第27話 副魔王 村に帰る
馬車がガコンと大きく揺れた。倒れることなくそのまま走り続けるが、道がどんどん悪くなってゆく。
馬車駅にある馬屋やベンチも破壊され、とてもそこで停車できる状況ではなかった。馬車はそのまま村の中心部を目指して走り続けた。徐々に大きくなる村の影は同時に、空に伸びる煙が村から上がってるものだと知らしめている。
火の手は見えなかった。
揺れが激しくなる中、ついに村の入り口が見えてきた。
そして、そこには複数の人影があった。
その中心にいて手を振っているのは、中年の警察官。
なぜか、上半身裸だった。
「皆ー! 馬車が来たぞー!」
部長が村の中に向かって叫んだのが聞こえた。
「遅かったじゃないか皆! 無事でよかった! おかえり。怪我はないか?」
上半身裸の部長は停車した馬車のキャビンの扉を開け、降りてくる人々の名前と状態を確認している。
そして馬車から降りた人たちは、外で待ち構えていた村人たちと抱き合って、お互いの無事を喜びあっていた。
最後になって、ロクシャーヌが降り、それに続いて副魔王も降りた。
すぐに上半身裸の部長が副魔王の元へやってきて、己の胸筋に手をそえて良い顔を作った。
「お帰りなさいませ、サガン様。お待ちしておりました。ヨタルの街は楽しめましたかな?」
「うむ。なかなか大きな街だった。ところで一体どうしたのだ?」
「この筋肉ですか?」
「村だ。煙も上がっておるし、……随分と……荒らされたな」
「ふふ、ご安心ください。難は去りました」
そうして部長は今度は腰に手を当て、胸を張った。
「この私が、村を守りましてございます」
「ウザイから黙ってもらえません? 部長」
「なんだトーマ、お前乗ってたのか」
一番最後に降りてきたトーマが呆れたような目つきで部長を見たが、上半身裸の部長は妙に自信満々であった。
「おいトーマ、ところで魔鏡の預言者はどうした? あの方のお好きなロールケーキも今回はちゃんと用意しておいたのだが?」
きょろきょろと部長が辺りを見回しながら言えば、馬車に乗っていた人々が一様にうつむいた。
すると、ロクシャーヌがそろりと手をあげた。
「あ、あの。……私が代理できました。おばあさんは、ちょっと……来れなくなってしまって。魔鏡も預かってきたので、お役には立てます。ロクシャーヌと言います。よろしくお願いします」
ロクシャーヌが頭を下げると、部長は頬を指でかきつつ
「そうか、了解した。ではさっそく交番に……、あ、いや。ちょっとその前に……、おいローザ、ローザ! サガン様がお帰りになったぞ! クーリン様とフーリン様をお連れしろ! ローザ!」
「はい! ただ今!」
部長が叫び、ローザの返事が届くと、周りに集まっていた村人がザザっと左右に分かれて道を作ったのだった。
ヨタルから来た人々の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。
やがて、カポんカポんとかわいらしいひずめの音が近づいてきた。
「おお、クーリン! フーリン!」
近くの家の影から、かわいらしい天馬の子があらわれた。その子らは副魔王を見つけると、背中の翼をパタパタを動かし、勢いよく駆けだした。
ヒン!
ヒン!
