第54話 副魔王 もっと凄いもの

 生け贄。

 その言葉にトーマはすぐにはピンと来なかった。

 だって、あのばばぁは、ちゃんと存在しているではないか。

 そんなトーマをよそに、ロクシャーヌは


「あそこから下がってるシャンデリアも、その壁も、あの装飾品も、絵も、なにかしらの魔道具! アイテム! それを全部動かしてたのがルイーズ・クオィ! 凄い、ほんとに凄い」


 と大声で叫び、頭を抱えた。


「凄いけど、……ルイーズ・クオィは、動かすための動力源の中に取り込まれちゃってる……」


「えーと、じゃあ、鏡で点滅してた二つ目の婆さんの印は、動力源の中に入ってる、本体? 的な?」


「……、」


 ロクシャーヌから返事はなかった。変わりにまたぶつぶつと呪文らしきものを呟き始めた。


「呪い」


「え?」


「呪いなのよ。お婆さんが口癖みたいに言ってた、死ねない呪いってやつ。本当みたい。お婆さんは嘘ついてないし、話を大袈裟にもしてない。このお屋敷だけじゃないの。昔、この辺りはお婆さんの魔力で統治されてたのよ。ありとあらゆる地脈みたいなとこに、お婆さんは魔法と呪術を組み込んで、便利に使えるようにしてたの」


 それが本当ならあの預言者は天才としか言いようがない。けれど、日銭を稼ぎ怪しい闇の仕事にまで手を出していた老婆とはイメージが繋がらない。


「それが、ある日、ルイーズ・クオィは……逆に、利用されたみたい」


「逆に?」


「魔道具に、主導権を奪われた……。魔道具がルイーズ・クオィを飲み込んだ」


「そしたらあの婆さんはなんなんだよ」


「……えっと、……んー……、願いは、叶った。ルイーズ・クオィは望んだものを手に入れた。……ルイーズ・クオィが望んだもの……、望んだもの……、それを手放せば、ルイーズ・クオィの呪いは解かれるんだけど、ルイーズ・クオィは、解呪には来なかった……」


 解呪、お婆さん、魔道具、鏡……、ロクシャーヌはぶつぶつと呟き続けている。

 魔境の預言者と呼ばれたあの老婆が望んでいたものなど、トーマには予想が出来なかった。富と名声を欲していたらば、あんな生活はしていないだろうし、なんなら百発百中の預言でとてつもない地位を得ていただろう。そう考えれば、あのばばぁは献身的だな、なんて認識が改まった。それに、この城に住まう令嬢ならば富と権力など既に得ていた。

 では何が欲しかったのだろう。

 死にそうな家族を助けたい、もしくは死んだ誰かを生き返らせたい。

 それならば、願いが叶って代わりに呪いがかかっても、解呪はしないかもしれない。

 考えても真相は明らかになどなりはしないのだが。

 ふと手にしていた鏡をみると、冷気て氷かけた表面に変化があった。


「ロクシャーヌ! 婆さんが近づいてきてる! もうすぐ点滅同士が重なるぞ!」


「急がなきゃ! 多分動力源のとこはもっと強い魔物の縄張りになってる!」


 言うやロクシャーヌは走り出した。


「場所は分かるのか!?」


「何となくだけど!」


 既にロクシャーヌは鏡での地図を必要としていなかった。

 氷の範囲から外れると、また鳥のキツい臭いが漂ってくる。

 

「魔物は俺に任せろ」


 先手を打たれた先ほどとは違い、トーマは襲い来る魔鳥を次々と仕留めていった。魔力も少し回復している。

 朽ちた通路や階段は足元も危うく、走ることが困難だった。そのため地の利は魔鳥にあったが、不思議と体が軽く、少ない足場を利用して跳ね回ることができる。風魔法を併用すれば天井に着地することも簡単だ。


「トーマ、ここ、魔力を浴びることができるみたい」


「どういうことだよ」


「ルイーズ・クオィの魔力が降り注いでる」


 なるほど、だから魔力が回復し出したし体も軽いわけだ。

 しかし、他者に影響があるほどに魔力を放出しているだなんて、化け物じみすぎているだろう。


「だから、この先の魔物はもっと強い個体がいるよ! ルーフの下位亜種なんかじゃなく、もう未知の上位魔獣レベル!」


「最悪じゃん!」


 目の前にいる魔鳥を両断しながらトーマは叫んだ。



 とはいえ、進めば進むほどに魔力の回復がめざましいのだ。

 栄養剤の中にいるみたいな気分だ。

 一通りの魔鳥の襲撃を処理し、先に進む。


「ねえトーマ、あの壁の装飾品、取れる?」


 今いる場所は華やかな部屋だったのか、所々に飾りが残っている。まだ崩れきってない壁肌に、鈍い光を放つ何かがあった。埃やなにかの粘液が付着し、正体不明だ。だが、

 

