第28話 副魔王 パパに分類されている


 交番に戻ると、お巡りさんが小さな樽に飼い葉を分けているところだった。


「子馬ちゃんの餌ですか?」


「ああ、飼い葉を食べるらしい。ニンジンが好物だというから、あとで買ってくるかな。サガン様もお土産に買ってくるというから、お腹いっぱいにさせるのも悪いが」


 ヘレネが別の桶に水を汲んできた。子馬のための水だった。

 おなかが空いていたのか、飼い葉と水が用意されると二頭の子馬はすごい勢いで食べ始めた。

 そして食べ終えると、うとうとと瞼を閉じたり開いたりを繰り返し、日向で眠った。

 体を丸めると本当に小さい。

 かわいらしい。


「平和ね」


 ローザは眠った子馬を眺めながら言い、ヘレネもそうねと同意した。


「ローザ、辞典見てみようよ」


「そうね。結構古いのよね。写真じゃなくて挿絵だし」


「ロマンティックな本じゃない。すてき」


 パラパラとめくって、天馬を探す。


「神獣なのかしら、魔獣なのかしら。ローザ詳しい?」


「ぜーんぜん」


 分厚い本の中、翼のある動物の項目にそれはあった。




 【天馬】


 天馬とは翼のある馬のことをさすが、決して馬の種類ではない。

 馬が天馬に似ているのである。翼のある生き物は天の王の配下であり、決して地上の生き物になつくことはない。

 彼らは美しい毛並みと翼をもっているが、非常にプライドが高く、その体に指を触れさせることは決してないだろう。

 その体はとても巨大で、成獣すれば山のようである。かつては巨人族の戦車を引いていたともされる。

 火と風と雷を操り、星の周りを一時間で十周できるほどの速さで飛ぶ。

 獰猛であり、肉も食らう。血のしたたる新鮮な肉が彼らの好物である。

 馬のようだが卵で生まれる。その幼生はとても愛くるしく、小さい。人間の手のひらにのるほどの小ささと言われている。

 空から降ってきた小さな卵を温めたら、翼のあるかわいい子馬が生まれたという逸話は有名だ。その子馬を育て、翼のある白馬にまたがって第一の大陸に渡って王となったのが、伝説のアーリー王である。

 アーリー王の伝説により、翼のある白馬は権力の証、神に選ばれし勇者の証と言われているが、それは神獣でる翼馬と混同されている。

 翼馬は卵からは生まれない。

 卵から生まれるのは、天馬でり、非常に獰猛で決して人には懐くことはない。

 空から美しい卵が降ってきても、決して拾わぬことだ。

 空から降ってきて割れない卵はおかしいということを、忘れてはならない。

 拾って持ち帰り、あたためてはいけない。

 孵った卵からどんなに愛くるしい子馬が生まれても、育ててはいけない。

 やがてその子馬は、お前を頭から食らうだろう。

 天馬は天の王のもの。

 決してお前のものにはならない。





「……」


「……」


 ローザはパシンと音と立てて本を閉じた。


「この本、古いからね」


「そうね。最新版ではきっと別の記述があるわよね」


 うふふふ、あはははは、おほほほほ、ローザとヘレネは笑いあってからすやすやと眠る子馬を見た。


「まさか。だって、あんなに撫でさせてくれるしね。村人になつきまくってるじゃない? 違うわよね。じゃなかったらトーマなんてすでに全部食べられてこの世にいないわよね」


「そうよ。もしかしたら、天馬じゃなくって翼馬なんじゃないの? 良く似てるんでしょう? その本によれば」


「そうね。きっとそうね。神獣の翼馬だわね。ペガサスってやつね、きっと」


「ペガサス! あこがれだわ!」


 その時、子馬たちの耳がぴくッと動いた。二人はびくっとして固まった。

 ぴくくっと耳をせわしなく動かし、子馬が頭をもたげた。

 起きた。

 きょろきょろと辺りを見回している。そしてゆっくりと立ち上がると、何かを探すようにぴょこぴょこと体の方向を変え始めた。


 ヒン

 ヒン?

 ヒン?


