第34話 副魔王 怒る
「…………」
話を聞いた副魔王は、にこにこしたまま子馬たちをそっと離した。子馬たちは副魔王の目の前で、純真な無垢な瞳を向けてくる。
「フーリン」
ヒン!
「クーリン!」
ヒン!
「……では、これはお前たちがやったのだな?」
これ。
副魔王の背後に広がる荒廃した世界だ。
広がっていたはずの田畑は原型をとどめておらず、これでは今年の実りは望めないだろう。いや、今年だけではなく数年単位で影響が出るかもしれない。
森も少しだけだが焼けている。自然な焼け方ではない。火のみならず雷によって、目には見えない異変が植物たちに起こっているかもしれないし、風によって大地もえぐられている。
この惑星の全体からみれば被害にすら含まれない小さな出来事だが、ここで生きているものたちにとっては重大な災害だ。
「そこに座りなさい!」
副魔王は叫んだ。
子馬たちはびくっとしてから、震えながらちょこんと地面に尻をつけた。
「お前たちはなんてことをしたんだ! 自分のやったことがどれだけ悪いことなのか分っているのか!」
ヒ?
ヒ?
目には涙をたっぷりとためて、震えている。どうやらさっぱりわっかっていないらしい。
そんな子馬をかばうように半裸の部長が言った。
「ま、まぁまぁ、サガン様、子馬ちゃんたちのおかげで魔族たちを追い払えたんです、なので」
「甘いぞ、部長よ。こやつらはなにも魔族を追い払おうだとか、この村を守ろうだとか考えたわけでないのだ。ただびっくりして暴れただけなのだ。泣きわめいて周りを壊しまくっただけだ! 褒められることはなに一つしていない!」
副魔王の怒りに、なぜか部長もしゅんとしてその場に座った。
そして副魔王は子馬たちの前で仁王立ちをした。
子馬たちの震えが一層激しくなった。
「フーリンよ、クーリンよ。お前たちはこの荒れ果てた大地を治せるのか?」
ヒ……
ヒ……
「出来ぬのであろう? そもそも天馬としての力をきちんと操れておらぬのだからな」
そう、まだ幼い天馬達は、火や雷や風と言った力を全く使えていなかった。最近になってようやく火の操り方を学び始めたばかりである。
つまり、この惨状はまさしく、災害に等しい。
「お前たちは天馬としての自覚が足りぬ!」
ヒ、
ヒ、
そうして子馬たちはしゃくりあげるように泣き始めたのだが、副魔王は一切意に介さなかった。
「罰として、お前たちへの土産のニンジンは部長にやる」
ヒン!
ヒン!
「え!」
「そして、お前たちが破壊した建物もろもろ、責任をもって自分たちで直すように」
ヒン……
ヒン……
最後に、副魔王は村民にに向かって頭を下げた。
「私の天馬達が村をめちゃくちゃにしてしまった。責任者として監督が行き届いていなかった。私の責任ゆえ、私もこの子らと一緒に村を修復してゆく。本当に申し訳なかった」
子馬たちもヒンヒンと力なく発し、頭を下げる。
すると、副魔王にとってあまり見たことのない顔が一歩前に出てきた。
中年の男性で、背筋がぴんとしている。
「サガン様、はじめまして。ヒヨリ村の村長をしておりますアランと申します」
「おお、村長だったか。この度はほんとうにすまなかった」
「とんでもない。申し訳ないとか思う必要は一切ないのです。結果的に言えば、私どもが感謝する立場であることには変わりはないのです。あのままでは、魔族たちにこの村は侵略され、私たちは殺されるか奴隷にされていたでしょう。この畑もほかの建物も、おそらく破壊されていたに違いありません。それに子馬ちゃんたちは圧倒的な力を見せつけてくれました。きっと魔族にとって脅威になったはず。もう、そう簡単にはこの村を襲うことはできないはずです」
「しかし、」
「私たちは感謝こそすれ、怒ることも憎むこともありません。そこだけは分かってください」
「……、そうか」
「はい」
「お心遣い、感謝する。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
村長が頭を下げると、他の村民たちも一斉に頭を下げたのだった。
