第44話 副魔王 話を聞く
「サガン様はヨタルの街で預言の魔女に会いましたでしょうか」
「うむ。会ったぞ。そして処刑もされた」
トーマとロクシャーヌがひっそりと助けに行ったが失敗したことも知っている。
「そうなのです。ですが、ロクシャーヌが言うには、その魔女はまだ生きている、と」
「ほう」
奇妙な。人間の処刑は失敗するほどぬるいのだろうか。
だが、鏡を用いて盗み見た状況からするに、あの老婆は死ねぬらしい。そして死にたいと自ら口にしていた。なにかの呪いだとか。
「トーマのやつ、……捕まったあの魔女をこっそりと助け出そうとしたのですが、それを失敗してしまい、処刑を止められなかったと悔やんでおりました」
トーマとロクシャーヌの憔悴は知っている。しかし副魔王の思っていた以上に気に病んでいたのだ。
「そうか……」
「それで、あの魔女が生きていると知ったため、いてもたってもいられず、今度こそ助けたいと村を出たのです」
「なるほどな。昨日今日と何やら言いたそうにしていたのだが、そのことだったのかもしれぬな」
「サガン様もお気づきでいられましたか……。…………、……」
「ローザには説明せずに出て行ったのか。言えばいいものを」
「村長一家はあの魔女と懇意でしたからな。魔女が死んだことをまだ知らないと思いますので、下手に口にすることができなかったのかもしれません」
「ふむ……。あの魔女は少々胡散臭いが、この村の人々から慕われていたようだな」
「そのようです。私はここの出身ではないので、その密接さはわからぬのですが、あの魔女は名づけなども行っていたようですし、預言によって嵐で漁船を失わずに済んだとか、流行り病の予防ができたとか、かなり信頼をされておりましたな。まあもっぱら爺婆からの尊敬で、若者や子供たちはおびえていましたが。あっはっは。中には泣き出す幼児もおりまして、孤児院などでは妖怪ババぁと言われておりました。いやほんと、妖怪ババぁですな、妖怪妖怪! あっはっは」
「トーマは部長にだけ理由を告げたのか?」
「おそらく。警察官の紋章を私に預けに顔を出しましたので」
「そうか……」
「まあ突き返しましたが」
部長は腕を組んで胸を張った。
「突き返してやりましたとも! 警察官ならば警察官として行けと! あと私がここに越して来た時に持ってきた単車も貸してやりました。海沿いを走ったら気持ちよいだろうと持ってきたのですが、そんな暇がなくて倉庫に置きっぱなしでして。定期的に手入れはしていたので動きました。二人乗りもできる大きさなので今頃だいぶ遠くまで行けたんじゃないかと」
「随分と協力的だな」
「ええ! なんせトーマのやつ、……、……、……」
「どうした?」
「いえ」
部長は口ごもった。
「どうした。詳しく申せ」
「かしこまりましてございます。トーマのやつは、進化したいそうなのです」
「進化?」
「ええ。進化でございます。虹色の翼が欲しいだとか」
「……虹色の翼……?」
「……はい」
意味がわからぬ。
「……意味がわからぬ」
「ですよね」
「……、それで虹色の翼が? 人間は進化すると翼がはえるのか? 天の王の僕にでもなりたいのであろうか?」
「天の王?」
「うむ。……そんなに天の王がよいのだろいか……?」
もしもトーマが望むのであれば、推薦してやらんこともないのだが、お気に入りを取られるような気がして副魔王は面白くなかった。
「あやつは悪いやつではないが、少々短気だぞ? トーマは大丈夫であろうか」
「……天の、王とやらと……サガン様はお知り合いで?」
「ああ、かなり前からの顔見知りだ。色々とわがままを聞いてもらっていた。そうそう、フーリンとクーリンも天王から譲り受けたのだ。お、そうだ。今度写真を送ってやらねばな。以前に分けてもらった天馬の卵をダメにしてからちょっと信用を無くしてなぁ。こまめに近況報告をしろと言われていたのだ。ふむ。ヒヨリ村にきてからのこの子らの様子を見せてやろう。きっと喜ぶぞ」
「……。な、なるほど……。……、えっと、天の王という御方がどのような方かは存じ上げませんが、トーマは別にその方のもとに行きたくて進化したいと思ったわけではないですから。いやもうむしろ全くそんな考えはないといいますか」
「そうなのか?」
「はい。トーマは……、進化をしたくて、無茶とわかって妖怪ババぁを助けに行ってしまったのです。試練を乗り越えなければならない、と」
それではまるで死にに行くような覚悟ではないか。
「トーマは死ぬのか?」
「……もしかしたら」
ならぬ。
「それはならぬぞ、部長よ」
勝手にどこぞで死なれては、骨を拾えぬではないか。
トーマをスケルトン兵にできずに、朽ちさせてしまう。ならぬ。それは許されない。計画が狂ってしまう。
そもそも翼などいらぬ。
そんな骨、邪魔ではないか。人間には浮遊能力がほとんどないため、飛ぶための翼ができるとするならそうとう巨大でなければならない。
副魔王は翼の骨が付いた人間の骸骨を思い浮かべた。
うむ。
邪魔だ。
蛇足とはこのこと。蛇に足、人に翼。こんな無駄なものは他にはない。
「ならぬぞ、ならぬ」
「サガン様……」
「どこに行ったのだ? その老婆はどこにいるとロクシャーヌは言っておったのだ?」
「残念ながらそれは分からぬのですよ。あの奇妙な鏡で居場所を見ているようでして、私にはさっぱり」
「むむむ。はやくせねば手遅れになる……」
いっそのこと意識を飛ばして二人の居場所を突き止めてしまおうかと副魔王は考えた。
いや、そんなことをしたら魔王のアホに居場所がばれてしまう可能性もある。
そうしたらあのアホがやって来てトーマや老婆やロクシャーヌどころではなくなってしまう。
どこまでも邪魔くさい輩であること!
ありとあらゆる場面で立ち塞がる害悪よ!
塵芥と化してやりたい、おのれ!
「ふむ。仕方のないことよ。では……フーリンとクーリンに一仕事頼むとしよう」
副魔王はテーブルの下で丸まっている天馬の子を呼んだ。
天の王の荒ぶる使徒にして、邪と澄を見渡す生き物。
「お前達、名誉挽回のチャンスを与える。トーマを見つけるのだ。よいか? 大きな範囲ではなく、一つの生命体を、間違うことなく見つけ出してみよ」
ヒン!
ヒン!
天馬の子は任せて! とばかりに立ち上がった。
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