第53話 副魔王 挑まれる

 予言の魔女なるぼろきれのような老婆。アルマスはそれが飛び去るのを見たあと、とっさに馬を駆っていた。


「長! お待ち下さい!」


 配下が止めるのも聞かずに村を飛び出した。それを見た配下達が次々と馬に乗り後に続いてきた。

 鳥の群れの速さは馬を凌ぎ、どんどん離されてゆく。

 それでもアルマスはどうしても追うことを諦めきれなかった。

 あの怪しい人間の預言者を手放すのが酷く惜しいのだ。先読みの力は得難い宝。あれを手元に置いておけば、これからの計画にかなり役に立つ。いや、あの老婆を手に入れるか否かで運命が変わる。

 あれがいなければ、あの得たい知れない圧倒的な力に、対抗できない。

 あの力に、近づけない。

 恐怖がよみがえり、そしてゾクゾクという快感が這い上がってきた。

 笑みが歪んで浮かぶ。

 あの力に触れたい。あの力に打ち勝ちたい。あの力を取り込みたい。あの力に、取り込まれたい。

 あれを取り込み、あれの一部となって、魔王になる。

 ゾク

 想像するだけで、体が燃えるように熱くなってゆく。


「……長?」


 アルマスの興奮は、配下達の目には興奮ではなく変化として写っていた。

 長の姿、その細部にまで覆われたオーラの様なものが刻々と変わっているのだ。

 同じようで別物と化しながら、その変化は美しさもあり、配下達は魅了されたかのようにその背を追った。しかし、配下達の乗る馬達は、前を走る魔族の長に怯み始めたのだった。


 そして興奮の最中にあったアルマスは、突然、呼吸ができなくなった。

 体が動かなくなった。

 ゾッ

 なにかが、いる。

 これは、抗えないナニか。

 恐怖で失神しそうだった。

 騎乗している馬も足を止めている。だが、恐怖を感じている風ではない。

 配下達が、急に止まった長の周りへとやってきた。

 やはりこの恐怖は感じていないようだった。


 であれば、この力は、やはり。


 息ができなくなりながら、アルマスはなんとか顔を上げた。

 

 いた。


 直視することが不可能なほど、目映い光をまとった圧倒的ななにか。それが上空にいる。

 そのそばにはあの天馬の子馬がいたが、そんなことはどうでもよかった。あの預言者が遠ざかっていくが、気にしていられなかった。

 いた。

 怖い。怖い。逃げたしたい。しかし、ここで逃げてはいけないと直感が言っている。

 逃げるべきだと本能は叫んでいる。


「は、……はは、はははは、」


「長? どうされたんです!」


「あはははははは! お前達には見えないのか! あれが! あのお姿が!」


 アルマスには、姿は見えていなかった。目映すぎて、目が焼けそうだった。だが見えていた。目映いのは実際の光ではない。体が拒否をしてしまうくらいの圧倒的なオーラだ。


「あ、あれは、ヒヨリ村の天馬ではないですか!」


「こんなところに、なぜ!」


 配下達が武器を手にし、臨戦態勢をとった。

 その天馬達など、どうでもよい。

 なぜ気がつかないのだ。なぜ、あの素晴らしく恐ろしいものに気がつかないのだ。


「天馬の横にいるモノは、どんなものだ?」


 アルマスは側近とも言える配下にたずねた。


「そばには、……確かに誰かがいるようにも見えます」


「分からないのか?」


 なぜだ。


「いえ、確かにいるのですが、見えないわけではないのですが、……空中に何者かが立っているのですが、さほど気にならなかったと申しますか、」


 配下は戸惑っていた。

 アルマスはふっと笑いがもれた。

 つまり、あの圧倒的な得たいの知れない美しい光は、己の力をしぼり、気づかれないほどに能力をひた隠しにしているのだ。

 だからほとんどの者が気づかない。

 だが、気づいてしまった。気づけるほどに自分の能力が上がったのだとアルマスは喜び、同時に絶望した。

 力をしぼりにしぼって尚、あの目映さ。

 敵うものではないのだ。

 

