第36話 副魔王 トンカチを探す

 副魔王は子馬たちを起こした。

 

「さあ、水浴びの時間だぞ」


 小屋の外に出て、余っていた樽の水をすべて使って子馬たちに水浴びをさせると


「トーマよ。出かけるゆえ来い」


 と声をかけた。

 それから波止場まで降り、子馬のぐるぐるの練習を見ながらトーマを待った。

 トーマが来たのは少ししてからだった。


「サガン様、なにか呼びました?」


「うむ。出かける」


「どこへです?」


「今はまだロクシャーヌが私の荷物の検分中であろう? 立ち合いたいのだ。よいか?」


「は、はぁ。分かりました」


 副魔王は子馬を引き連れ、トーマの後について交番へ向かった。

 交番の前には副魔王の荷馬車があり、その前でロクシャーヌが鏡を睨んでいた。


「あ、トーマ、お帰り。サガン様もこんにちは」


 ロクシャーヌが鏡から顔を上げて挨拶をしてくる。副魔王も挨拶を返した。


「こんにちは。どうだ、私の荷物の検分は進んでいるだろうか?」


「ああ、えっと……それが……」


 ロクシャーヌが口ごもる。


「よい。ゆっくり検分してくれ。しかしだな、優先してほしい道具があるのだがよいだろうか?」


 その言葉に返事をしたのはトーマだった。


「優先したい道具?」


「うむ。たしか……」


 副魔王は荷物に手を伸ばした。いくつかの道具や装飾品を動かし、その下に重なっている箱を引き出す。


「どれであったであろうか」


 引き出した幾つかの箱の封を解いていったが、目的の物が出てこない。


「見当たらぬな。持ってこなかったのか? うーむ」


「何を探してるんです?」


「トンカチだ」


「トンカチ……?」


 トーマが首をかしげる。


「うむ。ずいぶん前から愛用しているトンカチがあるのだ。それでこの村の柵を直そうと思ってな。そうだ、柵に使う木の杭も調達せねば。どこへ行けば作れるかな」


「え、作るんすか?」


「任せてほしい。これでも昔、工作を良くしていたのだ。トンカチ使いもなかなかのものだぞ」


「……へぇ」


 いまいち信じられていない気がした。


「鉱脈を探して石を切り出したこともあるのだ」


 なにせ魔王城の材料を調達したのは副魔王である。丈夫で美しい城が作りたいという魔王のわがままをかなえるために、世界中の岩という岩を見て回った。そして自ら切り出してきたのである。

 今の魔王城を作っている鉱石は特別なものだ。

 なにせ冥界にまでいって探したのだ。苦労した。現在は冥王が仕事を放り出しているので、その配下たちから嫌というくらい文句を聞かされた。うんざりした。冥王の配下の文句など副魔王の知ったことではないのだが、やつらは文句を吐き続け満足するまで離してくれなかった。うんざりした。

 よし、今度は冥王を引きずってでも連れてくるゆえ、石を切り出してよいか?

