第49話 副魔王 あやす



 朝餉を終えた後、子馬たちは眠たそうにあくびをした。

 今朝はまだぐるぐるの練習をしていないし、なによりローザがじっと待っているので寝せさせるわけにはいかない。

 副魔王はちらりと部長を見た。困ったように笑い、首を横に振る。ローザはきっとトーマの現状がわかるまで動かないだろう。

 まあよい。頼りにされるのは気分が良い。

 こんな風に真摯な目つきで期待をしてくれる世界は素晴らしい。

 はやくしろよ、おっせーな、使えねえ、なんて冷たい目つき向けられる世界はもうないのだ。


「クーリン、フーリン。今日は遠くまで散歩に行くか」


 ヒ?

 ヒ?


 眠そうにしていた瞳がキュルンと動いた。すくっと立ち上がり、めちゃくちゃ笑顔で副魔王の周りを回り始める。

 副魔王はお出かけ準備とばかりにトンカチを手に取った。


「さー、どこに行こうかなー。どこが良いであろうかなー? さー、どこがいいかなー? クーリンとフーリンははどこに行きたいのだぁ?」


 ヒーン!

 ヒーン!


「おお、滝の裏側? ああ、城の庭のことか。うーむ、今日は城にではない所にしよう。せっかく外に出たのだからな、元に戻らなくていいのだ。私は城には戻りたくないなー」


 危うく魔王城に戻らされるところであった。

 魔王城の中庭にある滝の裏側にヒスイホタルブクロが咲いていて、夜になると緑色に光輝く。気晴らしついでに子馬たちとよく散策をしていた。子馬たちの小さな足にはちょうどいい凸凹の岩場で、そこを駆けまわるのがたまらなく好きらしいのだ。

 

「さー、どこがいいかなー。そうだ、今日はトーマと会っていない気がするぞー? トーマはどこかな? トーマー?」


 ヒーヒー?

 ヒーヒー?


「……うーん。トーマは来んなぁ」


 ヒーン

 ヒーン


 子馬たちの耳がシュンと垂れた。


「どこか遠くにいるのかもしれんなー」


 ヒーン

 ヒーン


「よし! では迎えに行ってやろうか!」


 ヒン!

 ヒン!


「さあ、トーマはどこにいる? どこにいるであろうかー。さー、クーリン、フーリン、トーマのところへ連れて行ってくれぬか~?」


 子馬たちの翼が光り輝きだした。

 そして副魔王はその光を浴び、小屋から離脱した。





 魔族であるアルマスは部下を連れて自分の領地に戻ってきたのは、ヒヨリ村を襲撃した翌日だった。

 ラ・アルマス村。

 村に残っていた魔族たちは、帰ってきた者たちの変貌ぶりに驚いていた。

 なんとも美しく、強く変わっていたのである。

 特に長は、ただの村の長とは決して見えないほどのオーラを放っていた。村民たちは自然と膝を折った。

 しかしながら、その長アルマスを含めたほかの精鋭たちの表情がすぐれない。

 アルマスは部下達にねぎらいの言葉をかけてから自宅へと戻った。

 自宅は、周りの民家に比べれば設えは良いものの、今のアルマスにとっては相応しくないほどの質素である。


「長、どうされたのですか」


 家の手伝いに来てくれている魔族が心配そうに声をかけてきた。


「長は強くなられました。皆、それを肌で感じております。誇りに思っております。……ですが、……なにかお困りなことでもあるのですか?」


 長アルマスは静かに言った。


「……私は、まだ強くはない」


 思い出すのは天馬の圧倒的な力。まだ生まれて間もないような子馬でありながら、すさまじさにしっぽを巻いて逃げ帰ってきたのだ。

 情けない。

 そして、抗えないあの得体のしれぬ圧力。

 情けない。


「私は……」


 弱い。

 そう自らを認めた瞬間、心の奥にむくりとなにかの感情が起き上がったのだった。

 私は弱い。あの力に抗えなかった。

 悔しい。

 悔しい。

 アルマスの体に弱さは染みわたってゆく。そして悔しさが広がってゆく。

 体中がうずくように熱くなってゆく。

 悔しい。私は、弱い。弱いのだ。弱いが、弱いままではいられない。あの力、あの圧倒的な力。

 あれを、もっと、……感じていたい。


「長……?」


 手伝いに来ていたなんの力もない魔族でさえ、アルマスの変化に気が付いた。

 見た目はそれほど変わっていないのに、その内側が目まぐるしく変化しているのだった。


「あの、長アルマス? ……」


「……我々はもう、こんな小さな村の魔族ではないぞ」


「は、はい」


「クオィ郷も、まわりのクォイ群も、そのさきの村も街も我が支配下におさめた」


「な、なんと……この十日余りで……、なんと……!」


「魔獣も手に入れた。ヨタルの街を襲った」


「……! あの城塞都市をですか!」


「ああ。……だが、……小さな村で返り討ちにあったのだ……」


「村、ですか……」


「ああ。私は弱い。……だが、弱いままでは終わらん。急ぎすぎたのだ。……今は手に入れた物全てをさらにより良いものにし、……我々を豊かにし、力を蓄える」


「は、はい!」


「目指すのは、我々の繁栄だ」


「はい! 長アルマス!」


 その時、長アルマスの家に共に戦いに赴いた部下達がやってきた。


「長、失礼いたします。少々ご報告があります」


「なんだ」


「支配下におさめた魔鳥が、ヨタルより奇妙な死骸をもって帰りました」


「死骸?」


「はい、人間の老婆の死骸なのですが、それをついばみ続けているのです」


「なんだ、餌だろう。放っておけ」


「それがですね、その死骸がなくならないのです。ついばんでもついばんでも減らないと言いますか。それをめぐって魔鳥たちが喧嘩をはじめまして。魔獣使いでも手に負えず」


 些細なことに思えたが、アルマスは様子を見に行くことにした。


「その魔鳥たちはどこにいる?」


「ご案内します」




 案内されたのは集落のはずれの荒れ地である。そこに使役にした魔鳥の大群が集まっていた。

 飛影のしたで魔獣使いたちが命令をしているが、どうも言うことを聞かない鳥がいる。


「あれか」


「はい」


「ヨタルから鳥を撤退させたのか?」


「いえ、鳥たちのほとんどはそのまま監視に残し、四つの群れに分けて襲撃させております。この鳥たちは護衛で連れてきたのですが、あれらが言うことを聞かなくなりまして……」


 アルマスはその鳥たちを睨んだ。

 魔獣使いとしての能力を持って、手を掲げる。

 すると命令を無視していた鳥たちが騒ぐのを止め、アルマスを見た。そしてうなりながらもゆっくりと降りてくる。

 そのうちの一羽が、ボロ雑巾のような塊を握りしめていた。


「それはなんだ? 放せ」


 ギギギ


 不満そうな声が鳥から漏れるが、ゆっくりとその塊を放した。


 近寄ってみれば、血まみれですぐに判断付かなかったが、確かに人間の老婆の様だった。

 酷く醜く、骨と皮のようで餌としてもなんの魅力もなさそうだった。

 なんでこんな物を? と首をかしげていたが、アルマスは気が付いた。

 血まみれであるが、傷がない。そして目に生気がある。


「……生きているのか?」


 まさか、と案内の魔族が声を上げる。それをせいしてアルマスは命じた。


「おい、これを回収しろ」


「え、これをですか……」


「ああ。どうも面白いものを拾ってきたようだ」


 アルマスはその塊から漏れ出す魔力を察知し、笑みを漏らした。

 


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