副魔王は少しだけ心が軽くなった。天馬達のしたことは決して褒められることではないが、憎まれずに済んだのはありがたい。
「だが何もしないわけにはゆかぬ。壊したものは直させていただく。それが責任というものだからな。まずは、大地を」
副魔王は荒廃した大地に体を向けた。
そしてフッと息を吐く。
その吐息は小さく、けれどもそれは『風』だった。
みるみるうちに大地が復活をしていった。意志を持ったかのように地面が動き、水が動き、植物が生き返り、まるで虹がかかるがごとく、目の前の光景が鮮やかに変わってゆくのだった。
一つの風が吹いた。
吹き抜けた後には、全ての出来事が終了していた。
目の前には、豊かな実りの畑が広がっていた。
魔王城。
魔王の副官は頭を抱えていた。副魔王が副魔王を辞めてから約十日である。魔王城は半壊しているのだが、魔族たちにとってはいつもと変わらない平穏な日々だった。むしろ口やかましい副魔王がいなくなって楽しげだった。
魔王の副官以外は。
「魔王様……、今、よろしいですか」
「よろしく見えるか?」
「見えます」
「節穴か貴様」
魔王は巨大ながれきを持ち上げては積み、転がっているがれきを持ち上げては積みを繰り返している。一行に終わらない。忙しかった。
「楽しそうだな、と」
「最初は楽しかったのだがな、……、さっさと副魔王を連れてこい。壊したのはあいつだろうが。あいつに直させろ!」
「半分は魔王様も原因ですから」
「じゃあ半分しか直さんからな!」
「それで、副魔王様がいなくなってからおかしな出来事が頻発しているのですが、そのお話をしてもよろしいですか?」
「なんだ」
魔王はがれきをぶん投げた後、副官の顔を見た。顔と言っても仮面である。表情など一切ない。けれども焦燥が見て取れた。
「どうやら『魔王』になり替わろうという勢力が生まれているようなのです」
「はぁん?」
「それも各地で」
「いつものことだろうが」
「そ、それはそうなのですが、……、どうも少しおかしいのですよ、魔王様。一斉にです、まるで指し示していたかのように、同時期にですよ。これはまさか、副魔王様が加担しているのでは……?」
「さぁなぁ。知らん。そんなことより、さっさとあいつを連れ戻してこい。仕事も溜まっているし、なによりこの城を直させろ!」
「そんなことよりなどと言わないでください! 副魔王様がもしも魔王になり替わろうとしているのであれば……、どんな事態になることか……」
「で、その勢力とやらにやつはいそうなのか?」
「いえ、……いないと思いますが」
「では簡単なことだ。やつがやつの仕事をしていないせいだ。あいつが戻ってきて書類にハンコなりサインなりをすれば変な勢力はなくなるんじゃないかな?」
「それは……私では役者不足だったということでしょうか」
副魔王の仕事は、現在魔王の副官が代わりに行っていた。たまる資料や報告書に目を通し、許可をしたり却下をしたりをしている。
「そうだな」
「……」
「あいつの意志が、世界を決めている。あれの許可があるか、それとも却下されたかで、世界の流れが決まる。今やつは世界の動きについて許可はもちろん却下もしていない状況だろう。つまり、これをしてはいけないという大前提が揺らいでいる」
「けれどもこれまでは『魔王簒奪』の動きはあったはず。それは副魔王様が指示していたと?」
「生き物たちのガス抜き程度には許可していた。勇者だのなんだのが大きな顔でのさばっているのも、その副作用だな」
ケラケラと魔王は笑った。
「やつがいなくなり、魔王になり替わろうとする輩が出てきた。それはつまり、本気で魔王簒奪やら魔王打倒を目論む輩ということだろう。もしくは、……魔王城の中に、……好戦的な奴がいて、裏で暗躍しているか」
ぞっとする発言だったが、魔王は笑ったままだった。
副官のないはず頭がギリギリと痛み始めた。
「だからさっさとあれを連れ戻せ。そしてさっさと城を直させろ! 全部あいつの責任だろうが!」
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