 そう言ってなんとか解放されたが、もう二度と行けない。

 冥王を連れてゆくなど口から出まかせだったからだ。


「それに小鳥の巣箱作りも得意だ。私の作った巣箱は人気なのだ」


「へえ、そうなんすね」


 トーマが目を細めた。今度は信じてくれたようだ。


「巣箱を置くとな、すぐに番の小鳥がやってきて、卵を温める。どれ、今度作ってやろう。瑠璃色や黄色の小さな小鳥がすぐにやってくる。かわいいぞ」


「それは楽しみです」


「うむ。そのためにトンカチをだな……、えーと」


 副魔王はどんどん荷物を下ろし、箱を取り出しては封印を解いていった。子馬たちは飽きて、追いかけっこを始めてしまった。


「こら。お前たちの壊した柵を直すのだ。大人しくしていろ」


 少し怒ると、子馬たちはしゅんとしてそばにやってきた。かわいそうであるが、けじめはつけなければならない。

 しかし見つからない。綺麗な装飾が刻まれ、持ち手も長く且つ華奢であるので杖てなしても使える、なかなか使い勝手が良いトンカチである。持って来ていたと思うのだが。


「あ、あった」


 箱には入れずに裸のままで積んていたようだった。


「これだ、これ。すぐに使いたいゆえ、鑑定を頼む」


 柄の長いトンカチを、副魔王はロクシャーヌに差し出した。日の光を浴びて、白く輝く粉をふいたように、トンカチはきらめいている。


「え……、これ……トンカチ、なの?」


「愛用のトンカチだ。いろいろなものを作ったし、いろいろなものを壊した。何を叩いても壊れない優れものだ。しかも、叩く面の反対側はとんがっているから、狭いところにも届く。釘抜きにも使える。タケノコとか角とかも掘れる」


「角を掘るってどういうこと」


「オーガの角とかを掘る」


「オーガの角を掘るって言葉を生まれて初めて聞いたわ」


「掘る機会があったらすぐに申せ。貸すぞ」


「ど、どうも」


「さあ、鑑定を頼む」


「あ、じゃ、さっそく……」


 そういってロクシャーヌは魔鏡をトンカチに向けた。


「……」


「……」


「……」


 沈黙。


「どうだ? 鑑定はできたか?」


「……」


「……」


 ロクシャーヌは鏡を覗き込んだまま黙ったままだ。その横にいるトーマも黙ったままである。


「どうだ?」


「……」


「おい、サガン様がお尋ねになってんだぞ。何か言えよ」


「……えっとぉ……、トンカチっていうか、ハンマーであるのは分かってるんですけどぉ……」


「見りゃハンマーだってことくらい分かるっての」


「まあ、そうなんだけど」


「もしや呪いのトンカチだったりするか? 禍々しいアイテムか?」 


 それは困るが、副魔王はつい期待した。これは御しがたい問題の種となり軟禁続行の可能性が出てきた、と。


「さあ、言うのだ! これは、魔王のなんかのなにかで呪われていると!」


「いや、なんでそんなキラキラした目をするわけ? 呪われたいの?」


「はっ。呪われたくもないが、それでもまあかまわんよ」


 軟禁してくれるのであれば。柵用の杭くらい素手でも打てる。


「……、まあ、たぶん……トンカチっていうかそれ、戦鎚? ってやつよね。ウォーハンマー? にしては優雅すぎる気もするけど……、うーん、……大丈夫じゃない? うん」


 ロクシャーヌはどうも歯切れの悪い物言いをする。それにしょっちゅう首をかしげている。


「お前、その鏡、使えておるのか?」


「う……」


「使えておらぬのか」


「つ、使えてるから!」


「本当か?」


「本当だってば! もう! そのトンカチは安全! だからもっていっていいよ! 私が保証する!」


「そうなのか?」


「もう! なんで私の言うこと素直に信じてくれないかな」


「安全かどうかは別として、私の持ち物だと証明はされたのか? 確か、盗品だと疑われて没収されたのだと思うのだが」


「うううううう、あー、もう! 大丈夫ったら大丈夫!」


 ロクシャーヌがしびれを切らしたように叫んだ。

 すかさずトーマが副魔王の耳元でささやいた。


「あ、あの、サガン様、ロクシャーヌのやつちょっと気が立ってるようなので、そのトンカチはお返ししますから、離れててください。飛び火しますよ」


「良いのか?」


「はい」


「では村長のところに行く。柵を直す許可をもらわねばな」


「ご案内しますね」


 トーマの案内で副魔王は役場へと行き、村長のアランと対面した。


「柵を直していただけると聞きました。そんなお気遣いをいただかなくてもいいのですが、……お手伝いいただけるならばこちらとても嬉しい限りです。なにせ、少し強固にしたいと思っておりましたので」


「任せてほしい。どんな猛獣も近寄れないような柵を作ろう」


「ありがとうございます。では、それをサガン様の第一のお仕事としてもよろしいでしょうか」


「仕事?」


「はい。軟禁中でもできる仕事をお探しだと聞いております。どうでしょうか、短期のお仕事として、村の柵を直すというのは。報酬もきちんとお支払いいたします」


「いや、報酬はいらぬ。私は壊したものを直すという至極当然のことをするにすぎぬ」


「……。そうですか。では、柵をすべて作り直す、というのではどうでしょう。この村には柵らしい柵はありません。この機に、朽ちた柵を取り外し、足りない柵を増やし、村をぐるりと囲う新しい柵を作る。これであれば、いかがでしょう?」