「戻ったぞ、クーリン、フーリン、来い!」
副魔王は膝をついて腕を広げた。その中に二頭の天馬は嬉しそうに飛び込んだのだった。
「皆の者ー! フーリン様とクーリン様、ならびにサガン様に、礼ー!」
部長が高らかに叫ぶ。
それに合わせて、村人はいっせいにその場に平伏した。
ヨタルから来た人間たちだけが、ぽかんとしてその場に佇んでいた。
時は一日ほど遡る。
副魔王とトーマがヨタルの街に到着したころ、ヒヨリ村の交番の前では二頭の子馬が戯れていた。
なにが楽しいのかわからないが、ヒンヒン鳴いてはかぽかぽと駆け、その辺の草花に鼻を近づけたり、石ころの周りをくるくると回っている。
それをぼんやりと眺めながら、部長はあくびを一つした。
「お巡りさん、気を抜きすぎよ?」
「おお、ローザ。待ってたぞ。もう眠気も限界だ。店番を頼む」
「店じゃないでしょ、ここ」
「今日の仕事は子馬ちゃんのおもりだ。ここは平和だよ」
「にしても、フーリンちゃんとクーリンちゃんって、お利巧ね。つないでなくても逃げないし、おびえて暴れたりもしないし」
「サガン様のお馬ちゃんだ、きっとお上品に育てられてるんだよ」
そこにもう一人、村の女性がやってきた。眼鏡をかけた、ローザと同い年の女性だ。
「こんにちは。預言者さん用のロールケーキ持ってきました。マロンクリームのやつ」
「おお、助かるぞ、ヘレネ。前回は用意してなくて塩対応されたんだよ。今回はご機嫌を損ねたくはないからな」
部長はうやうやしくケーキの箱を受け取った。
ヘレネとローザは交番の前のベンチに腰かけた。そして戯れている子馬を眺めながらしゃべり始めた。
「あれが灯台守のサガン様の子馬ちゃん?」
「灯台守ってわけじゃないんだけどね。そ、サガン様の子馬ちゃん」
「はあー、サガン様、遠目でしか見たことないのよね。うちのお菓子屋さんに顔を出してくれないかしら」
ため息と共にうっとりとしながらヘレネは頬に手を添えた。
「近くでみたら正気を失っちゃうわよ? トーマなんてメロメロなんだから」
「あのトーマが? 最近あんまり彼女の話とか聞かないけど、実はそっち系だったのかな?」
「え? まあ、彼女のことは知らないけど……、あのバカ昔っから女の子の部屋に忍び込んだり女湯のぞいたり、いろいろやらかしてたじゃない」
「え、そうなの?」
「気付いてなかったの?」
「全然気づかなかった。……わたし、クラスでもハブかれてたからなぁ……」
「いや、そういうことじゃなくて……、ま、あのバカは女子の前ではいいカッコしいだからね。男子の間じゃ、ただの頭のいいアホで通ってたんだけど、って、これじゃあたしが男みたいじゃない。全く……」
ふふふ、ヘレネは笑った。
「でもあの子馬ちゃん、変わった品種よね。天馬ってのも珍しすぎるけれど、小さくなあい? 室内ペット用に改良された豆馬なのしら?」
「そうねぇ。わからない」
「豆馬でも、天馬なのよね。あの羽で飛べるのかしら。とても小さいけれど」
「私たちの手の平くらいしかないんじゃない?」
「飛べないわね、きっと。かわいい」
「そういえば、おじいさまの遺品の中に、神獣魔獣辞典ってあったわね」
「そうなの? じゃあ、あの子馬ちゃんたちの品種も載ってるんじゃない?」
「持って来てみようかな。もしかしたら餌の種類とかも分かるかも。ねえ、ちょっと見ててくれる?」
「うん、わかった」
そしてローザは一度家に帰り、今は亡き祖父の書斎から一冊の分厚い神獣魔獣辞典を引っ張り出したのである。
祖父の書斎には古い文献がたくさんあった。
魔法や魔法陣、魔法薬、呪文辞典に魔獣辞典。冒険の手記。祖父は冒険者になりたかったのではないかと思っている。しかし、村長の家系なので、あまり外には出られなかった。
結局、村で死んだ。
「おじいちゃんの趣味も役に立ちそうだよ」
本棚に立てかけられている祖父の写真に辞典を見せるようにして、ローザはにやっと笑い、
「おじいちゃんの変わりに、世にも珍しい魔物をしっかり見てくるからね、じゃーね!」
と、部屋を後にしたのだった。
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