第41話 副魔王 張り切る
「よし、そこにしよう」
前を歩いている子馬たちに声をかけ、森を出てすぐのところに、副魔王は木を下ろした。
その横に子馬たちもゆっくりと木を下ろす。
「さて、枝葉と根を取るか。お前たちは外した枝や根を分けてまとめるように。かぽかぽだ。かぽかぽ」
ヒン!
ヒン!
いいお返事を聞いたあと、トンカチを使って枝を叩き切り、根元を割る。子馬たちは分離されてゆく枝を嬉しそうに浮かべて一か所にまとめて緑の山を作った。
根を転がして遊び始めたので
「かぽかぽだ。かぽかぽ」
と注意する。それで仕事を思い出したようで、根を宙に浮かせて一か所にまとめた。
森に入り、木を運び、森の外で枝や根を削ぐ。
それを十四回繰り返して、全部運び出したところで昼になった。
「お疲れ様です。サガン様、クーリンちゃん、フーリンちゃん」
トーマが昼餉をもってやってきた。
「おお、トーマ。もう昼であったか」
「お昼ご飯持ってきましたよ。いやー、すごいですね。もしかして全部運び出したんですか?」
「そうだ。枝葉も根も切ったし、あとは手ごろな大きさに割って、なにか文様を刻めば出来上がりだぞ」
「そうあっさり言いますけど、このでっかい木をこんな短時間で運びだすのだけでも凄いですよ……」
「クーリンとフーリンが頑張ったからな」
副魔王は子馬たちの頭を撫でた。すると子馬たちはトーマの足元にかけて行った。
ヒン!
ヒン!
「どうやらトーマにも褒めてほしいようだぞ」
「あはは、すごいぞ、フーリンちゃん、クーリンちゃん」
するとどうだろうか、トーマはこれまで見せたことのないような実に自然な笑顔で子馬たちをなで始めた。
なんだか悔しかった。
自分にはあんなに心の底からの笑顔など見せてはくれないというのに。
やはりかわゆいウサギにでも化けておけばよかったのか。
くぬぅ。
「さー、子馬ちゃんにもお弁当ですよ。ニンジンニンジン」
しかも禁止しているニンジンまでトーマは与え始めた。子馬たちは喜びを通り越して浮かれている。文字のごとく本当に浮きそうだ。
こら、今はニンジンはお預けだ、と言い出せる雰囲気ではない。ぐぬぬ。
「サガン様もお弁当です。サガン様、お肉がお好きですよね?」
「む? まあ、肉は好きだが。なんでも好きだ」
「お好きだと思って、今日のお昼はがっつりお肉です。串焼きです。焼きたてを持ってきました。あとごろごろ根菜のスープです。ぴりっと辛い腸詰入り。それと焼きたてのヒリ麦パン。味付けも濃い目にしましたよ」
「ほう。濃い目」
「ええ。人間の料理は優しい味だと言っていたので、もしかしたら塩気と油の多いお料理が恋しいかと思いまして」
「なんと。私のことを思って作ってくれたのか」
「あたり前じゃないですか! みんなサガン様のことを思っておりますよ」
「なんと……! では私もみなの思いに応え、立派な護りの柵を作ってみせようぞ! さーて、どんな文様を刻もうか! 久しぶりに楽しいぞ! トーマはどんな文様が良いか、好みはあるか?」
「え? 文様っすか?」
「そうだ。彫刻を施そうと思っているのだ」
「へえ。凝ってますね。うーん、そうだなあ、好きな文様かあ」
副魔王とトーマは木に腰かけ、食事をしながら文様について話した。
「よく木彫りの木刀とかに文様を刻んでいたのだ。火の文様だとか、水の文様だとか。あとはテキトーに浮かんだ、四角のぐるぐるだとか、箱の中の渦だとか、石から生えた芽とかな」
「へー。鳥とか花とかではないんすね」
「動物や植物の意匠が良いのか? それでもかまわんぞ」
「いや、サガン様のイメージが、花とか鳥とかのような感じだったんで。かわいいものがお好きだと思ったんす」
「うむ、かわいいのは大好きである。かわゆいのものに囲まれてのんびり暮らしたいのだ。しかし、その理想の場所を確保するには、多少の激しさも必要であろう? 例えば、迫りくる敵を燃やし尽くす劫火とかな」
「……そ、そうっすね……。あ、文様って魔法陣のことですか?」