 だが、直感が言っている。逃げてはいけない。

 本能は叫んでいる。逃げろいますぐ逃げろ。


「どんな姿だ?」


「は?」


「天馬のそばにいるものだ」


「は、はあ。そうですね。長身の男性体で、金色の長い髪をしているかと」


 そうか。そのような姿なのか、魔王は。

 まるで典型的なエルフか精霊のようではないか。

 魔族の王でありながら、力を絞ればそのようなよわよわしい姿になるのか。

 でありながら、この恐ろしさよ。


 ああ、逃げ出してしまいたい。

 けれど、ここで、一歩進めば、私は。

 私は変われる。


「天馬の主よ!」


 アルマスは剣を抜いた。


「我が名はアルマス!」


 馬の鞍の上へトンと乗り、そのまま上空へ跳んだ。空気に乗り、飛行魔法で目映い力へ向かって駆け抜ける。

 恐怖で発狂しそうだった。


「尋常に、勝負!」


「何ゆえだ?」


 アルマスの耳元で、不思議と心地よく響く声がした。





 


「鑑定? 鑑定魔法ってことか?」


「そう。鏡を使って地図を見るんじゃなくて、この建物自体を鑑定してみる」


「そりゃしてもいいけど、」


「一番必要なのは地図だってのは分かってるよ? 地図にトラップとか結界とかでるし、この鏡はすごい性能だから敵とかも表示されるし。けど、一旦鏡なしで鑑定魔法を使ってみようと思う。……勘だけど」


「勘?」


「魔法自体が勘みたいってわけじゃないからね?」


「分かってるって」


 ロクシャーヌは鏡をトーマに渡し、ゆっくりとながったらしい呪文を唱え始めた。鑑定魔法は基本的に鑑定眼という潜在能力に頼るが、その仕組みを解析し体系化した学問と方式がある。つまり魔法が開発されている。

 鑑定眼を持ち、最適化された呪文を用いれば、かなり精度の高い鑑定魔法が使えるはずだ。

 トーマはその魔法を初めて見た。

 鑑定は預言者のばばぁがちょちょいとやっているところしか見たことがなかったからだ。

 呪文をつむぎながら、ロクシャーヌの目付きがぼんやりしたものに変わる。どこを見ているのか分からないが、指でゆっくりと空中に陣のようなものを切る。

 何種類かの陣を切り終わったあと、目付きはまだぼんやりとしたまま、呪文が終わった。


「クオィ伯爵邸は……、この建物自体が、巨大な魔法道具」


「えっ?」


「クオィ伯爵邸の建築年は約300年。けど、様々な魔術的改造がされている。改造したのは、ルイーズ・クオィ」


 ロクシャーヌの目付きはまだ虚ろだが、視線自体は動いている。


「今はほとんど動いていないけど、動力源はまだある。まだ魔力を産み出し続けてる」


 そしてロクシャーヌは斜め上を指差した。


「あっちの方向に動力源があって、鏡の間……舞踏場って呼ばれてる。行き方は、……上手く説明できないから鏡で地図を出した方がいいかも。今の建物の持ち主はアルマスっていう魔族だけど、実効支配してるのは魔鳥の《ルーフ》の下位亜種。下位亜種だけど、動力源の魔力を浴びて独自進化してる。未発見の魔物だから正式名はまだないみたい。あと、動力源だけはアルマスの所有でもなくて、ルイーズ・クオィってなってる」


「ルイーズ・クオィって、あの預言者だよな?」


「んー、と。ルイーズ・クオィは、……魔境の預言者であり、クオィ伯爵令嬢であって、クオィ伯爵邸の……」


 そこまで言って、ロクシャーヌはパッと目を見開いた。


「ルイーズ・クオィは、クオィ邸の……生け贄だ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る