「あれ、短剣っぽい。ちょっと詳しく見てみたい」


「……了解」


 正直触りたくないので風魔法で一旦汚れを吹き飛ばし、布を被せてから取った。

 思ったよりも軽い。


「ほらよ」


「ありがと。…………、これ貰っていこう。《天才魔道具師 ルイーズ・クオィ作 神剣 無銘》だってさ」


「…………」


 このような形で、たまに見つかるレアアイテムを略奪、もとい手に入れて回った。


 そうして、最後の目的地に到着する。

 かつては細工が美しかったのだろうが、いまやボロボロになった大きな扉。向こう側から、尋常ではない威圧感が放たれている。


「ここが、ルイーズ・クオィがいる場所。その名も《鏡の舞踏場》」


「鏡……」


「ね、あの魔境、見てもいい?」


「もちろん」


 ロクシャーヌの手に魔境が戻ると、その鏡面からパァっと光が放たれた。


「んー、だめだ、この中の詳細な間取りとかは見れない。この中だけは鑑定魔法で上手く見れなくて。鏡を使っても無理だなんて、お手上げすぎ」


「魔力吸われてる感覚はもうないのか?」


「それがほとんどないの。この鏡自体が、周りの魔力を吸収してるっぽい」


 つまり、ルイーズ・クオィの魔力がある場所では魔道具が使い放題なわけだ。

 凄いシステムだな、とトーマは辺りを見回した。こんな廃墟になる前は、どれだけのハイテクノロジーに溢れていたのだろう。

 しかしいまや、そのハイテクノロジーは魔獣の強化育成装置になってしまっている。


「! トーマ! お婆さん来た!」


「行くぞ!」


 トーマは勢いをつけて扉をぶち破った。

 そして同時にガラスが割れるような音がして、数匹の巨大な魔鳥が天井から突っ込んできた。

 ギャアギャアとけたたましい声をあげながら争っている。

 餌の奪いあいだ。

 餌は、人間の老婆。


「お婆さん!」


「ちくしょう!」


 トーマは魔法を唱えようと構えた。

 その時だった。


《醜い……》


 と、女の声。

 そしてものすごい速さで、何かが魔鳥を凪払った。

 魔鳥たちはあっという間に両断され、亡骸が床を転がっていく。

 なにが起こったのだ。

 トーマとロクシャーヌは恐る恐る上を向いた。

 天井に、巨大な鳥がいた。鮮やかな、まるで古代宗教の壁画から出てきたような、極楽鳥に似たなにか。金色に輝く幾つもの尾羽がゆらゆらと動いていた。

 その極彩色の魔鳥が守るように止まっているのは、やはり巨大な楕円形の鏡。

 無数に穴が開けられた天井から外の光が差し込み、鏡に反射している。

 

 やばい。

 まずい。



 何百という魔鳥にも、ヨタルの領主が飼っていたドラゴンにも、これほど圧倒されたことは無かった。

 これには、敵わない。

 こんな魔獣、見たことがない。

 そもそも、生まれ育った村の周りにはこんなにも強そうな魔獣はいなかった。その村から半日足らずで着くような場所に、次元の違う魔獣がいるとは思いもしなかった。

 

《あら、懐かしいものが二つも同時に来たわね》


 先ほどの女の声。まだ若い、十代半ばの少女のような声だ。

 その声は鏡から聞こえてくる。

 魔鳥に護られる鏡。その前に転がる肉片が、ぐにぐにと蠢き、徐々に人間の形になってゆく。普通なら、その奇妙すぎる現象に不快さを感じるはずなのに、全く心が動かない。

 そんな些細な感情を無かったことにするほどの威圧。

 いや、まてよ。

 もっと凄いものを知っている気がする。こんな恐怖などまるで及ばない、圧倒的ななにかを知っている気がする。



《まだ呪いは健在なのね。ほんと感心しちゃうわ。私の、その、力に》


「トーマ、トーマ、お、お婆さんを連れて帰ろうっ、早く逃げようっ」


 泣きそうなロクシャーヌの声がそばでする。


《逃げちゃうの? そう、それもいいんじゃなくて?》


 そして少女の可愛らしい笑い声が響いた。

 目の前の肉塊が完全な人間の老婆に戻る。

 そして老婆はよろめきながら起き上がった。

 またもや少女の笑い声が響いた。


《ふふ、醜い……》

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