「む? なんだ? 魔法陣とは?」
「ああ、はい、魔法陣をご存知ではない。ですね。そういえば魔法もあまりご存知ではなかったですもんね」
「知らぬな」
「魔法陣っていうのは、……魔法の文字で模様を描いて、魔法を発動させるもののことです」
「ほー。そうなのか。ではそんな風に作ってみるとするかな」
「……、そんな風に……。ですね、あ、いや、サガン様のお好きなデザインで作って大丈夫っすよ。子馬ちゃんの木彫りの像とかが柵の上にちょこんっと載ってたらきっとかわいいでしょうし、小鳥とか、ウサギとか、ネコとか」
「おー、それは良いな! かわいいな」
「ついでに柵の周りに花とか植えたらどうですか」
「おー! よいな! 可憐な花の咲く蔓植物などを植えて、柵に絡ませるのもよいな!」
トーマのアドバイスで副魔王の脳裏に様々なデザインが浮かんできた。
魔法陣を刻んだ柵の上に、守護動物を乗せよう。ガーゴイルなど丁度いい。定番である。どこかでとらえて石化させ、小さくして置いておこう。異物が侵入したら元に戻して侵入物を襲わせるのだ。双頭竜やケルベロスも捨てがたい。いや、ケルベロスの子犬はとてもかわいいので、どこからか捕らえてきて村で飼うのもいいだろう。ハーピーのような鳥頭獣も美しいのだが、あれは大きな彫刻向きかもしれない。このかわいらしい村にはちょっと合わない。
周りに植える植物は食肉が良い。もしくは妖精袋だ。捕らえてきた妖精を壺状もしくは袋状の花弁の中に入れて蜜で飼育し、異常時に先兵として戦わせるのだ。精霊を捕らえて石にして、柵に埋め込めばもっとかわいらしいかもしれない。
案は尽きない。
「うむ。では色々とと呼び寄せないとならぬな。材料を捕まえねば」
「そうっすね。って、……捕まえる? ……いや、まあいいです!」
「午後はその細工をしようと思う。木はここでしばらく乾燥させよう。生木過ぎると加工した後に歪むゆえ。ここに放置しても大丈夫であろうか?」
「大丈夫だと思いますが、村長に相談してみますね」
「うむ。頼む。だめそうならば森の中に戻すからな」
「おお、なんという二度手間に。そうならないように話をつけてきますね」
トーマを見送った後、副魔王は切り落とした枝を小さく切り分け、それを組み立てて小さな巣箱をたくさん作った。
「さー、これでたくさん呼び寄せるぞ」
ヒーン
ヒーン
「魔王城で集めていた者たちとは違う色合いのものが来るかもしれぬな。楽しみだな、フーリン、クーリン」
ヒンヒン
ヒンヒーン
副魔王はウキウキして森に入り、適当な場所に巣箱を仕掛けて回った。木の枝はもちろん、水の中や岩の隙間、土の上、ありとあらゆる場所にだ。
そしてドングリと拾って回った。
様々なドングリが落ちていた。
「なんと恵の多い森だろうか」
服の裾をつまんで作った袋はあっという間に一杯になった。副魔王は袋一杯のドングリを岩清水と小川の合流地点に盛大に放り投げた。透き通った水の下に沈んで行く大量のドングリたち。
しばらくそれを眺めていたが、再び副魔王は森から出て巣箱を作り、森に設置し、ドングリを拾い、拾ったどんぐりを水に沈める。
副魔王は何かを忘れている気がした。
なにかが思い出せなかったので、気にすることはよした。
夕刻になった。
「そろそろトーマが迎えに来る頃だろう。さあ、起きるのだ、クーリン、フーリン」
泉のそばで昼寝をしている子馬たちを揺り起こし、副魔王は森の外に出た。
それとほぼ同時に、人の気配が近づいてくる。
迎えが来たのだ。
けれどそれは副魔王の予想していた人物ではない。
「おお、どうしたのだ?」
副魔王はその人物に問いかける。
すると、その人間はふるふると小刻みに震えた後、
「あいつは、……、あの野郎は、女と逃げました!」
と、鬼のような形相で叫んだのだった。
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