ウォルでやんすね! ありがとうございやす。ツクモ様のために頑張るでやんすよ」

 そしていつものごとくステータスが表示される。どれどれ……


個体名:ウォル(魔獣) レベル10 MP48


種族名:ストンガーズ   


性質:魔


スキル:身体強化レベル1、土魔法レベル2、土操作レベル1、岩肌レベル2


パッシブスキル:土は友達、建築、主従(従)


 「建築」のパッシブスキルがあるぞ! これはありがたい誤算だ。

 それに「土は友達」ってなんだか情けない名前だな。

 でも土に特化してるのは分かるな。

 それに新しいスキルが3つもあるぞ。

 「土魔法」と「土操作」はありがたい。

 「岩肌」が何かよくわかんないけど……


 ついでに僕のスキルも確認してみる。



性質:神


スキル:火魔法レベル1、水魔法レベル 3、風魔法レベル1、

    氷魔法レベル1、雷魔法レベル1、土魔法レベル2、

    水操作レベルMAX、火操作レベル3、土操作レベル1、

    身体強化レベル5、妖術レベル8、岩肌レベル2


固有スキル:生命授与

パッシブスキル:スキル借用、異種間交流、主従(主)


 やっぱり思った通りだ。「身体強化」のレベルが1上がっている。

 どうやら加算方式で借りたスキルのレベルが上がるらしい。

 これなら仲間を増やし続けた方がいいな……でも鍛錬もちゃんとするぞ。


 「「岩肌」ってどんなスキルなの?」

 「ツクモ様も「岩肌」を持ってるでやんすか!?」


 ああ。説明するのを忘れてたな。


 「僕は主従関係にある魔族のスキルを借りられるみたいなんだ。だからウォルの「岩肌」を借りてるんだよ」

 「なるほど。さすがはツクモ様でやんすね。「岩肌」はこんな感じに使うでやんす」


 ウォルは腕に力を入れ始めた。

 元々岩でゴツゴツしていた腕が金属のようになる。

 そのゴツゴツ加減は健在だ。


 「おお。つまり外装の強化ってこと?」

 「そうでやんすね。武器にもなるでやんす」


 なるほど。早速使ってみよう。


 「「岩肌」」


 って、あれ?何も変わったように見えないな?


 「ウォル、これって発動してるのかな?」

 「してると思うでやんすよ。おいらにはわかりやせんが、元々の体の特徴に合わせてあるんじゃないでしょうかね?」


 「ウィンディ。これって魔法発動してる?」

 「ん? じゃあ「水槌ウォーターハンマー」で軽く叩いてみますね」

 「え、ちょ。ちょっと待って」

 「いきます!」


 ウィンディの繰り出した水槌は僕の右腕に当たると水に変わって消し飛んだ。

 「なかなか硬いみたいです。すごいじゃないですか!」

 「う、うん。そうみたいだね……」


 怖かった。腕が折れるかと思ったよ。

 今度はウィンディのいないところでスキルを試そうかな。

 でもいつも僕の肩の上だし……

 まぁ今日は異世界に来た初日だ。

 そのうち色々と変わっていくだろう。


 

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