第35話 副魔王 思いを馳せる


 うまく大地がよみがえり副魔王は安心していた。村人も喜んでくれているし。とはいえ、これで天馬達のしでかしたことがチャラになるとは思えないが、恨まれずには済みそうだった。


「ではお前たち、皆に謝りに行きなさい」


 副魔王が言うと、クーリンとフーリンはヒンと小さく鳴いて、とぼとぼと近くの村人のところへ行き、ヒンヒンと謝罪の言葉を述べている。

 村人たちは優しすぎて、そんな天馬達を撫でまわして「クーリンちゃんもフーリンちゃんも命の恩人だよ!」などと余計なことを言うのだった。

 結局村人は誰もフーリンとクーリンを叱ることはなかった、甘やかしだけであった。

 これでは自分が叱るしかないと副魔王はため息をつく。

 村長の計らいもあって、副魔王と子馬たちはすぐに灯台守の小屋へと帰った。

 おそらく村の人間たちも早く休みたかったに違いない。


 小屋に入ると、副魔王はたっぷりと子馬たちを叱った。子馬たちか涙と鼻水を流し、ぐすぐすとしゃくり上げる程度には叱りつくした。最後に告げた。



「しばらくニンジンは無しだからな」


 ヒン

 ヒン


「謝ってもニンジンはやらぬ! 反省しなさい! あとぐるぐるの練習をしておくように」


 ヒン

 ヒン


「しかしだ、フーリン、クーリン」


 副魔王はしゃがんだ。


「結果的にではあるが、お前たちは村人を守ったのだ。よくやったな。なにより、お前たちが無事でよかった」


 そう言って子馬たちを抱きしめた。

 本当に、無事でよかった。


 ヒィン

 ヒィン


 腕の中で子馬たちが泣く。


「そしてよく一晩お留守番を頑張ったな。偉いぞ。誇りに思う。いい子たちだ」


 それにしても、魔族がこの村を襲ったのか。

 子馬たちをなでながら副魔王は思う。

 魔物ではなく、それを繰る者がいた。ヨタルを襲ったのもただの魔物の襲来ではない。あのクロードとかいう領主の考えもあながち間違いではなかった。

 これはいつも上がってくる報告書のなかの、些末な出来事の一つだろうか。魔王の配下という奇妙な看板を背負い、各地で面倒を起こす魔族。精霊王の御心なるものを盾に魔族殲滅ののろしを上げる精霊族。悪をこの世から排除し、真の平和な世界を作ることを標ぼうに掲げて戦争を始める人間。

 世界を観察させている部下たちから上がる報告は、いつもだいたいこのような内容ばかり。

 いつの間にか魔王が悪の総大将になってしまったようだが、倒すべき巨大な敵を作っておけば、世の中の動きを操るのは比較的容易だった。

 ただ、勇者だとか英雄だとか、突然変異で生まれた高い能力を持つものを祀り上げて魔王を倒しにやってくるのは頭が痛かった。

 本当に魔王城にやってくるものは皆無であったが、やつらは面倒なところで面倒な行いをする。面倒が過ぎれば、部下を派遣して殲滅して回った。

 そして副魔王はハッとした。


「いかん。仕事のことを考えていた。私はもう辞めたのだ。くそ、変な癖がついてしまっておるな」


 魔王のことも魔王城のことももう関係ないのだ。世界の流れなど知らぬ。

 のんびりまったり過ごすのだ。ノーストレスハッピーライフ。

 副魔王などもう辞めた。


「うむ」


 それから副魔王は、小屋の中から村の周辺へと意識を広げて過ごした。魔王や海王の意識に触れてしまわぬか心配ではあったが、それよりも村人たちを守らねばならない。

 第一もうやつらとは無関係。どうのこうの言われる筋合いはないのだ。

 今、人々は疲労困憊の為に自衛ができない。軟禁の身であるから外に出て警備などできぬが、意識の中に入ってきた外敵を消し飛ばすことくらいなら容易だ。

 子馬たちは、椅子に座っている副魔王の足元で熟睡中である。副魔王はのんびりと椅子の上で村を警護した。


 朝になって、朝餉の袋をさげたトーマがやってきた。それでも子馬たちは目覚めなかった。トーマもまだ顔色が悪い。


「よく眠れなかったのか?」


「ええ、部長が倒れこむように眠ったので、本官が交番に詰めていたんで……」


「そうか。ならば、そこの寝台で眠るがよい」


「え。……え? えええええ? いや、そんな、そんなサガン様のベッドに入るってことっすか? そ、そ、そそそんなできません、そんな!」


 急に元気を取り戻した。


「私は眠っておらぬから、綺麗なままだぞ」


「だとしてもですよ! そんな、もう、俺、……正気が保てないです……」


「正気が保てないくらい眠いのならば、寝ればいいだろう。なぜそう頑ななのだ。それとも私の寝台は嫌か?」


「嫌じゃないっす」


「では寝ろ」


「仰せのままに!」


 トーマは見事な敬礼をしてから、ベッドに飛び込んだ。

 そして一瞬で寝た。起こそうと思っていたが、昼過ぎに自分で起きた。


「え……ここ、どこ……、え? サガン様?」


 よくわかっていないようだった。


「よく寝れたかな?」


「あわわわわ、俺はなんてことを!」


 真っ赤になり、そして真っ青になりベッドから転げ落ちた。


「大丈夫か? さあ、朝餉を食べよう」


「朝餉、……あれ、今何時っすか?」


「時計がない故わからぬが、昼を過ぎたころだろう」


「え! まずい! 昼にロクシャーヌを迎えいにくことになってたんですよ!」


「逢引きか?」


「違います。サガン様のお荷物の鑑定をするんです。それが終わったら、お荷物をお返しできると思います。あと軟禁も解かれるかもしれないです」


 トーマは嬉しそうに教えてくれた。それらはどれも喜ばしい話だったが、副魔王はふと心配になった。

 軟禁が解かれてしまったら、この村から出てゆかなければならないのだろうか。

 この小屋にも住めぬのであろうか。


「量がかなりあるので今日だけでは終わらないかもしれませんが、めっちゃ急がせますから」


「うむ。ありがとう」


 礼は言ったものの、ちょっとだけ、なにか問題でも発生すればいいのにと考えていた。

 そういえば、荷物の中には魔王に作らせた物もある。

 それらが御しがたい問題の種になってはくれぬであろうか。

 朝餉を急いで平らげ元気に小屋を出て行ったトーマを見送りながら、副魔王は


「仕事をしてくださいませよ、魔王」


 と、魔王からかつて贈られた気がする装飾品などを思い浮かべて、にやりと笑った。

 それから思いを馳せる。

 めでたく軟禁続行となり、近くの森でドングリを拾ったり山ブドウを採ってぶどう酒を仕込む幸せな日々を。

 大きめの樽に土を入れて、軒下でニンジンを育てる日々を。

 そして、いつかどこかの小さな森に移り住み、スケルトンたちを森に放ち、花の蜜を吸いながら楽しく過ごす夢を。


「皆の骨の状況を、今のうちに検分しておかねばならぬな」

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