 ヒン


 ヒン


 会話のような、なにか不思議な鳴き方をし始めた。どこか不安げだった。

 かぽかぽと所在なく歩き回った。


「どうしたのかしら」



 ヘレネは首を傾げ、ローザは二頭のもとへ向かおうと腰を上げた。

 その時、馬は走り去った。


「え!」


 それはそれは見事なスタートダッシュ。

 カポカポというちょっと間の抜けた足音など一切せず、その姿はあっという間に豆粒となった。


「え、え、うそ、え」


「ローザ、追わなきゃ!」


 何が起こったのか理解が及んでいなかったローザは、ヘレネの言葉にはっとして、急いで駆けだしたのだった。



 クーリンとフーリンが消えたのは、海の方向だった。ローザと、そして少し遅れてヘレネの二人は全速力で港のほうへと走っていた。

 森に逃げられたら完全に見失ってしまうところだったが、海であればまだましだ。

 それに人目もある。


「すみません、サガン様の子馬ちゃんこっちにきませんでした?」


 海沿いを歩いていたおじさんに訊ねれば、


「ああ、猛スピードで灯台のほうへ走っていくのを見たよ。小っちゃくてかわいいね、あの子馬たち。にしても速かったなあ」


 と、にこにこ笑って教えてくれる。それを聞いてローザはひとまず安心した。


「灯台守の小屋に行ったのね。サガン様のことを探してるんだわ」


「そっか、目が覚めてパパがいなかったから混乱したのね。かわいそう」


「かわいそうだけど、夕方にならないと帰ってこないからなぁ」


「……、馬に言って聞かせて通じるのかしら……。お利巧な子馬ちゃんだけど……」


「まあ、見つけたら考えることにして、まずは小屋にいってみよっか」


「そうね」


 灯台守の小屋を目指して歩くと、遠くに小さな子馬の姿が見えた。短足でちょこんと小さな体は、白くてちょっとずんぐりした灯台を背景にしているとよりかわいらしさが増した。絵手紙の絵のような光景だった。

 天気もいい。空も青くて、海も青く、空には白い雲、そして白波と白い灯台。手前には青いかわいらしい小屋。そして豆サイズの二頭の子馬。


「絵になるわね」


 ヘレネもそう言った。


「同じこと思ってた」


 けれども、すぐにそんな気分は吹っ飛んでしまった。

 子馬たちは


 ひぃん


 ひぃいん


 と悲し気にいななきながら、小屋の周りをカポカポと回っているのだった。

 中に主がいないことを分かっているのだ。そして探しているのだ。

 ローザとヘレネの胸がキュウッと締め付けられた。

 カポカポと行っては、ひいん、と泣き。かぽかぽと来ては、ひぃんと泣く。その大きな目にはたっぷりの涙が浮かんでいる。

 そして、ぱっと消えたのだった。


「え?」


「え?」


 おかしい、ローザは子馬の消えた場所を凝視していた。ヘレネも凝視していた。

 今、たしかにそこでヒンヒン泣いていたのだ、二頭の小さな豆馬が。

 確かにいたのだ。

 なのに、消えた。


「……」


「……」



 二人は顔を見合わせた後、村の中心に向かってダッシュした。

 そして出会う村人に


「すみません! サガン様の子馬ちゃんみませんでしたか!」


 と聞いて回り、


「井戸のところにいたわよ」


 と言われれば井戸まで走り、見つけたと思ったらまたパッと消えられ、


「さっき公園の遊具のところで子供に囲まれていたよ」


と言われれば公園まで走り、


「役場の門のところでタンポポ食べてたー」


 と言われれば、


「変なの食べちゃダメ-!」


 と叫びながら役場まで走ったのだった。

 村中を駆けまわり、「クーリンちゃん、フーリンちゃーん!」と叫びまわり、最終的には


「さっき交番の巡査長さんとお散歩してたけど?」


 との言葉で交番に戻ってきて、交番のベンチに腰かけたお巡りさんにニンジンをもらってしっぽを振っている子馬を見つけたのだった。

 ローザとヘレネはがっくりと膝をついた。


「つ、疲れた」


「なんだったの……」


 その二人のそばにカポカポと小さな子馬がやってきた。ミニニンジンを咥えていて、フンフンと楽しそうに鼻を鳴らしながらローザとヘレネの顔にそれを押し付けてくる。

 くれるらしい。


「あ、ありがと……」


「やさしいのね、ありがとう」


 二人がそれを受け取ると、二頭の子馬は


 ヒン!

 ヒン!


 と、とても嬉しそうに鳴いた。

 そして黄色いちょうちょが目の前を横切ってゆけば、子馬たちの興味はそれにうつり、楽しそうに追いかけて遊び始めたのだった。



「……ご機嫌ね……」


「そうね……」


「ニンジン、もらっちゃった……。私たち、いつの間にかなつかれてたのね、ヘレネ」


「もしかして、私たち、追いかけっこして遊んでたと思われてるのかな」


 ははは、ローザは力なく笑った。

 ともあれ、機嫌が治ってくれてよかった。目の前で突然消える馬が本気で逃げ出したら絶対に捕まえられない。

 そんなことになったらサガン様になんて言おう。

 想像したらひゅっと背中が寒くなった。

 すごく、恐かった。


「このままサガン様とトーマが戻ってくるまで機嫌よくいてくれればいいんだけど」


「予定ではそろそろ帰ってくるんじゃない? 夕方前にはつくでしょう?」


「だよね。……」


「……、子馬と言えど……天馬だし……、辞書が正しければ、……」


「やめて。ともかくご機嫌のままサガン様にお返ししましょう、うん」


「そうね。パパがいてこその、安全でかわいい子馬ちゃんだものね」


 そして交番の電話が鳴った。

 トーマがこれから帰ってくるという電話だとローザは思った。

 まさか一晩泊まるという連絡だとは、その時は想像もしていなかった。

 そして、まさか、村に魔物がやってくるだなんて、誰も予想していなかったのだ。





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