第46話 副魔王 ハッとする


 ここは人間の国だ。けれども、小規模ではあるが魔族や精霊族が暮らす集落もいくつか存在する。その一つだと思いたいが、ロクシャーヌの言い方から考えると、違うのだろう。


「住んでるのは人間と家畜だけなんだけど、魔族の村なのよ。それもここ最近、うん、一週間って感じ。……鏡でなら詳しく調べられるんだとは思うけど……」


 村という大きな存在を調べたら、魔力はあっという間に消費してしまうだろう。


「……もしかしてヨタルとか、……ヒヨリ村を襲った魔族の仕業……かもしれないな」


 トーマの言葉に、ロクシャーヌは


「そうかも。……どうする? 入る?」


 と、入りたくなさそうに提案する。


「いや、やめておこう。……気になるけれど、中に入って面倒に巻き込まれたりしたら予定が狂う。……疲れてるかもしれないけど、先に進んでいいか?」


「もちろん! 早くここから離れよっ!」


 ロクシャーヌはよほど留まっていたくないらしく、トーマを急かした。

 エンジンをふかし、ハンドルを切る。再び道をそれて原っぱを走った。

 集落の周りには畑は牧場などがあることが多い。この村もそれに外れず、少し先に牧場のようなものが見えた。ようなもの、そう、ようなものだ。

 トーマとロクシャーヌは言葉を失った。

 今まで走ってきた風景とはまるで違う。大地はえぐられ、小屋は崩れ、サイロは破壊され、そして家畜たちの死骸が転がっている。

 なにか獣にかみ殺されたようだった。


「……」


「……うそ……」


 ここから離れなければと、トーマはスピードを上げた。しがみ付いてくるロクシャーヌの力が強くなった。


「あの魔女を助けたら、夜を待って影で移動しよう。このバイクも一緒に潜り込ませられると思うから。そしたら帰りはあっという間だ」


「うん」


 大きなバイクなので、老婆一人くらいなら追加で乗せられるだろうが、影に潜むとなったら正直ギリギリだ。まあ、なんとかなるさ。そう、なるべく気軽に考えるようにした。



 途中、無事な休憩所があり、そこで一度休むことにした。

 用を足したり、顔を洗ったりしたあと、持ってきたドリンクで水分補給をする。

 母から魔法薬も少しもらってきた。


「魔力回復薬飲むか?」


 鏡を難しい顔で睨んだまま、ロクシャーヌは答えない。点滅に近づいたら地図を詳細に呼び起こす計画なので、ロクシャーヌは魔力を温存している。しかしバイクで丸半日走っているのに、点滅の場所までまだ辿り着けていない。

 あまりにも遠すぎる気がした。


「……ねえトーマ。もしかしたらなんだけど、この点滅、移動してるかも」


「は? でも昨日まではずっと一ヶ所に留まってたじゃないか?」


「だけどこのバイク、相当スピード出してるよね。なのに追いつけない。近づいてはいるんだけど、辿り着けないなんて」


 確かにその通りだ。


「つーことは……なにか乗り物に乗っているってことかな」


「おばあさんが、処刑場から逃げ出して、馬車とか汽車に乗ったのかな。それとも誰かが助けてくれたのかな」


 誰かが助けてくれているのならばいいが、処刑場からあの状態の老婆が自力で逃げ出せるとは思えなかった。


「ねえ、魔力の回復薬って、どれくらいあるの?」


「タブレットタイプが四回分。液体タイプが二回分。即効性があるのが液体タイプ。今飲むとしたらタブレットタイプの方がいいかもな」


「……ちょっとさ、魔力の無駄遣いになるかもしれないけど、もっと細かく調べてみてもいいかな」


「……分かった」


「じゃあ、調べるね」


 そう言ってロクシャーヌは集中し、鏡を指でなぞってゆく。

 トーマは隣に座って鏡を覗き込んだ。

 方角と森や川、そして道や村を文字と線画で表しただけの単純な地図が、ゆっくりと細かくなっていった。

 今いる場所は「アルマス領」という名前になっているらしい。

 先ほどの村にも「アルマス支配下の村」と記されていた。川の名前や森の名前などにはアルマスという文字はない。元々の名前のままのようだ。

 大きな道以外にも、細かな道が描き出されてゆく。その小さな道にも名前が浮き上がってくる。

 ロクシャーヌの指が点滅の場所を広げた。

 すると画面が切り替わる。

 点滅部分の周りが記されたようだ。

 ロクシャーヌが下唇を噛みだした。眉根も寄せている。きっと魔力の消耗が激しいのだろう。

 点滅がある場所の周りは森の様だった。アルマスという名がついている。アルマス郡。

 そして確かに、点滅は移動をしていた。だが、人間の動きではなかった。

 まるで空を飛んでいるような軌道を描いている。


「これ……」


 この点滅は本当にあの魔女なのだろうか、とトーマは考えてしまった。

 ロクシャーヌはその点滅を更に指で押し、さらに解像度を上げてゆく。するとあの老婆の姿が画面上に映し出された。はやり預言の魔女だった。一瞬でも疑ってしまった自分をトーマは恥じたが、落ち込んでる暇もなく鏡の映像がブツンと切れたのだった。


