第45話 副魔王 迎え入れる


 頼られてよほど嬉しかったのだろう、子馬たちは張り切って部屋の真ん中に躍り出た。

 そして集中し始める。まだ幼いため力の使い方が不安定で、体や翼がほんのり光ったり消えたりしている。


「子馬ちゃんたちは千里眼を使えるのですかな」


 部長が小声で訊ねてきた。


「千里眼と? それはなんだ?」


「千里先を見通せる能力と言われています。実は私もちょっとだけ使えるんですが」


「ほう」


「ええ! いうなれば感知能力ですな。視覚や触覚に似ている発露の仕方が多いのです。視覚に似ていると千里眼と言われております。私の場合は、まあこの村の領域をカバーするくらいですが」


「ほほう。部長にも特殊な能力があったのだなぁ」


 骨になってからでもその能力を引き付けるだろうか。いよいよ門番にふさわしいスケルトンに思えてきた。


「ははは、いやあ、なんだか褒められているような気がして照れますな。はっはっは」


「褒めておるのだ。……ふむ。その千里眼とやらはいつも発動しているのか?」


「いえいえ、普段から使ってはおりませんよ。疲れますし。それにこれは訓練で培った能力ですから、呼吸をするように無意識で使ってしまえるタイプではないのです」


「そうか。……では今は発動はしてないということだな?」


「……と言いますと?」


「ドアの外だ」


 副魔王は扉を指さして見せた。

 部長はそちらへと視線を向けてから、じっと見つめた。


「……何をやっとるんだ、あいつは」


 小さくため息をついてから、部長はドアを開けた。


「っきゃ! び、びっくりした!」


 女の驚いた声がする。


「いつからそこにいたんだ? ローザ」


 ドアの外にはローザがいた。少し前から聞き耳を立てていたようだ。

 しかし突然のローザの出現により、子馬達の集中が切れてしまった。

 嬉しそうにローザの足元を駆け回り始める。


「その、……少し前から。サガン様に朝ごはんを持ってきたんですけど、……込み入ったお話し中だったみたいだから……」


「なるほど」


「はっきり聞こえたわけじゃないんですよ! 所々しか聞こえてませんから!」


「どこから聞いていた?」


「……トーマが死ぬかもしれないっていうところから……」


「……、サガン様、ローザを入れてもよろしいですか?」


 部長が振り返って聞いてきたので、副魔王は許可をした。

 ローザは小さな鞄を両手でもって、お邪魔いたしますと挨拶をして小屋へと入ってきた。


「良く来たローザ。朝餉だな。茶を用意する。さあ、座るがよい」


 ローザは青ざめていた。すぐに弱って死んでしまいそうだ。なにか温かいものを与えなければならない。




 本日二人目の客人にもてなしのお茶を振る舞う。

 そして部長の口からトーマがなぜロクシャーヌとともに村を出たのかを簡単に説明がされた。


「それならそうと言ってくれればいいのに!」


 理由を聞いて、ローザは憤った。さっきまでの弱さは消えうせていたが、怒りの中に不安も見て取れた。


「っていうか、あいつが行ったところで本当にただの犬死になるかもしれないじゃない。あのロクシャーヌって子だって別に強そうじゃないし! ……まあ、私もただの一般人だから役には立たないのは分かってるけれどもね……」


「まあまあ、トーマはああ見えてエリートだから、やるときはやるさ」


 そう部長がフォローを入れている。


「エリートだからですよ、お巡りさん! 勉強だけできる頭でっかちって感じで、実践じゃ弱そうじゃない?」


「それは否めない」


「ほらぁ!」


「けれども、あいつの魔法はなかなかのものだぞ」


「そんなの知らない! だって、あいつの強いところなんで、私見たこと無いもの。知らないもの!」


 泣き出しそうなローザの叫びに、部長がぐっと口をつぐんだ。

 そして真剣にローザに告げた。


「ローザ。トーマは一人の警察官として、その職務を全うしに行ったのだ。そこにはあいつの人間としての誇りと、その何倍も強い警察官としての誇りがある。警察官として、人間を救い出す。これは一人の人間が無謀な挑戦するのではないんだ。一人の人間の命を救出するための、使命なのだ。だから決して……決して、下手は打たない」


「……下手は打たない?」


「ああ。これは休暇ではない。職務中の任務だ。警察官は、決して、職務をおろそかにはしない」


「…………」


 普段見せる部長の雰囲気とは違うそれは、ローザの感情の揺れをゆっくりとなだめていった。

 しんと静まり返る。

 その時、ヒン! と子馬が声を上げてローザの足にすり寄った。

 そしてヒンヒンと歌うようにいななきながら、部屋の中央をぐるぐると回る。

 そして元気にヒンヒンとローザに話しかけた。


「えっと、サガン様、クーリンちゃんとフーリンちゃんはなんと言っているんですか?」


「ローザに、任せてほしい、トーマは僕たちがちゃんと見つけるから、というようなことを言っている」


「そうなんですね。……クーリンちゃん、フーリンちゃん、ありがとう」


 ヒン!