「承ろう」


「では報酬もお受け取りください」


「承ろう」


「ありがたき幸せにございます」


 そうして副魔王はヒヨリ村の柵を直して報酬を受け取ることとなった。


「では杭も作りたいのだが、木は手に入るか?」


「木材ですか」


「ないのであれば、森から切り出してくるが」


「では、私の私有地の森があります。あそこでしたらご自由にお使いください。木を切るなり、花を摘むなり、小川で魚を釣るのも泉で遊ぶのも。コテージを立てて過ごされても構いません」


「なんと。本当か」


「はい。ご自由に」


「ドングリを拾ってもよいか?」


「もちろんです」


「山ブドウを採ってもよいか?」


「山ブドウでも木苺でも、キノコでも、なんでもどうぞ」


「本当か!」


「はい」


 なんという幸運だろう。

 副魔王は飛び上がりたいほどに喜んだ。村長アラン、死後はクリスタルスケルトン確定である。オニキススケルトンも考えておこう。見ればなかなか骨の形も良い。


「牛乳をよく飲むのだぞ、村長アランよ」


「? はい。……毎日飲みます」


「うむ! ではさっそく森に行く! ありがとう村長!」


 


 村長との対面を終えたサガン様をトーマは村長の私有地である森まで送って行った。

 その森は、この村に来た当初から住みたいと言っていた森なので、サガン様にとっては夢がかなったも同然だ。すごく嬉しそうだった。

 華奢なハンマーを肩にのせ、子馬を引き連れて楽しそうに森に入ってゆく。


「では夜になる前にお迎えに来ますから」


「うむ、待っておるぞ」


 サガン様を森に放つと、すぐに交番に戻った。

 そこには宝の山の前で鏡を睨んでいるロクシャーヌが一人奮闘している。


「おい、どうだ、……鑑定できそうなのか?」


「……無理……」


「何度やっても駄目なのか?」


「うん。何度やっても……文字化けする!」


 そうなのだ。ロクシャーヌの鑑定は一向にうまくいかない。何回鑑定しても、おかしな文字の羅列が出てくる。いわゆる文字化け状態だ。

 かといって、ロクシャーヌの鑑定が失敗しているとも言えない。

 他の物はきちんと鑑定ができるからだ。

 例えば交番。建築年数や、素材、かけられている結界魔法の種類などピタリとあてる。トーマの持っている拳銃の種類やシリアルナンバー、素材に威力やレベルまで鑑定する。

 けれども、サガン様の持ち物に関してはどれも文字化けするのだ。


「あああ、もう、絶対全部ヤバいやつだよ。さっきのトンカチって、あれ絶対トンカチじゃないよ。サガン様がトンカチって思ってるだけで、絶対に伝説のハンマーとかだよ。きっと虹の滝壺を穿った神の鎚とかなんとか言われてたりする!」


「まあまあ、落ち着けって、」


「こんなやばいのやばいやつしか持てないんだからやばいサガン様のものでいいじゃん! もう決定! はい! 終わり! あー、無理! これ絶対あのおばあさんじゃないとわからないやつ! 私じゃ無理!」


 ロクシャーヌは半泣き状態でわめき、鏡を投げ出した。


「ったく、自暴自棄になるなって」


「うるさいなっ」


 仕方なしに、放り投げられた鏡をトーマは拾い上げる。トーマにはその鏡は操れないが、浮かび上がっている文字や図形などは読めた。

 そして何気なしに鏡面を見れば、奇妙な点が浮かんでいる。それは点滅していた。


「なあ、これ、……なんだ?」


「え?」


 覗き込みながらロクシャーヌが鏡を持つと、ぱっと鏡面が変わった。

 地図。

 地図の上で、一つの小さな光が点滅を繰り返している。

 これと似たものを、どこかでみたような、気がする。

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