「え、おい、おい大丈夫か?」


 ロクシャーヌの顔が真っ青だった。今にも倒れそうだ。


「ん、大丈夫、平気……」


 という声もかすれていた。

 

「どう見たって大丈夫じゃないだろ!」


 体を支えてやり、急いで魔法回復薬を取り出した。


「ほら、飲め」


「え、でもこれ液体タイプ……、もったいないからいいよ」


「いいから。死ぬぞ?」


「怖い事言うなぁ」


 なんて文句を言いながらロクシャーヌはそれを飲んだ。


「しばらく鏡は使わなくていいから、ちょっと休んどけ」


「でもおばあさん、ぐったりしてたし……なにかに運ばれてるみたいだった」


「俺には一瞬しか見えなかったけど」


「なんか……、鳥に、つかまれてる……感じが……」


 そう言ってから、ビクッと震えて自分の腕を摩り始めた。


「鑑定魔法がまだ抜けてなかったのかも。……でもこんなに生々しく感じたの初めて……。ね、トーマ、急ごう。すごく嫌な感じだった。早く助けてあげなきゃ!」


「分かった」


 




 小さな天馬の子らは、自信満々でヒーン!とさけんだ。


「いや、アヒルの親子ではなくてな、トーマを探しておくれ」


 ヒン

 ヒン


「アヒルの雛はかわいい、それはとてもかわいい。うん。よちよち歩いてかわいいな。トーマは覚えているか? トーマだ、トーマ」


 ヒン!

 ヒン!


「もちろん! ではなくて。覚えているなら探してくれぬか?」


 ヒン!

 ヒン!


「……サガン様、子馬ちゃんたちは大丈夫ですかな?」


 部長が心配そうに振り返った。


「この能力に関しては得意ではあるのだ」


「しかし……」


「まあ大丈夫だ。トーマはまだ無事だろう。この子らは、トーマに随分懐いていたからな。意外とすでに見つけているかもしれぬ」


 しかしながら部長とローザからの視線が少々痛い。副魔王はコホンと小さく咳払いをした。


「……、クーリン、フーリン、トーマは今、何をしている?」


 ヒヒヒヒヒン! ヒヒヒヒヒヒン! ヒン! ヒーンヒン!


「……サガン様、子馬ちゃんたちは今なんと言ったんでしょうか」


 今度はローザが訊ねてきた。


「……そうだなぁ。ブロロロロロ、グオングオン、あ、鳥だ鳥だ! ……というようなことを言いながらはしゃいでいる。鳥を見つけたらしい。……、もしかしたら、この子らは馬のような友達よりも翼のある友達が欲しいのかもしれん。ぬかった。翼の方か。……そういえば小鳥とよく追いかけっこをしていたな。そうか、……鳥の方か」


 魔王城の庭で遊ばせていた時、いずれは同じ天馬か、もしくは馬の神獣と友達になる機会を作ってやらねばと考えていたこともある。しかし、馬系ではなく鳥系の方に仲間意識を持っているのかもしれない。

 子育て方針の転換をしなければならないかもしれぬ。

 天馬の子たちは小さな翼をぱたぱたと動かしながら楽しそうにちょこちょこ動いている。

 副魔王は様子を見つつ、朝餉を口に運んだ。

 朝餉はサンドイッチであった。キュウリの塩揉みの水気を絞り、バターとからしを塗ったパンで挟んでいる。


「むむ! なかなか美味いぞ」


「本当ですか? 良かった」


「お前が作ったのか? ローザ」


「はい。もう本当に簡単すぎる物で恥ずかしいんですけど……」


「キュウリだけでこんなにも味わい深くなるとは思いもしなかった。こんなにたっぷりのキュウリが挟まっているとはなぁ。ふむ」


 副魔王は綺麗に切られたサンドイッチの断面を見つめ、ニンジンや毒薬草以外にもキュウリも軒下栽培の計画に入れることに決めた。

 いずれは菜園にして、小さな小屋でピクルスを漬けたりするのだ。

 ぶどう酒とチーズとピクルス。

 楽しい日々を送れそうである。

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