 ヒン!


「任せて、と」


 ヒーン、ヒンヒン、ヒン!


「悪者を見つけたらプチっとつぶしちゃうから、と」


「ふふふ。頼もしいわね」


 褒められて子馬たちは舞い上がった。本当にプチっとしそうだ。トーマとロクシャーヌも巻き添えにして。


「こら、お前たちは少し前の惨事を忘れたわけではあるまいな。力が操れるまで火も雷も風も使ってはならぬ。見つけること、それだけをするのだ」


 ヒーン……

 ヒーン……


 シュンとしてしまった。


「けれど、それはお前たちが大大大得意なことであろう?」


 言えば子馬たちは目を輝かせる。


「さ、教えておくれ。トーマとロクシャーヌはどこにいる?」







 夜が明けた。

 一晩中マシンを飛ばしていてだいぶ疲れたが、徒歩や馬車よりもずっと早く移動することができた。


「ロクシャーヌ、大丈夫か?」


 トーマは後ろに乗っているロクシャーヌに声をかけた。体に回されている腕から力が抜けかけている。寝られては振り落としてしまう。


「大丈夫、なんとか起きてる。あんたがまた無茶な運転しなきゃ大丈夫」


「それはお前が近道できるって言ったからだろ!」


「だからってスピード落とさずにあんな上下激しい地形を飛ばす? 何回空を飛んだのよこのバイク! これ飛行能力あるマシンじゃないからね?」


「あー、うっさい!」


 当てつけのようにトーマはスピードを上げ、少し先の勾配を思い切り飛んだ。


「ほらあああ! そんなことするからぁああ!」


 朝日が一帯の丘陵を浮き上がらせ始めた。どこまでも続くかと思っていた平原に表情が現れ始める。ところどころに見える小さな林や、朝靄が風と共に空へ溶けてゆく様が鮮やかだった。

 一気に空気は清々しく変わる。

 遠くに鳥の群れが弓なりになって飛んでいる。


「ロクシャーヌ、一休みするか? 夜が終わったから魔物や野生動物の心配はなくなったと思う」


「そうね。そろそろこれから降りたいかも。待って」


 ごそごそとマシンのハンドルの下をあさり、荷物入れから鏡を抜き取った。そして魔力を込めて、簡単な地図を呼び出す。

 本当にとても簡単なものだが、森や山、崖に川、そして道などが映し出されている。

 トーマとロクシャーヌは整備された人道を無視して、近道をマシンで走り抜けていた。

 向かうは魔女を表していると思われる点滅の場所。

 ヒヨリ村から出て、ヨタルとはまた別の方向だった。より内陸側にあり、ヒヨリ村から遠くに見えていた山脈側だった。

 ヒヨリの領域とヨタルの領域を過ぎるということは、目には見えない境界線を越えなければならない。

 境界線にいるのは魔獣や神獣、そして野生動物達だ。それらの縄張りがあるために、人間や魔族や精霊族は他への侵略が難しい。いや、別の見方をすれば、人や魔族や精霊族の影響が薄いところに、他の生物が住み着いているのかもしれない。

 ともかく、境界越えは人間にとっては命がけなのだ。

 しかも整備されている道を通らないというのは、無謀に等しい。

 それでも、その無謀に挑めたのは、このマシンの性能によるところが大きい。

 見た目はごつごつしたアンティーク・マシンであるが、様々な魔法付加のある部品でくみ上げられた改造車だった。しかも燃料は魔力、満タンだった。

 あの部長の趣味に救われた。

 というか、こんなの持ってたんだ。あのおっさんには似合わなすぎる。


「ねえ、トーマ、なんかおかしいわ」


「なにが」


「ここをまっすぐに行けば小さな村があるんだけど、とっくにそこに続く人道にぶつかってもいいはずなの」


「え? 道なんてなかったけど」


「そうよね。え……なんでだろ、その道に合流できれば休憩所まですぐのはずなのに」


「……村を目指すか。まっすぐだな?」


「うん。あ、ちょっとだけ左かな」


「分かった。飛ばすから方向の指示よろしく」


「オッケー」


 トーマはスピードを上げた。

 整備されていないでこぼこの草っぱらを猛スピードで走り抜けるのは体への負担が大きかったが、おかげで十分程度で村へとたどり着いた。

 けれど、どうも様子がおかしい。


「……なんだか、雰囲気が、変じゃないか?」


 村の門の少し手前でマシンを止める。何が変だとは言えないのだが、親しみの少ない雰囲気がある。


「……確かに。……ちょっと鑑定魔法使ってみようか? ひょっとしたら無人村かもしれないし」


「ああ、頼む」


 ロクシャーヌは魔力の消耗が激しい鏡は使わず、何やら呪文を唱えて目をつぶり、指で瞼をなぞった。そして目を見開く。


「……! ちょ、……うそ」


「どうした?」


「……ここ、……この村、……魔族に乗っ取られてる」


「なんだって?」


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